孤高の天才~ホンダ・ジャイロ ②その機構と特性 [モーターサイクルの運動学講座・その11]

第2回目はジャイロ キャノピー e:をベースに、もう少し詳細にホンダスリーターの機構と特性について講義します。
TEXT&FIGURE:J.J.Kinetickler PHOTO:HONDA

ジャイロ e:、ジャイロキャノピーe:は機構部分は共通ですが他のジャイロシリーズとは一部異なっています。電動化された部分の違いも大きいですが、サスペンションも異なっています。

フロントサスペンションは本格的なテレスコピック式、リヤは後部ユニットに内蔵されたユニットスイングのトレーリングアーム式サスペンションです。

この形式はスクーターや原付MCに多くみられるものですが、2輪車と違いリヤが左右2輪のためユニットスイングでは左右が同時に上下してしまいます。左右の後輪が個別に動かされる場合はスイング機構の回転で追従します。

これがその機構です。車体後部のリヤフレームは車体前部とスイング機構でつなげられ全体がスイング軸のまわりに回転できるようになっています。

リヤアクスル、モーターギヤボックス、デファレンシャル機構はさらにトレーリングアーム青の網掛け部に取り付けられトレーリングアーム軸を中心に回転しリヤホイールを左右同時に上下させます。

つまり同相(左右輪が同じ方向に上下)はスイングアームとコイルダンパーユニットで、逆相(左右輪が逆方向に上下)はスイング軸とナイトハルト式の捻りバネでショックを吸収するわけです。

リヤフレームにはスイングダンパー赤の網掛けが設けられスイングダンパーリンクを介してスイング軸まわりの回転をダンピングします。このスイングダンパーはジャイロ UPで初めて導入され、ジャイロ e:、ジャイロ キャノピー e:にも使われました。

スイング機構とナイトハルト式ゴムスプリングの構造と作動です。

スイング機構は回転軸とゴムの圧縮を利用したナイトハルト式の捻りバネ、駐車時のスイングロック機構で構成されています。

スイングロック機構は運転席からケーブルで作動し、中立(直立)と左右2段の5段階で固定できます。傾いたところでもロックできるのは斜面に停めざるを得ない場合を想定しているようです。

ナイトハルト式の捻りバネは傾いた車体を中立(直立)に戻す復元力を発生させます。 またこれは車体の復元性だけでなく後軸の旋回内輪から外輪への荷重移動を抑える働きもします。

以下は加速と制動時の力のつり合いと姿勢変化の解説です。

いきなり難しそうですが、このあたりは「モーターサイクルの運動学講座」( https://motor-fan.jp/tech/article/tag/mcの運動学講座/ )、特に「その3~5」をぜひ参考にしてください。

車体前部と後部がスイング機構でつながっていてスイング軸回りに回転できるようになっています。フロント部は通常のMCと同じようにステア軸があり、サスペンションはテレスコピック式、リヤ部分はスイングアーム式のサスペンションでスイングアーム支点のまわりに回転してタイヤを上下させます。

このときモーターやギヤボックス、左右輪のデファレンシャル機構なども「バネ下」の構成となって上下動しますので、バネ下質量はかなり大きいと思われます。

この状態で制動時と加速時の特性を求めました。なお重心高は乗員も含めた推定値です。

フロントはテレスコピック式のためアンチダイブ率は-82%と大きなマイナスの値で、これは荷重移動量の約8割増しで制動時にフロントが沈むことを示しています。それに対してリヤのアンチリフト率は45%荷重移動によるリヤの持ち上がりが半減されることになります。

加速時のリヤはアンチスクォート率が155%となっているため、荷重移動に逆らって浮き上がることになります。ジャイロのようなユニットスイングの場合、チェーン駆動と異なりアンチスクォート率はかなり大きくなってしまいます。

旋回時の車体挙動をパラパラアニメにするため3D化しました。形はラフですが機構的には実車をほぼ再現できています。

ひとつの例としてフロント部を20°スイングさせてみます。車体前部はスイング軸の回りにスイングしますが、スイング軸が横から見て後下がりに傾いていることが肝心です。

スイング軸が傾いているため車体前部がスイングすると後ろの2輪が平面視でスイングする方向にステアします。フロントを20°スイングさせると後軸は約のステア角が生じます。これにより後輪にもスリップ角がついてコーナリングフォースが発生します。

フロントはキャンバースラストで、リヤはスリップアングルでコーナリングフォースを発生させます。

また、スイング軸が後傾していることで後軸の荷重移動を減らす効果もあります。そのために狭いリヤトレッドでも簡単には転覆しないのです。これについては次項で詳しく解説します。

いずれにせよ、この「後傾したスイング軸」がジャイロの画期的な発明です。

この図は、ジャイロのコーナリング中の力のつり合いを表しています。

コーナリング中は前後タイヤにコーナリングフォースがはたらき、その反作用として車体に慣性力(遠心力)がはたらきます。車体のフロント部分は横力と重力が釣り合うまでスイング軸の回りに傾きます。

これは一見2輪車と同じに思えますが、2輪車と異なるのは車体後部が傾かないことです。 また一般的なMCは車体が路面に平行に傾きますが、ジャイロはスイング軸まわりに傾きます。

スイング軸が側面からみて後下がりに傾いていることがホンダスリーターすべてに共通する点で、ホンダの画期的な発明です。

車体前部の重心(GCfu)にはたらく慣性力(遠心力)はホイールベース間の重心の前後位置によって配分されます。フロントは通常のMCと同じように重力と慣性力が釣り合うまで傾いて重心が内側に移動しバランスします。

後軸には車体前部の慣性力の分担分が水平方向の力としてリヤのロールセンターに加わります。 このロールセンター高(Hrc)が重要で、これを低く設定することにより荷重移動が小さくなり転覆を防ぎます。

たとえばリヤのロールセンターが路面にあれば車体前部の慣性力は後輪には純粋な横力として作用し荷重移動はおこりません後傾したスイング軸は地上高を稼ぎながらロールセンターを下げる効果があります。

もうひとつ荷重移動に影響するのは車体後部の質量(mr)と重心高(Hruです。これが大きいと荷重移動が大きくなってやはり転覆します。

ひとつ有利なことは前部車体を直立方向にバランスさせるためスイング装置に内蔵されている「ナイトハルト式」(ゴムの圧縮を利用した捻りバネ)のスプリングでこれはスイングした時に荷重移動を減らす効果があります。

リヤの荷重移動(ΔW)をまとめると…

  ①後部ユニット自体の重心にはたらく横力による荷重移動(青矢印)
  ②前部車体の慣性力(遠心力)によるリヤロールセンターからの荷重移動(黄矢印)
  ③スイングジョイントのスプリングによる「逆の」荷重移動(緑矢印)

これらが足し引きされて旋回内輪から外輪に荷重移動しますが、その大きさが通常使用領域では内輪がリフトして転覆するほどは大きくないのです。

ホンダ・ジャイロ キャノピーe: パラパラアニメ(その1)

ホンダ・ジャイロ キャノピーe: のパラパラアニメ(その1)です。左右にスラロームしている様子を真上からみたものです。

傾けられたスイング軸によってリヤがステアしていることがわかります。これがジャイロの素晴らしいアイデアのひとつです。

ホンダ・ジャイロ キャノピーe: パラパラアニメ(その2)

ホンダ・ジャイロ キャノピーe: のパラパラアニメ(その2)です。左右にスラロームしている様子を後方からみたものです。

前輪の「逆ステア」にしたがって車体前部(キャビン部)がスイングすると、傾けられたスイング軸によってリヤが連動してステアしていることがわかります。これがジャイロの素晴らしいアイデアのひとつです。

ホンダ・ジャイロ キャノピーe: パラパラアニメ(その3)

これはジャイロ キャノピーe: が180度ターンを繰り返しているアニメです。 ひらりひらりとスイングしている様子がわかると思います。

フロント部は2輪車と同じなので、リーン (スイング)のきっかけはここでも「逆操舵」です。 左に曲がる場合は一瞬右に舵を切り、リーンさせ、倒れ込んだらセルフステア(車両の動きに任せる)または軽く舵を切って安定させます。このユニークな動きもジャイロの魅力です。

次に、ホンダ・ジャイロのユニークな機構と特性の理解を深めるため、他の3輪自動車のバリエーションをみてみましょう。

①前1 2輪 固定式

多くは後軸がリジッドで駆動輪、前輪で操舵する構成です。

古くからある構成で、横力を3輪で受け持つため転覆しやすい(特に旋回制動時やアンダーステアが強くなった時)。旋回性を上げるためにはトレッドを広くする必要があります。

このレイアウトはいわゆるオート3輪、ダイハツ・ミゼット、ピアッジオ・アペなど後部に荷物を積んで走るトラック系が多いです。 英国のリライアント・ロビンは乗用で例外的でしたが、最近は2輪車を改造した「トライク」と呼ばれる乗用系も増えています。

②前2輪 後1輪 固定式

多くは後輪で駆動、前輪で操舵する構成です。

やはり横力を3輪で受け持つため転覆しやすいので、旋回性を上げるためにはトレッドを広くする必要がありますが、前2輪なので旋回制動で転覆する可能性は低いです。そのかわり多くの荷物を積むことは苦手です。

そのためもあってメッサーシュミットKR200、モーガン3ホイーラーなど乗用系、スポーツ系に多いレイアウトです。

2輪 後1輪 リーン式

後輪で駆動、前輪で操舵する構成で、車体とすべてのタイヤがリーンして旋回するためトレッドが狭くても安定性は損なわれません

フロントのリーン機構に各社の工夫がありますが、基本的には左右を等長平行リンクでつなぎ、それとは別に両輪にそれぞれスプリングとダンパーを配置しています。

課題はステアリング系で、ハンドルバーで左右のタイヤを操舵する必要があるため、どうしてもリンクが必要で、ヤマハ・トリシティ/ナイケン、ピアッジオMP3などがこの実施例です。

④前1輪 後2輪 リーン式

後輪で駆動、前輪で操舵する構成ですが、前1輪 後2輪なので積載性が高い構成です。

車体とすべてのタイヤがリーンして旋回するためトレッドが狭くても安定性は損なわれないのですが、駆動輪がスイングするため動力を伝える工夫が必要です。

AIDEA AA-Cargo(後輪にドライブシャフトが不要なインホイールモーターを搭載)が代表例です。この車両はマクドナルドが独自のデリバリーサービスで導入しています。

⑤前2輪 後1輪 リーン・リヤステア式

TOYOTA i-ROADだけに使われた後輪で操舵、前輪で駆動(インホイールモーター)する特異な構成です。

車体とすべてのタイヤがリーンして旋回するためトレッドが狭くても安定性は損なわれないのですが、この構成ではセルフステア等による自己安定性が望めないので、ステア・リーン共にアクチュエーターで作動させるバイワイヤ・アクティブ制御をしています。

筆者はTOYOTA i-ROADに乗ったことがあります。後輪ステアのため前輪を支点にリヤがせり出すような独特の操縦感覚で慣れるのに時間がかかりましたが、慣れればそれなりに面白い。しかし駐車時などの運転のしにくさは慣れることができませんでした。

⑥前1輪 リーン 後2輪 固定 併用式

そして、この方式が今回テーマにしているホンダ・ジャイロです。

前輪で操舵、後輪で駆動するのですが、前後がスイング機構で連結されたこのレイアウトもかなりユニークです。

すでに講義したように傾けられたスイング軸により、トレッドが狭いと横転しやすいという固定式の欠点をおぎなっています。

また側面から見て後下がりに設定されたスイング軸の効果で車体のスイングに連動してリヤがステアするのも素晴らしい考案です。

これ以外にもサイドカー付きのMCなど様々な3輪自動車がありますが、ここでは左右対称のレイアウトに限って紹介しました。他にもおもしろい形式があったらぜひお知らせください。

キーワードで検索する

著者プロフィール

J.J.Kinetickler 近影

J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計…