マツダ・ロードスターのKPCは、いかにして操縦性安定性の向上をもたらすか

新たなハードウェアを追加することなく、1グラムの重量増もなくサスペンションジオメトリーと微小な制動力のシナジーによって、高G旋回中の車体浮き上がりを抑制する。マツダ・ロードスターが採用するKPCの仕組みと効果をエンジニアに聞いた。
TEXT:世良耕太(Kota SERA)

モーターファン・イラストレーテッド vol.186「後輪駆動のテクノロジー」より一部転載

マツダは2021年12月16日にロードスターの商品改良を行なった。車重に由来する990S(特別仕様車)の設定もニュースだが、注目は新技術のKPCだ(全車に標準装備)。KPCはKinematic Posture Controlの頭文字を取ったものである。

「(軽量コンパクトなFRの)ロードスターらしい軽快感あふれる走りとか、クルマから伝わってくる豊かなフィードバック、インフォメーションはそのままに、さらに高速・高G領域でも意のままに走らせる楽しさを味わっていただきたいと、今回の技術開発に取り組みました」

こう説明するのはマツダの梅津大輔氏(車両開発本部 操安性能開発部 主査)だ。ロードスターは低速でも充分に楽しいキャラクターが理解され、日本のみならず世界中で独自のポジションを築き上げ、受け入れられている。ただし、ドイツでは「高G領域がちょっと物足りない」と指摘されていたのも事実。

「今回は、ロードスターが持つもともとの良さである低速での楽しさやしなやかさを一切変えず、重量ゼロで高速・高G領域を安定化させるにはどうしたらいいかを考え、開発しました。ロードスター史上最大の進化点です」

低速域での軽快感や楽しさはそのままに、高速・高G領域に楽しさや安心感のレンジを拡げたというわけだ。

KPCはリヤサスペンションのジオメトリーをうまく活用して姿勢を制御する技術だ。現行NDロードスターのリヤサスペンションはマルチリンク式である。ナックルを時計に見立てて横から見た場合、2時、4時、6時、8時、10時の位置にリンクが締結される構成だ。アッパー側(2時と10時)、ロワー側(4時と8時)ともに2本のリンクで構成するダブルウィッシュボーン+トーコントロールリンク(6時)の構成と考えていいだろう。KPCの効果は、NDロードスターがもともと備えるアンチリフト角の強いサスペンションジオメトリー(下の図参照)を利用している。2時&10時、4時&8時のレイアウトにより仮想瞬間回転中心が決まり、この仮想瞬間回転中心が高い位置にあるほど、タイヤ接地点との角度が大きくなって、仮想瞬間回転中心で発生する制動時のアンチリフト力(車体を引き下げる力)は大きくなる。

「一番のポイントは、リヤのアンチリフトジオメトリーです。NDロードスターの場合は仮想のトレーリングポイントをはっきり高く設計しています。前型のNCロードスターに対してアンチリフト角をかなりつけたジオメトリーにしているのですが、それは制動時の姿勢を安定させる狙いでした。KPCはそのジオメトリーをうまく活用しました」

もともと強いアンチリフトジオメトリーを付けてあったから、狙った姿勢制御ができる技術を適用することができた。裏を返せば、アンチリフトジオメトリーが弱いリヤサスでは、さほどの効果は期待できないということだ。

アンチリフト力(車体引き下げ力)は、制動力の発生にともなって発生する。KPCはこれを旋回時に旋回内輪側で発生させる。

「Gが強めにかかるようなコーナリングの際、アンチリフトのジオメトリーを活用し、リヤの内輪側を非常に小さく制動することで、ロールを抑制しながら、車体全体を引き下げて浮き上がりを抑制し、旋回姿勢を安定させます。世界初の技術で、サスペンション構造に変更はありません。もともとロードスターが持つサスペンション構造を最大限に活用し、重量増ゼロで高Gの姿勢を安定化させる技術です」

KPCは後輪左右の速度差から旋回状態をリアルタイムに検出し、速度差に応じてリニアに制動力を強めていく。左右輪の速度差はESCユニット(ボッシュESP9)で使っている車輪速センサーを使用。パワートレーンコントロールモジュールで内輪制動の計算をし、ESCユニットに制動力の指示を出して内輪制動を発生させる。KPCの適用にともなってESCの仕様を変えたということはない。そのままだ。

心配だったのは、液圧が極めて小さいことだったという。KPCの作動で発生する液圧は、ESCの作動時に発生する液圧の10分の1以下。最大液圧は0.3MPaでしかなく、この領域の微小なコントロール性を保証できるかどうか確証がなかった。そこはマツダ側で検証を重ね、既存のユニットで充分に分解能があることを確認し、太鼓判を捺すに至った。

言い換えれば、それだけの小さな液圧で充分な効果があるということだ。感覚的には、ブレーキペダルに足を載せている程度の制動力である。旋回リヤ内輪へわずかな制動力を与えることにより、アンチリフト力(車体引き下げ力)が働き、旋回中の浮き上がりを抑える。半径30mのコーナーに55km/hで進入し、横G=0.8Gの時点でKPCありとなしを比較すると、「あり」の場合はヒーブ(浮き上がり)が1.7%減少したという計測結果が出たという。

旋回内輪にブレーキをかけると聞くとヨーモーメント制御を連想したくなるが、前記の条件でのヨーレートの増加は0.02%にすぎず(浮き上がり防止効果の100分の1程度の影響だ)、無視していいレベルである。

低中速コーナーが続く静岡県の伊豆スカイラインで、KPC「あり」と「なし」の比較試乗を行なった。KPCは横G=0.3G以上で作動するとの説明だった。G-Bowlアプリで運転中のGを助手席の乗員に確認してもらいながら走っていると(実際の横Gよりも大きめに表示される)、自分では軽くコーナーを通過しているつもりでも、0.3G以上の横Gが発生しているのがわかる。KPCは電子制御ではあるのだが、実際にはLSDが働くように、旋回状態に応じて機械的かつリニアに作動する。ABSやESCのように、制御の介入を感じさせるような違和感はない。

「あり」「なし」を乗り比べてみると、「あり」のほうが安心してコーナーに飛び込んでいける。「なし」の場合は車体がフロントからまくれ上がるのではという不安感を覚えるが、「あり」ではそれがなく、姿勢が安定しているがために(ほんの数ミリの差なのだが)、自信を持って気持ち良くコーナーに進入していくことができる。「ロール感で重要なのはロールじゃない。ピッチとヒーブなんです」とは、実に至言だ。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…