電気自動車(BEV)は走行用バッテリーを積む必要がある。長い航続距離を求めるほど多くのバッテリーが必要になり、バッテリーパックの重量はゆうに数百kgに達する。例えば、77kWh(グロスでは82kWh)の容量を持つVW ID.4のバッテリー重量は511kgと伝わる。ガソリンや軽油などの液体燃料で走る内燃エンジン(ICE)車は走行に応じて燃料を消費し重量は軽くなっていくが、BEVはエネルギーを消費しても軽くならない。バッテリー分だけ重たいまま走り続ける。
こうした重量級のBEVでは、タイヤにはどのような性能が求められるのか? 前回のタイヤ静音性向上への対応に続いて、今回も横浜ゴムの松田将一郞執行役員 タイヤ第二設計部部長、川瀬博也タイヤ第一設計部部長のお二方に、解説をしていただいた。
BMW X1にはICEを搭載する仕様とプラグインハイブリッド車(PHEV)、それにBEVの設定がある。ICE仕様の車重が1575kgなのに対し、PHEVは+355kgの1930kg、BEVはPHEVに対して+155kgの2085kgだ。筆者が先日乗ったメルセデス・ベンツEQS 450 4MATIC SUVは総電力量107.8kWhの走行用バッテリーを積み、車重は2900kgだった。
「BEVで避けられないのは車重です」と川瀬博也タイヤ第一設計部部長は説明する。「車重の増加は耐久性や耐摩耗性に大きな影響を与えます。一部欧州の自動車メーカーさんからは、負荷能力を高くしたタイヤを作ってほしいという要望が出てきています」
BMW X1の例を見れば分かるように、電動化にともなって車重が増えるからといって、車両のデザインを大きく変えるわけにはいかない。増えた車重に合わせてタイヤサイズを上げるにも限度がある。
「タイヤの負荷能力は、タイヤサイズが大きくなるほど一般的には高くなります。空気容量が大きいほど負荷を掛けられる、という理屈なのですが、車両側は大きなサイズのタイヤを受け入れられるわけではありません。物理的な制約があるので、同じサイズで負荷能力を上げてほしいというニーズが出ています」
タイヤの負荷能力(負荷荷重)は、内圧(空気圧)と接地面積の積で決まる(下の数式と図を参照)。タイヤが負荷できる荷重は、内圧が高いほど、外径や断面幅が大きいほど大きくなる。同じサイズなら内圧が高いほど負荷荷重は高まるし、外径やタイヤ幅を大きくするほど負荷荷重は大きくできる。
従来から、スタンダードロード(Standard Load=SL、標準規格)に対してエクストラロード(Extra Load=XL)という規格があった。ETRTO(エトルト、The European Tyre and Rim Technical Organization:欧州タイヤおよびリム技術機構)が定める規格で、レインフォースドタイヤとも呼ばれる。SLタイヤよりも空気圧を高く設定し、負荷荷重を高めたタイヤだ。
タイヤの負荷能力はロードインデックス(Load Index=LI)で示される。規定の条件下でタイヤに負荷することが許される最大の質量を表す指数で、数値が大きいほど高い負荷能力があることを意味する。サイドウォールに「255/35R18 90Y」と記してある場合、「90」がロードインデックスだ。JATMA(ジャトマ、The Japan Automobile Tyre Manufacturers Association, Inc.:日本自動車タイヤ協会)が定める荷重対応表では、ロードインデックスが90の場合、空気圧が240kPaのときの負荷能力は600kgとなる。
「SLに対してXLという規格があります。それでも間に合わないのが、今般の一部OEMからのニーズです」と川瀬部長は現状を説明する。
このニーズに対応すべく、ETRTOは2021年にハイロードキャパシティ(High Load Capacity=HLC)という新規格を設定した。XLと同一の空気圧で負荷能力を高めたタイヤだ。ロードインデックスでXL比+2〜4となる。HLCの規格に合致した極めて高い負荷能力を持つタイヤは、サイドウォールのサイズ標記の先頭に「HL」の文字が刻印される。これが目印だ。
245/45R19サイズでSLタイヤとXLタイヤ、HLCタイヤの負荷能力を比較したのが下の図である。SLタイヤとXLタイヤでは指定空気圧が異なり、XLタイヤは空気圧を250kPaから290kPaに高くしたのにともなって負荷能力が80kg高くなり、750kgになっている。ロードインデックスは94から98に上がっている。
HLCタイヤの場合、空気圧はXLタイヤと同じ290kPaだ。にもかかわらず、ロードインデックスは+3、負荷能力は75kg高くなって825kgになっている。前述したように、タイヤの負荷能力は内圧(空気圧)とタイヤサイズで決まる。ところが、図のHLCタイヤはXLタイヤと同じサイズだし、空気圧も同じだ。どのようにして負荷能力を高めているのだろうか。
「実はXLでも、SLに対して内部構造を強化しています。空気圧を高めただけではありません。HLCにするには、SLに対するXLと同じ強化しろでは追い付かないほどシビアです。耐久性の悪化を克服しなければなりません。荷重が10%増えると、タイヤのたわみ量が増え、耐久性が悪化するからです」
FEM(有限要素法)でシミュレーションしてみると、荷重の増加にともない、それまで問題なかったところに大きな圧力が掛かり、たわみ量が大きくなるのが確認できたという。
「タイヤのたわみをクリアしつつ、背反として発生する転がり抵抗の増大や質量の増大、摩耗の増大について、帳尻を合わせなければなりません。そこで、①トレッド部、サイド部の構造強化、②ゴム材料の低発熱化、③プロファイル(タイヤ輪郭形状)の最適化の3つの柱で耐久性向上を図ろうとしました。ただ、①と②の場合はどうしても背反が出てきてしまう。そこで、③をメインに取り組むことにしました」
課題解決のため選ばれたのがプロファイルの最適化だ。多目的設計探査により、高荷重時の発熱量とひずみが少ないプロファイルを導き出し、他性能とのバランスを図った。
「転がり抵抗とウエット性能を両立した商品を10年ほど前にリリースしました。そのとき用いた多目的設計探査を進化させた形で適用しました。故障箇所の応力とひずみを最小化するのが最大の命題です。加えて、背反として出てくるばね定数が上がるのを抑制したいし、転がり抵抗も維持したい。これらを目的とした最適化を図っています。まず5種類の変形モードを組み合わせ、100ケースのモデルを作ってFEMで計算。これを元に、近似計算によって4000ケースのケーススタディを行ないました」
4000ケースをプロットしたのが下の図だ。横軸は最大主ひずみ、縦軸は最大主応力で、どちらも小さくなる領域から最適案を抜き出している。
さらに上記のケーススタディから抜き出した案をFEMで検証したのが下のCGだ。左が基準形状、右が最適化案で、タイヤを正面から見た際の接地面側の断面を示している。最適化案は基準形状よりも上にピークがある(つまり、たわみが少ない)プロファイルになっているのがわかる。
「応力を最小限に抑えながら、落としたくない他の性能を維持できるプロファイルを導き出しました。応力は約2割低減し、横ばねと転がり抵抗はほぼ維持しています。ほかのトレードオフ要素が出てこないことも確認できています。最適化案を金型にブレイクダウンし、実際にタイヤを作って性能を確認しました」
内部構造の基本は維持しながら、プロファイルの最適化によって負荷能力を高めることができた。耐久性も余裕をもってクリアできているという。
PHEVのBMW XM(車重2710kg)が装着するフロント275/35R23、リヤ315/30R23サイズの純正装着タイヤは横浜ゴム製。横浜ゴムは2023年3月より、新車装着(OE)用およびその補修向けとしてHLCタイヤの生産・販売を開始している。
松田将一郞執行役員 タイヤ第二設計部部長は、HLCタイヤの開発に結びついた多目的設計探査を用いた最適化プロファイル探索の応用性の高さについて次のように語る。
「仕様の振り幅が増えるので、お客さまが要求する特性、例えば操安や乗り心地に関しても調整しろを増やすことができるようになります。また、安全性を底上げすることもできます。10年前も多目的設計探査は織り込んでいましたが、計算の進化があるので、当時できなかったことがかなりできるようになりました。プロファイルでできることはまだまだあると思っています」
XLタイヤに対してサイズを変えず、空気圧も変えられない。厳しい制約のなか、横浜ゴムはプロファイルの最適化だけで負荷能力の向上を実現し、HLCタイヤを開発してみせた。並行し、HLCタイヤの懸念事項であるゴム材料の低発熱化、各パーツの軽量化、トレッドゴムの耐摩耗性向上についても取り組んでいるという。