前後輪独立調圧で回生最大化を図る:アドヴィックスの回生協調ブレーキ

回生協調ブレーキはドライバーの要求制動力に対し、可能な限り回生ブレーキの比率を高めるよう制御することで航続距離の延伸ができる。しかし、そこにはつねに制動性能とフィーリングがつきまとう。

TEXT:世良耕太(Kota SERA)

モーターファン・イラストレーテッド vol.187「航続距離」より一部転載

 ドライバーが要求する制動力に対し、油圧ブレーキと回生ブレーキの配分を制御するのが回生協調ブレーキだ。油圧ブレーキとは主に、ブレーキキャリパーとブレーキパッド、ブレーキディスクで構成される。ドライバーのブレーキペダル操作に合わせて油圧を発生させ、キャリパーがパッドをディスクに押し付けることによって走行中の車両が持つ運動エネルギーを熱エネルギーに変換して大気に放出し、減速させる。ハイブリッド車(HEV)や電気自動車(BEV)では、従来は捨てていたそのエネルギーをモーターの発電機能を用いて電気エネルギーに変換してバッテリーに蓄え、別の機会に活用している。

 この仕組みを利用するとHEVは燃費が向上し、BEVは電費が向上して航続距離が伸びる。航続距離を延ばすには、減速時は可能な限り油圧ブレーキに負担させず、回生ブレーキで分担したい。下の図は回生協調ブレーキの作動概念を示したものだ。アクセルペダルから足を離してドライバーが減速の意思を示すと、エンジンブレーキ相当の弱い回生制動が働くのが一般的だ。回生を作動させないコースティングがデフォルトのモデルもあるし、車載のモード切り替えによって減速度の強弱を調整したり、ステアリング裏のパドルで調節できたりするモデルもある。

 ドライバーがブレーキペダルを踏むと、その踏み込み量などからシステムは要求制動力を算出し、油圧ブレーキと回生ブレーキの配分を緻密に制御して、ドライバーが要求する制動力を発生させる。上図では回生ブレーキの分担はきれいなラインを描いているが、実際には上下方向に微小な変動を繰り返している。でも、破線で示す制動力は変動させない。協調が不十分だと制動力は変動してしまい、ドライバーの違和感に繋がってしまうからだ。回生協調ブレーキを開発・製造するアドヴィックスの技術開発部門アドバイザの井上弥住氏は次のように解説する。

「この図を見ると、油圧ブレーキ側は回生ブレーキに従属しているように見えますが、そうではありません。要求制動力の判定はまず油圧ブレーキ側が行ないます。要求制動力に対し、そのとき回生側でどれだけ分担できるかを聞いてくる。回生側はゼロと回答する場合もあります。回生ブレーキが分担する台形の形を決めるのは、じつは油圧ブレーキ側なんです」

 制御システム技術部長の山本貴之氏が補足する。

「回生ブレーキのカーブはいつも安定しているわけではありません。あまり回生に頼りすぎると、さっき踏んだブレーキと、今度踏んだブレーキが違うフィーリングになる。できるものなら最初から回生をたくさん入れたいのですが、どこから回生を入れるかは、カーメーカーの考えに基づき、協力しながら決めていきます」

AHB-Rxの構造

 回生量のアップ、すなわちBEVなら航続距離を延ばすことに繋がる技術のひとつが、前後輪独立制御だ。アドヴィックスの製品ではAHB-Rxで採用している。前後一律で調圧するのではなく、前後独立で制御できるのが特徴だ。前輪で力行と回生を行なう車両の場合、回生ブレーキは前輪にのみ働く。前輪で回生ブレーキが作動しているときに前後同じだけの調圧で油圧ブレーキを作動させると、フロントが強くなってしまう。その、強くなってしまうことを勘案して制御しなければならないので、回生効率にも妥協が生まれる。

 前後輪独立制御ならフロントとリヤを個別に調圧することができるので、フロントは回生ブレーキが働くぶんを引いて油圧を入れることができ、回生ブレーキを存分に働かせることができるようになる。また、リヤの制動力を強める制御を行なうことでリヤリフトを抑えるなど、車両姿勢の制御にも活用することができるし、圧雪路などの低ミュー路ではABSの介入を遅らせることにも繋がる。後輪にモーターを搭載するモデルでは、フロントの油圧ブレーキを強くすることで、回生効率を上げながら、車両姿勢の安定化を図る使い方ができる。

 冒頭の図でいうと、制動開始直後の山の稜線をいかに急峻に立ち上げるか(A)も回生効率の向上にとって重要だが、停止寸前ぎりぎりまでいかに回生ブレーキで粘るか(B)も回生効率の向上にとって重要だ。「回生ブレーキの赤いラインをいかに急にするかが回生協調ブレーキの開発の歴史です」と、制御システム技術部・第4室長の西尾彰高氏は説明する。

「例えば、高速走行時に制動した場合は、(エネルギーを受け入れる)バッテリーの許容量でこのラインが決まる部分があります。いかに巡航スピードが高い領域から回生ブレーキを分担させられるか。加えて、応答遅れを極力なくし、調圧を微小にしてフィーリングを作り込んでいくかが開発の課題です。停止間際は回生ブレーキをストンと落としますが、このとき、ドライバーに気づかれないように油圧を補填する技術がポイントです。かつては緩かった勾配がどんどん立ってきて、本当の停止寸前まで回生を取りきるところまで進化しています」

 ブレーキフィーリングの作り込みも進化を遂げている。回生協調ブレーキシステムはドライバーのペダル操作とブレーキユニットに伝わる油圧が直接繋がっておらず、分離したブレーキ・バイ・ワイヤーだ。ペダル反力はストロークシミュレーターで作るが、コンベンショナルなブレーキと比べ違和感のないよう追求されている。

 回生協調ブレーキシステムの開発は効率を高めるのが本筋だが、効率至上主義というわけではない。フィーリングを満足させつつ、いや、フィーリングを向上させつつ、姿勢制御という新たな価値を付加するという方向で開発が進んでいる。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…