モーターファン・イラストレーテッド vol.174より一部転載
自動車用エンジンは高出力と低燃費を追求することに加えて、振動との戦いで進歩してきた。出力は排気量と回転数で決まるが、火炎伝播燃焼のガソリンエンジンでは、ボアを大きくするとノッキングが起こりやすい。ストロークを大きくするとピストンスピードが増加して高回転出力が出ない。単室排気量が500ccというのがガソリンエンジンの最適排気量と言われている。
いっぽうレシプロエンジンの振動は、下の図に示すように、ピストン・コンロッドの往復慣性力による加振力と間欠燃焼によるトルク変動が原因となる、2種類の振動が発生する。前者はエンジン回転数の自乗に比例して大きくなるのに対して、後者はシリンダー圧力、すなわちエンジン負荷に略比例して大きくなる。結果、高回転では前者の振動、低回転高負荷では後者の振動が支配的になる。
往復慣性力による振動は1次と2次の振動が問題となり、気筒数を増やして気筒毎の慣性力が他の気筒の慣性力と釣り合うようにすれば減少できる。たとえばV8と直6は1次・2次振動とも釣り合わせることができる。直4エンジンは1次振動は釣り合うが2次の往復振動が残る。直3エンジンは1次と2次の偶力(回転)振動が残る。直2エンジンは1次と2次の往復振動が残るといった具合だ。それぞれ残った振動をバランスシャフトによって釣り合わせている。単室排気量が大きいエンジンではバランスシャフトを搭載するが、コスト・質量と抵抗損失が増加するので小さいエンジンでは省略することが多い。
3気筒エンジンは1980年代に4気筒から1気筒をなくした廉価版エンジンとして普及したが、主力にはならなかった。2000年代までは、1.0Lから2.5Lまで4気筒が主力エンジンの時代が続いた。4気筒エンジンは適当な高出力と低燃費を両立できるのに加えて、コストも手頃で1次振動がないところが好まれた。2次振動はバランスシャフトで抑制できるので、ターボ過給のおかげでNAの6気筒エンジンも4気筒エンジンに置き換わった。ただし、より小排気量の1.0L〜1.5Lになると単室排気量が小さすぎるので、熱効率という点では好ましくない。単室排気量500ccの2気筒や3気筒エンジンが欲しくなる。コスト的にも断然有利だ。
ここで問題となるのがエンジン振動だ。とくに低回転高負荷のトルク変動にともなう1次振動は周波数が低いので取りにくい。しかし2010年代に入って過給ダウンサイジングが一般化すると、エンジンマウントの改良が進んで3気筒エンジンの小型車への採用が盛んになった。排気量が大きくなると振動が増加するので、最初は1L前後の排気量だったが、燃費を考えると単室排気量500ccが好ましいので、最近ではバランスシャフトを採用して1.5Lまで拡大してきている。
排気量が大きいほどトルク変動に伴う振動は大きくなる。この振動は、クランクシャフトの回転変動として駆動系を介し車体に伝わるものと、トルク変動の反力モーメントがエンジンを回転振動させてエンジンマウント経由で車体に伝わるものがある。前者はデュアルマスフライホイールなどのダンパーで充分減衰できるが、後者はエンジンマウントで減衰するしかないのが現状である。以前の1シリーズ/3シリーズなどで存在していたBMWの1.5L縦置きはエンジンの回転方向振動をマウントで吸収しやすいため、この振動を上手に消しているが、トヨタのヤリス1.5Lでは低回転からのフル加速で出てくるこの振動が気になった。ノートe-POWERでもこの振動が出てくる。2気筒エンジンのフィアット500ではもっと顕著で日本のユーザーの許容レベルを超えている。
この振動を抑制する手段がヘロンバランサー(Vol.167、P58-59で紹介)だ。振動の問題を解決すれば、3気筒は部品点数が少なくコスト低減と軽量化が可能になる。ピストンや吸排気弁の数が減ることだけでなく、点火系や燃料噴射系の購入部品の数が減少するのが大きい。4気筒エンジンと共通化できることもコスト低減に繋がる。
また、点火間隔が180°の4気筒に比べて240°の3気筒は吸排気の気筒間干渉がないので、性能面で断然有利になる。ターボ過給の場合、吸排気のオーバーラップ期間に充分な掃気効果が得られる。また、吸気マニフォールド上流の吸気管の共鳴効果を利用すると掃気と体積効率が向上する。掃気によるノック抑制は低速トルクを大きく増加する。さらにツインスクロールターボも必要ないので、ミラーサイクルを使って排気温度を低下すればVGTの採用が可能になり、低速トルクから高速出力まで向上し、全域ストイキ運転の高効率エンジンが実現できる。
2010年代に市場導入された3気筒エンジンの多くがそろそろモデルチェンジの時期になるので、これから3気筒が面白くなりそうだ。