欧州メーカーの数多くのプレミアムモデルに、新車装着(OE)用タイヤとして選ばれてきた実績を誇るのが横浜ゴムの「ADVAN Sport」だ。優れたハンドリングだけではなく、快適性や高速走行時のグリップなど、要求される性能項目は多岐にわたる。こうしたOEMからのリクエストに応えるべく、最新モデル「ADVAN Sport V107」はどう進化したか、それを支えた技術の数々を解説していこう。
REPORT:髙橋一平 PHOTO:神村 聖/横浜ゴム FIGURE:横浜ゴム
横浜ゴムのグローバルフラッグシップブランドである、ADVANシリーズ、なかでもその頂点として位置づけられているのがADVAN Sport V107だ。注目すべきはそのバックグラウンド。もともとADVAN Sportは欧州プレミアムブランドの超高性能車向けOEタイヤ(Original Equipment、つまり新車装着用)として誕生したものであり、その最新世代にあたるADVAN Sport V107も、2019年のBMW X3/4、メルセデスAMG GLE 53 4 MATIC+、メルセデスAMG GLS 63 4 MATIC+へのOE採用で登場している。
プレステージカーをメインターゲットとしてポルシェ、BMW M、メルセデスAMG各モデルへの納入に力を注ぎ、車種専用のOEタイヤとして実績を積みあげながら対応車種、サイズを拡充。満を持すかたちでリプレイスタイヤとしての展開が始まったのは2022年のことだ。
全方位の性能を磨き上げたADVAN Sport V107の独特なフィールは、欧州の名だたる自動車メーカーが求める性能とクォリティを前提に開発されるなかで身につけたものだが、OEタイヤとして世界中の環境を駆け抜けた経験により、それはさらに洗練されたものへと進化。リプレイス用として豊富なサイズバリエーションが加えられたことで、さまざまな車両に装着が可能となったことも見逃せない。
このADVAN Sportの歴史の始まりを、横浜ゴム タイヤ消費財製品企画部の岩坪祐貴氏に伺った。
「スタートは1983年に欧州市場に投入されたハイパフォーマンスタイヤ、A008の存在です。国内ではADVAN-HF TYPE Dという名称で販売されていたタイヤですね。当時としては世界的にも異例といえる高い性能を持っていたA008は、スイスのポルシェクラブ会員の間で口コミで人気が広がっていきました。これにポルシェが興味を示し、弊社にタイヤ提出とポルシェ本社への訪問要請が届いたのです」
OEタイヤ納入の前夜、こうして横浜ゴムとポルシェとの関係がスタートしたというのもADVAN Sportというブランドを象徴するエピソードだ。同年、ポルシェからの正式な開発依頼を受け、専用タイヤの開発が始まった。
そしてA008は、ポルシェの厳しい要求と評価を経て、1988年にA008Pと呼ばれるポルシェ専用タイヤへと進化を遂げる。名称的には派生タイヤのようではあるが、トレッドパターンは大きく変更され、またパフォーマンス的にも当時の日本国内の常識を遥かに超える超高速性能をウェット時も含め確保、911Turboターボ3.3(G Series)用として技術承認を獲得した。ポルシェによって性能が検証され認められた技術承認タイヤという位置付けであったが、その後A008Pは続々と他のモデルでも技術承認を獲得していく。そして1991年、ついにポルシェはこのA008Pを911turbo(964型)のOEタイヤとして採用、新車装着を決定した。それは同時に欧州プレミアムブランド向けのOE供給が初めて実現した瞬間でもあった。
その後、欧州をはじめとした海外OE向けタイヤには、A.V.Sのブランド名が冠される時期もあったが、2004年に横浜ゴムは「ADVAN」をグローバルフラッグシップブランドに位置付ける。欧州プレミアムブランド向けの超高性能車用タイヤとしてのADVAN Sportがスタートし、2012年にはADVAN Sport V105が登場した。そして2019年発表のADVAN Sport V107へと続いていくわけだが、OEタイヤとして登場、実績を積み重ねた後にリプレイス用として展開していくという流れは今も変わらず引き継がれている。
ADVAN Sport V107は、その前身となるADVAN Sport V105のコンセプトをそのままに引き継ぎながら、さらなる進化を遂げるべく開発された。この進化を支えた技術を、V107の開発に携わったタイヤ製品開発本部 タイヤ第一設計部の堀内研治氏、植村卓範氏のお二人に解説いただいた。
ハイパフォーマンスカーのOEタイヤということで、販売台数は多くはないが性能要求レベルは高いものになる。それについて堀内氏はまずこう語った。「技術側としては、明確なハードルを提示してもらったほうが目標がシンプルに定めれられるというケースがあります。こうした要求レベルが高い開発があることで、自分たちのレベルアップにも繋がる、ものすごくいい機会だと捉えていますね。技術をジャンプアップさせるために、新しいところにトライしてみようという傾向は間違いなくあります」
さらに植村氏は「一般論としてわかりやすいのは、車両特性を見るときの速度レンジがまったく違います。グリップやハンドリングだけではなくサーキットでの摩耗形態や、大きくなる入力に対する性能も重視されます」と説明する。
目標のなかでもとくに重視されたのが、ドライ制動における性能向上だった。
「V107は結果としてレーダーチャートで示すようなバランスの取れたかたちになったわけですが、まず着目したのは、従来品のV105では市場で徐々に劣勢になってきていたドライ制動でした。もちろんそこには、この部分の性能向上が、全体の底上げに繋がるであろうという目論見もありました」(堀内氏)
主要な性能を示す5項目を従来品のV105と比較したレーダーチャートでは、うち4項目がV105を上回っており、残る1項目にあたるウェットにおける操縦安定性も同等を維持。なかでもドライ制動と同じだけの伸びをみせているウェット制動にはとくに注目である。
あちらを立てれば(性能向上させると)こちらは立たずという、トレードオフの起きやすいタイヤにおいて、この結果は一般にはなかなか起き得ないものであり、全体的なレベルアップが果たされたことを示唆していると思って間違いない。
これらの点を踏まえて目標とする性能を獲得するため、ADVAN Sport V107が採用している方策のひとつがパターンの工夫だ。ドライとウェット、それぞれに特化した機能を、外側(OUT側)と内側(IN側)のショルダー部に役割分担させるかたちで作り込むというものである。
この考えかたは従来品のV105から受け継がれたもので、グルーブの数や配置などADVAN Sport V107とV105のパターンには似たように見える部分も少なくないのだが、当然ながら両者は別物。とくに3本の太い縦溝(グルーブ)と外側のショルダー部近くに刻まれる細めの縦溝1本から成る“3+1”構成のメイングルーブ以外の、細かな横溝やサイプの形状は大きく変更された。また、外側のショルダー部については横溝の数を1割ほど削減することで、個々のブロックの面積を拡大。ブロック剛性を高め、ドライ性能の向上に繋げるかたちとしている。
全体としてはウェット性能の向上に寄与する溝の面積を拡大すると同時に、パターン剛性を高めることでドライ性能も引き上げるという流れだ。
下の図はFEM(有限要素法)を用いた解析で、タイヤ接地面の様子を色分けで圧力分布を表現するかたちで描画したもの。ADVAN Sport V107の接地面は従来品のV105と比べると、圧力がより平均的に分散(圧力が高いことを示す赤やオレンジの部分が少ない)、接地面についても、よりスクエアで整った形状となっており、面積が広がっていることが窺える。
とくに注目すべきは、ショルダー部の外側がよりストレートになっていること。これも同様にショルダー部の接地面積拡大に貢献している。このショルダー部については、ブロック剛性の向上に加えプロファイル(断面形状)の変更という要素も寄与。
ちなみに、プロファイルは各部を分割するかたちで曲線を描く関数を当てはめていくという手法で設計していく。実際にはもう少し複雑な要素も絡んでくるのだが、ADVAN Sport V107ではV105よりも、“分解能”を高めるように分割点を増やしたイメージであることに加えて、この分割点のベースには“スーパー楕円関数”と呼ばれるものを当てはめるという手法を新たに採用している。このふたつの手法を組み合わせることで、ショルダー部の接地面が“角”ギリギリまでフラットに近いかたちとなり、接地面の拡大に大きく貢献。このプロファイルは横浜ゴムの特許技術である。
今回のインタビュー前編ではADVAN Sportの歴史とV107が目指した性能、それを実現するためのパターン・プロファイルに関する技術の序論を伺った。後編ではさらに踏み込んだ詳細と、内部構造やコンパウンドに関する進化、サイズバリエーションやリプレイス用タイヤとしての特徴などをお伝えしていく。