マイナス23kgへの挑戦:ホンダ・シビックTYPE R[FK8]Limited Editionの軽量化技術

ホンダ・シビックTYPE Rマイナーチェンジモデルには、ベースグレードに対して鍛造ホイールへの換装と防音材等のカットで軽量化を果たした限定モデルが用意され、2020年10月に発売された。鍛造ホイールの剛性チューニングをはじめとする開発の過程を、エンジニア諸氏に語っていただいた。
TEXT:安藤眞(Makoto ANDO) FIGURE:HONDA

モーターファン・イラストレーテッド vol.162「軽量化の正体」より一部転載

「クルマの軽量化」という観点において、直近でもっともクルマ好きの耳目を集めたものといえば、ニュルブルクリンク北コースの量産FWD車最速ラップタイム更新ではないか。2019年4月に達成したのは、ルノー・メガーヌR.S.トロフィーR。5ドアハッチバック車メガーヌのスポーツモデルR.S.をサーキット向けにチューニングし、さらに大胆な軽量化を実施したモデルだ。
看板技術である4Control(4WSシステム)はもとより、リヤシートまで取り外すことによって、車重の1割近い130kgという軽量化を実施。これによるタイトル奪取は、「軽さこそ速さ」という事実を強烈に印象づけた。

自動車メディアとしては、タイトル奪還を期待したくなるところだが、そこに飛び込んで来たのが、シビックTYPE Rマイナーチェンジ。しかもベースモデルをさらに軽量化したLimited Editionが用意される。となれば「これがタイトル奪還スペシャルか!?」と思わずにはいられない。

ところが、軽量化された重量は、わずか23kg。リヤシートを残しているのはもちろん、ヒーテッドドアミラーやホンダセンシングの標準装備など、重くなる要素さえ許容している。これだけの軽量化でも、タイトル奪還に勝算があるということか? 我々の疑問を尻目に、開発を指揮した柿沼秀樹主任研究員は、歴代TYPE Rの車重の変遷から話し始めた。

「TYPE Rといえども、安全・環境の法規対応を進めなければなりませんでしたから、重くなり続けてきたのは事実です。しかし、4世代目のFN2型までは右肩上がりで重くなっていましたが、現行のFK8型では、それまでの増加率なら1500kgになってもおかしくないところ、1390kgに踏み止まっています。メガーヌR.S.トロフィーは1450kg(MT仕様)ですから、シビックTYPE Rはそもそも軽いんです。誕生以来、TYPE Rにとって“軽さ”とは極めて重要な要素ですから、Limited Editionでさらに軽さを研ぎ澄ませたのは、ごく自然な流れなんです」

しかし、トロフィーRがリヤシートまで外しているのに対し、Limited Editionはアルミホイールの軽量化と、防音材の削減のみと控えめだ。

「そもそもニュル最速タイムを塗り替えるというのは、開発目標にはありませんでした。法規適合させてナンバー付きで売る以上、速さでいえばどう頑張っても“レーシングカー未満”にしかなりません。しかもTYPE Rである以前に“ホンダ・シビック”ですから、5ドアなのにリヤシートがないというのは、われわれの発想にはありません。速さと引き換えに日常性を大きく損なうような軽量化をする選択は、最初からありませんでした」

そのうえで、数値目標は掲げず『できるだけ軽くしろ』というのが、柿沼氏からの指示だった。しかし数値目標がないとなると、どこまでやったら合格点がもらえるのかわからない。この難題を、開発スタッフはどう受け止めたのか。

「“軽さ”は“速さ”に繋がりますから、『できるだけ速くしたい』という指示だと受け取りました。シミュレーションのうえでは、50kgの軽量化は鈴鹿のラップタイムで約0.7秒の短縮に相当しますから、23kgなら0.3秒ぐらいは速くなります。ただし“速さ”と“楽しさ”を両立しなければならないのが、私たちの共通認識です。そこにいちばん効果があるのがばね下の軽量化ですから、ホイールを10kg軽量化したことによって得られる“Fun”というのは、数値以上に大きいと考えています」(運動性能領域 性能設計担当・小林佳亮氏)

「クルマを曲げる起点は、ドライバーの手のひらとステアリングホイールの接触面です。そこであれだけ重い回転体のジャイロモーメントを変化させようとすると、大きなエネルギーが必要になりますから、そのエネルギーを小さくしておくのは、クルマを軽快に動かすという点で、非常に効果が大きいんですね」(柿沼氏)

アルミホイールを軽量化するには、体積を小さくするしかない。しかしリムのサイズは変えられないから、断面の肉厚を削ることになる。すると強度が低下するから、製法は鋳造から鍛造に変更され、サプライヤーは鍛造技術に長けたBBS社が選ばれた。

ところがアルミ合金の場合、鋳造でも鍛造でもヤング率(素材そのものの持つ剛性値)は変わらない。剛性はヤング率と断面形状(断面二次モーメント)の積で決まるから、断面を削れば剛性は必ず低下する。新作ホイールは約20%も軽くなっているが、剛性低下の問題を、どうクリアしたのだろうか。

鍛造ホイール形状の開発中プロセス各モデル

「そこは観点を変え、『どこの剛性が必要で、どこの剛性は落としても性能に影響がないか』という切り分けを、最初に行ないました。まずシミュレーションをして、感度の高い場所の当たりを付け、その要素を我々とデザイナーとBBSさんとで共有し、どこを削って、どこに肉を盛れば良いのかを検討しました」(シャシー設計開発担当・竹内 治氏)

「ホイール単体ではなく、タイヤを組み合わせたコンポーネントとして挙動を解析し、成立する仕様を導き出すよう指示したんです」(柿沼氏)

すなわち、走行性能に影響しないモードの変形は許容する、ということだ。

「変形のしかたが連続的ならば舵を切ったときの手応えも連続的に変化しますから、手応えからタイヤのグリップ状態を常に把握することができます。しかし途中で変形モードが変化してしまうと、限界が近いのか、切り増しする余裕があるのか、わからなくなってしまう。そのカギを握っていたのが、スポークがハブやホイールと繋がる部分の剛性だったのです。そこで、中期モデルに対して赤い部分(上の図)に肉を盛り、目標性能を満足することができました」(竹内氏)

「運転操作というのは、人とクルマの反力のやり取りなんです。ステアリングでいえば、切る方向に力を加えると、タイヤにセルフアライニングトルクや荷重移動による反力が発生して、それがホイールからナックル、タイロッドなどを伝わって、ドライバーに返ってくる。そこにどれだけ線形性があるかが、ドライバーにとってはいちばん大事なんです。それが途中で薄まったり、変化したりしてしまうと、ドライバーはそのクルマをまったく信頼できなくなる。肉を盛ったことによって質量はホイール1個あたり230g増えましたが、性能的には天と地の差を生みました」(柿沼氏)

一方、数値的にはホイール以上に軽量化に対する寄与率が高いのが、吸遮音材の削減だ。

「クルマの重心から、できるだけ遠く、高いところを狙って削減しています。同じ13kgでも高いところやオーバーハングにあるものを削減したほうが、運動性能の向上感度は高いですから。それに加えて、ドライバーにとっての気持ちよさ、音の聞こえかたや音質が悪くならないことも考慮しながら、外す部品を選んでいきました」(NVH研究開発担当・羽吹 学氏)

 数値上の騒音レベルは高まっているとのことだが、不快な音質ではないという。

「年々厳しくなる衝突要件、目標とする操安剛性確保に対して、フレームの断面は大型化、フレームの通し方、フレーム本数増により対応しており、フレームに区切られたパネルの面積が小さくなって、パネルからの振動・発音レベルが下がっています。また、解析技術の向上にともない、ボディ・シャシー部品の固有値分散を行なう事で低周波数成分を抑えており、過去のモデルに比べ固有値をずらすことで、日常性を阻害するほど騒音レベルは悪くはならないのです」(羽吹氏)

日常的な実用性を維持しながら、トロフィーRに対してパワーウェイトレシオで0.15kg/kWのアドバンテージを得たシビックTYPE R Limited Edition。サスやエンジン冷却にも手が入っていることを考えれば、タイトル奪還の可能性は充分高いと言って良さそうだ。

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著者プロフィール

安藤 眞 近影

安藤 眞

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェク…