スーパー耐久のトヨタ・カローラH2 Concept:レースでアジャイルな開発を

水素エンジンが改めて脚光を浴び始めたのは1台のレース車両の存在が大きい。2021年シーズンからスーパー耐久ST-Qクラスに参戦を開始し、今シーズンもエントリーを続けているORC ROOKIE RacingのカローラH2コンセプトはレース毎にハイペースで着実な進化を遂げながら水素エンジンの可能性を探っている。

TEXT:世良耕太(Kota SERA) PHOTO&FIGURE:TOYOTA/S.T.O

モーターファン・イラストレーテッド vol.191「水素はどうか」より一部転載

トヨタ自動車は2021年5月21日〜23日に富士スピードウェイで開催されたスーパー耐久シリーズ第3戦から、水素エンジンを搭載した車両で参戦を始めた(モーターファン・イラストレーテッド Vol.178で解説)。水素エンジンの開発は、MORIZOのドライバー名で自らもレース車両のステアリングを握る豊田章男社長の発案だ。「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と政府は宣言したが、切り札がバッテリーEV(BEV)とされている風潮に納得がいかず(日本自動車工業会会長の立場としても)、水素エンジンの開発に乗りだした。カーボンニュートラルの選択肢はBEVだけではないと、態度で示すためだ。トヨタのこの動きをきっかけに、国内ではちょっとした水素エンジンブームが巻き起こっている。

水素エンジンを搭載する車両は、Cセグメントのカローラ・スポーツをベースとする。エンジンと、リヤデフ前にカップリングユニットを持つ4WDのドライブトレーンはBセグメントのGRヤリスから移植した。競技ユースを念頭に置いて開発したGRヤリスのガソリンエンジン(G16E-GTS型1.6L直列3気筒直噴ターボ)を採用したのは、水素の燃焼が発生する高い燃焼圧を見込んでのこと。GRヤリスよりひとまわり大きなカローラ・スポーツを選択したのは、後部座席のスペースにかさばる高圧水素タンクを搭載するためである。燃料電池車のMIRAIが搭載する70MPa(700bar)の高圧水素タンクを流用し、180Lの総容積を確保している。

2021年は「ガソリンエンジン並みの出力に到達すること」を目標に開発を行なった。GRヤリスの最高出力は200kW(272ps)である。実戦投入から半年後、最終戦・岡山を走った水素エンジン・カローラの最高出力は224kW(304ps)に到達していた。出力で24%、トルクで33%の向上を果たしたことになる。

出力/トルクの向上にあたっての最大のハードルはプレイグニッションだった。水素の着火エネルギーはガソリンよりはるかに小さい。言い換えれば火がつきやすく、点火プラグで着火する前に勝手に火がついてしまう。とくに、ホットスポットと呼ばれる熱いところ、具体的には排気バルブに噴射した水素が当たるとプレイグを起こしてしまうため、水素を噴射する角度(サイド配置する直噴インジェクターの位置自体は変えていない。G16E-GTS型エンジンの詳細はモーターファン・イラストレーテッドVol.174に掲載)や噴射期間を工夫することにより、ホットスポットに当てずに多くの水素を噴射するトライを重ねた。

並行して行なったトライは、航続距離を延ばすことだった。21年3月に鈴鹿サーキット(全長5.807km)で行なったテストの際は、一充填あたり8周程度走行するのがやっとだった。1年後の鈴鹿テストでは、10周程度まで走ることができるようになった。水素エンジン・カローラは、高圧水素タンクに貯蔵する水素を減圧して噴射している。噴射圧を高く設定すると、残圧が設定値に達した時点で実質的にガス欠となり、タンクに残っている水素が無駄になる。航続距離を延ばすため、できるだけ低い残圧まで使えるようなトライをしたということだ。出力/トルクを上げるトライと並行していたので、噴射圧を低くしながら、噴射量は増やしていく方向だった。しかも、プレイグを回避しながら。

スーパー耐久シリーズはほぼ1ヵ月のインターバルで大会スケジュールが組まれている。のんびり開発していたのでは、何の進歩もなく次のレースを迎えることになりかねない。だから、スピーディな開発が求められた。トヨタはこれを「レース活動を通じたアジャイルな開発の実践」と呼んでいるが、水素エンジンの開発にあたってモータースポーツを活動の場に選んだのは、「仕事の仕方」「人」「車」「ユニット」の4つの領域を同時に鍛えるためでもあった。「仕事の仕方」を鍛えるため、水素エンジンの開発ではモデルベース開発を最大限活用した。実機データをもとに1Dや3Dのエンジンモデルの精度を向上させ、実戦向けエンジンを改良〜実機ベンチで検証~モデルの精度向上のサイクルを回し、短期間で改良を重ねていった。「仕事の仕方」を鍛える観点では、HILSを最大限活用することで、超短期間での開発を実現した。手法そのものは従来から用いているが、今回の開発では従来以上に積極的に活用することで、開発の手戻りなく、車両完成後に大幅な制御変更を必要とせず、短期間でシステム開発を行なうことができたという。水素エンジンの開発に乗り出すだけでなく、将来的に他の開発領域のポテンシャルアップに繋がる取り組みを行なっているところが、この活動の特徴だ。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…