前編:マージナル電源論から考える将来の自動車用カーボンニュートラルのパワートレイン[2025年畑村博士の年頭所感]

2018年に書き始めた年頭所感は『日本のエンジン技術の危機が迫っている』として、シリーズハイブリッド、予混合圧縮燃焼(HCCI)、電気自動車(BEV)のCO2排出量の計算の問題を取り上げ、最後に『2050年を見据えた2030年までのパワートレインの進むべき道』を論じた。改めて読み返してみると興味深い。今回で8回目になる年頭所感でも、説明の仕方が整理され分り易くなったと思うが、本質には変わりはない。BEVフィーバーに続いて2023年に始まったBEVの販売の頭打ちと欧米メーカーのBEV一辺倒の戦略見直しを新しく追加した。

TEXT&FIGURE:畑村耕一(Koichi HATAMURA)

【2018年】
 ▷ 2018-① 日本のエンジン技術の危機が迫っている
 ▷ 2018-② もう電気自動車リーフの出番はなくなった、日産ノートe-POWER
 ▷ 2018-③ SKYACTIV-X(スカイアクティブX) どうしてマツダだけがHCCIを実用化できるようになったか
 ▷ 2018-④ 電気自動車は本当に地球にやさしいか
 ▷ 2018-⑤ 2050年を見据えた2030年までのパワートレーンの進むべき道

【2019年】
 ▷ 2019-① 「エンジンはなくならない」が「エンジンはないほうがいい」
 ▷ 2019-② エンジンで直接タイヤを駆動するクルマは20世紀の遺物と呼ばれる日が来るかもしれない
 ▷ 2019-③ 中期的にも長期的にもEVの普及がCO2削減に有効な手段であるとは限らない
 ▷ 2019-④ カーボンニュートラルを実現する燃料 水素とCO2から合成するe-fuelに注目!
 ▷ 2019-⑤ ノートe-POWER 走りと環境性能を両立するパワートレーンとは?
 ▷ 2019-⑥ SKYACTIV-Xか可変圧縮比か。シリーズハイブリッド専用の高効率エンジン実現に向けて
 ▷ 2019-⑦ 2ストローク対向ピストン・ガソリンエンジンの可能性

【2020年】
 ▷ 2020-① 過給リーンバーンの技術競争が始まった、マツダSKYACTIV-Xの評価は?
 ▷ 2020-② 魅力的な電気自動車が続々登場してきた。EVとHEVの覇権争いが始まる?
 ▷ 2020-③ エンジンもトランスミッションも新しい変革が始まる

【2021年】
 ▷ HEVのほうがEVより地球にやさしいという真実。

【2022年】
 ▷ 2022-① カーボンニュートラルに向けた世界(欧州)の動き
 ▷ 2022-② 電力使用とCO2排出量の算出法(電気の不思議)
 ▷ 2022-③ 自動車のカーボンニュートラル走行を実現するには
 ▷ 2022-④ 環境と走りを両立する理想のパワートレインの構想

【2023年】
 ▷ 発電に伴うCO₂排出量を算出するマージナル電源の考え方とカーボンニュートラルに向けた自動車用パワートレイン

【2024年】
 ▷ 2024-① 電気自動車のCO2排出量の計算は正しいか?
 ▷ 2024-② 再エネ発電が大量に普及した場合のCO2排出量は?


今年の年頭所感は、二部構成で以下の内容を紹介する。

■ 第1部 新マージナル電源論
 2017年から様々な場面で主張してきた「BEVの従来のCO2排出量の計算は間違っている」ことを整理して、
 分かり易い「新マージナル電源論」としてまとめた。

■ 第2部 将来の自動車用CN(カーボンニュートラル)パワートレイン
 「新マージナル電源論」の考えをベースに、再エネが大量導入される未来に
 自動車用CNパワートレインはどうあるべきかという筆者の考えを紹介する。

第1部 新マージナル電源論

マージナル電源の考え方は2000年頃に大阪ガスで生まれ、その後「GHGプロトコル」に採用されて欧米で盛んに研究されたが、2010年代後半にはなぜか論文発表が低調になり、政策への反映も日本のコジェネの効果算出に限定されている。最近は、専門外のエンジン研究者がBEVのCO2排出量の計算について「従来計算は間違っている」と問題提起している。このようなマージナル電源の考え方の歴史と、筆者が考えた「専門家でなくても主張できる分かり易い科学的な新マージナル電源論」を紹介する。

1. マージナル電源の考え方の歴史

マージナル電源の考え方は、1990年代末にガスエンジンで発電して排熱を利用してお湯を供給するコージェネレーション(コジェネ)を大阪ガスが導入しようとしたことから始まった。CO2排出量削減が主目的だったが、CO2排出量の削減量を算出するとコジェネの導入によって総CO2排出量が増加するという結果になった。CO2排出量が減少しないととても販売できないためCO2排出量の計算を確認したところ、コジェネで発電した電力で系統電力を削減しても発電所から出るCO2の減少量はガスエンジンのCO2排出量より大幅に小さい値が算出された。

そこで大阪ガスの白木一成氏(元大阪ガス、環境・エネルギー政策担当)は考えた。従来の計算では、系統電力需要が減少すると火力発電だけでなく、水力も原子力も発電量を減少するという仮定で計算している。これはおかしい。経済性原理で考えると、燃料費がほとんど掛からない水力と原子力の発電量を減少するのではなく、燃料費が高い火力の発電量を減少するはずだ。発電所の運転を調べてみると実際そうだった。需要減少に対して火力発電が発電量を減少するとしてCO2排出量を計算すべきという結論に行き着いた。

大阪ガスの提案は日本ガス協会で採用され、利害が衝突するガス業界と電力業界の大論争に発展して、最終的にコジェネの効果には火力発電のCO2排出係数を使うことが公式に認められた。また、このことを2004年に開かれたCOP10(第10回気候変動枠組条約締約国会議)に電力使用に伴うCO2排出量の評価として日本ガス協会が提案した。そこでの説明資料の一部を図1-1に示す。この考え方は、2007年に発行した国際的な温室効果ガス排出量の算定・報告の基準である「GHGプロトコル」に採用された。

図1-1 マージナル電源の考え方を世界で初めて提案
火力から風力まで様々な発電所が発電をしているが、CO2は火力発電から排出されている。コジェネ導入で系統電力の需要が減少すると、従来はすべての発電所が平均的に発電量を減少するとしてCO2排出量の変化を計算していたが、実際は火力発電所が発電量を減少するので従来計算より多くのCO2排出量が減少する。

GHGプロトコルがマージナル電源の考え方を採用したことから、欧米を中心にマージナル電源の研究が盛んに行われた。表1-1にその頃の文献調査結果から主要な論文を示す。ところが、なぜか論文発表が低調になり、論文の成果は政策に反映されることはなく、マージナル電源の排出係数を公式にCO2排出量の計算に使うのは日本のコジェネに限定されている。日本でも電力業界の強い反対に遭ったように、世界でも電力業界が認めようとしないのだろう。

表1-1 「マージナル電源」に関する文献調査
2010年代にはマージナル電源に関する論文が電力・エネルギーの専門家からたくさん発表されているが、米国、特にカリフォルニアでは短期的なマージナル電源が、欧州では英国を中心に長期的なマージナル電源の研究が多い。中にはマージナル電源の排出係数を使ったPHEVのCO2排出量を算出した論文を出した後、なぜか翌年にはそれを否定する論文を出している研究機関もある。

このような状況に対して、筆者は2017年の環境工学シンポジウムでBEVのCO2排出量の計算に疑問を投げかけて、BEVのCO2排出量の定義を図1-2のように提案した。その上でBEVを普及するより、石炭火力を削減して天然ガス自動車(NGV)を普及する方が効果的に自動車のCO2排出量を削減できることを示した。

図1-2 BEVのCO2排出量の定義を提案
左はBEVが普及した場合の発電構成と発電所からのCO2排出量を示す。ここでBEVが普及せずその充電電力需要がない場合は右のように総発電量が減少する。左と右のCO2排出量の差がBEVの充電に伴うCO2排出量に相当し、それをBEVの総走行距離で割るとBEVのCO2排出量が求まる。ここで重要なのは、BEVの普及の有無で発電構成が変化することだ。石炭か天然ガスかの特定は難しいが、発電構成は火力発電が減少する。そのため、発電構成が変化しないと仮定した従来の計算では実際と異なる値が算出される。

ちょうど同じ時期に、ミスターエンジンこと、マツダの人見光男氏がCOMODIA2017で類似の主張を図1-3のように紹介している。意見交換したこともないのに、BEVと石炭火力の問題を取り上げていることにビックリしたのが筆者の感想だ。

図1-3 ミスターエンジンのCO2削減の考え方
左は発電構成とそこから排出されるCO2排出量を示す。再エネ発電で179 billion kWhの電力が得られた場合にどうすべきかという質問だ。その分石炭火力を廃止すると168 million tons、エンジン車をBEVに置き換えると114 million tonsのCO2排出量が減少する。どちらが正しい政策でしょう。答えはもちろん石炭火力の廃止だ。

その後、真正面からこの問題を取り上げる論文は減少したが、将来のパワートレインを論じる中でエンジン研究者がこの問題を取り上げている。サンディア国立研究所(USA)のディーゼルエンジンの研究者であるDr. Paul Milesが2019年の京都P,F&L国際会議で発表した資料を図1-4に示す。2012年イギリスのシェルの論文からこの図を引用して、マージナル電源の排出係数を使うとBEVのCO2排出量が従来計算より大きく増加して、BEVとHEVのCO2排出量の比較が従来計算とは逆転することを紹介している。

図1-4 Paul Milesのマージナル電源の説明
ある電力系統の過去の1時間毎の発電構成を調査して総CO2排出量を算出、その時の総電力需要を横軸にしてプロットしたもの。黒線が電力需要の増加とCO2排出量の関係を示し、その傾きがマージナル電源のCO2排出係数になる。赤線で示す全電源平均の排出係数と比較すると約1.5倍になることが分かる。

2035年にはエンジン搭載車を販売できなくなるという内容の「Fit for 55」が2021年に欧州で発表されて自動車業界が大騒ぎになった頃、欧州の著明な大学教授が集まってIASTECという組織を立ち上げ「BEVのCO2排出量の従来の計算方法は間違っている」という趣旨の書簡を連名で、EU委員会とEU議会に提出した。表には出ないが、最近の欧州の政策変更を陰で支えていると筆者は思っている。

本来は電力の専門家が問題提起すべき内容であるが、エンジン研究者が発言していることに問題の根の深さが分かる。この中で、全電源平均の排出係数を使うことが間違いであることをイブと両親の学費負担を例に分り易く説明しているので図1-5に紹介する。

図1-5 欧州のエンジン研究者の問題提起
娘のイブを再エネ発電に両親を化石燃料発電に置き替えると、従来の排出係数一定のCO2排出量の計算が間違いであることが分かる。同時に発表した論文で、BEVの実際のCO2発生量は従来計算の約2倍になるというシミュレーション結果を示している。

IASTECの中心人物であるカールスルーエ大学のThomath Koch教授が発表した論文のマージナル電源の説明を図1-6に示す。CO2排出係数のシミュレーション結果を示す図であるが、CO2排出量の算出には需要増加による全電源平均の排出係数の微小変化を考慮する必要があり、CO2排出量の増加分は全電源平均ではなくマージナル電源の排出係数を使って計算するのが正しいことを説明している。

図1-6 Prof. Thomath Kochの論文のマージナル電源の解説
ドイツの系統電力について、横軸に電力需要、縦軸にCO2排出係数をとると、全電源平均とマージナル電源の排出係数はともに需要増加に伴って増加する。電力需要がΔDだけ増加した場合のCO2排出量の増加は全電源平均で計算すると灰色の面積Mになる。ここで忘れてはいけないのはΔDの増加によって排出係数が微増(ΔM)することだ。ΔMは全電力需要に関係して薄い灰色の面積分の排出量を増加する。この面積を面積Mに加えると斜線部分になって、排出量の増加はマージナル電源の排出係数で算出した値に一致する。これを薄皮理論と呼ぶことにする。

2023年の京都のP, E&L国際会議では、エンジンの3D-CFDの研究者であるCONVERGE社のDr. Kelly SenecalがシミュレーションでBEVとHEVのCO2排出量を米国の州毎に比較している。その中でマージナル電源の排出係数について図1-7のように説明している。図1-4のPaul Milesの説明と似ているが、実測ではなくシミュレーションで計算した結果を示しているので、その意味をより理解しやすい。

図1-7 Kelly Senecalのマージナル電源の説明
州毎に電力需要とCO2排出量の関係をシミュレーションで計算しているが、図はある州の電力需要と排出量の関係を示している。短い黒線はそれぞれの発電所の特性である。3つの黒点が異なる日の同じ時間帯における需要と排出量の関係を示し、黒点の傾き(排出係数)が赤破線の傾きより大きいことが分かる。つまり、全電源平均の排出係数は実際の需要増加による排出量増加を過小評価することを示している。

全電源平均の排出係数を使う従来のBEVのCO2排出量の計算は間違っている、というマージナル電源の考え方が2010年代には電力・エネルギーの専門家からなされていたが、最近は専門外のエンジン研究者が問題提起をしている実情を紹介した。筆者もエンジン研究者であるが、2015年ころからBEVのCO2排出量の計算の問題を各種学会で紹介してきた。主要な講演会・論文発表を表1-2に取り上げた。このほかにも多数の雑誌・新聞記事・ネット記事で問題提起をしている。

表1-2 BEVのCO2排出量計算の啓蒙活動

この3年は赤字で示す電気学会でも論文発表して電力・エネルギーの専門家に対して問題提起をしているが、マージナル電源というのを初めて聞いたという若い研究者・技術者が多いことには驚かされた。また、マージナル電源を知っているベテランはマージナル電源の考え方を否定するか議論を避ける方がほとんどである点も不思議であった。電力・エネルギーの専門家においてマージナル電源の考え方が無視されていることの現れのように思う。マージナル電源の考え方が普及しない原因が分かったような気がした。

このような私の活動に対して、同志社大学の千田二郎教授(噴霧・燃焼工学研究室)が2024年のJSAE関西支部技術交流会で賛意を表された。その資料を図1-8に示す。千田先生は大阪ガスのコジェネ問題の頃から一貫してマージナル電源の考え方の重要性を指摘されており、最近のエンジン研究者によるマージナル電源を主張する講演が増えていることを紹介されている。

図1-8 千田先生のマージナル電源の紹介
以上紹介したように、マージナル電源の考え方は2000年代に大阪ガスが提案したのに続いて世界的に研究が行われ、電力・エネルギーの専門家から多くの論文が発表がされているが、その後は論文がほとんど見られなくなった。それに代って2020年頃から、専門外のエンジン研究者からBEVのCO2排出量の計算の問題が指摘されるようになった。この考え方については世界中の電力業界が反対していることが普及の妨げになっていると推察している。

2. 専門家でなくても使える新マージナル電源論

マージナル電源の考え方を幅広く紹介してきたことから、その考え方を理解した技術者・研究者が増えてきた。しかし、最近増えてきたBEVのLCA評価の中で、相変わらずCO2排出量の計算に正確性に欠ける全電源平均のCO2排出係数が一般的に使われている。その一例として、スバルの中山智裕氏(車両環境開発部)が発表したLCA評価を図2-1に示す。

図2-1 LCA評価では全電源平均の排出係数を使用
スバルにおけるBEV、PHEV、従来エンジン車のCO2排出量のLCA評価結果を示す。全電源平均の排出係数を使っているため、2020年と2030年はBEVのCO2排出量が圧倒的に少ない結果になっている。そこで、マージナル電源の排出係数を使うべきでは?と質問したところ、マージナル電源のことは理解しているがこのような公の場では使いづらいとの回答が返ってきた。

別の講演会でIAV(ベルリンのエンジン研究所)の副社長Mr. Mark Sensに同じような質問をしたところ、マージナル電源の排出係数を使うのが正しいと賛同した上で、このような場では使えないとの回答だった。

二つの例から、マージナル電源の考え方は説明が難しいことに加えて、電力の専門家に否定されると対応できないことが公の場で主張できない原因の一つだと思われる。そこで電力の専門家でなくても主張できるように、分り易い科学的なマージナル電源論を構築したので、その説明方法を以下に紹介する。

これまで述べたように、電力使用に伴う発電所からのCO2排出量には次の二つの計算方法がある。

A: 使用中に電力を供給している発電所がCO2を排出している。
 この発電所は特定できないので、全電源が平均的に電力供給すると見なす。
  ⇒全電源平均の排出係数を使用する。

M: 電気機器のON/OFFによって発電量を増減する発電所がCO2を排出する。
 この発電所は電力の需給調整の仕組みから特定できる。
  ⇒マージナル電源の排出係数を使用する。

ここで、電力系統の特徴として、「電力を供給している発電所」と「ON/OFF時に発電量を増減する発電所」は同じではない事が重要な意味を持つ。二つの発電所が同じにならない、分り易い例を図2-2に示す。

図2-2 電力を供給する発電所と発電量を増減する発電所
BEVが自宅の太陽光発電で充電している(緑矢印)場合、遠くの火力発電所は他の需要家に送るための発電をしている。充電を止めるとどうなるか? 実際は、自宅の太陽光発電の発電量を減少するのではなく、その電力は遠くの火力発電所に送られて火力発電所が発電量を減少する。充電中はCO2を排出していないが、充電を止めるとCO2排出量が減少するという不思議な現象が起こる。

このような電力系統の不思議な減少が起こる原因を次に考える。そのために電力系統の運転制御の仕組みとして電力の需給調整とマージナル電源について図2-3に示す。

図2-3 電力の需給調整とマージナル電源
横軸に各電源の発電容量と電力需要をとり、それぞれの運転(限界)コストを縦軸にとってコストの低い順に並べた。電力需要が増加する過程では左から右に発電量を増加、減少する過程では右から左に発電量を減少する。その結果、電力需要の大きさによって調整電源が代る(需要Mでは石炭、Hでは天然ガス、Lでは再エネ)。調整電源のうち電力需要の増減に応じて総発電量を増減する電源を「マージナル電源」と呼ぶ。それぞれの電源のCO2排出係数を赤破線で示す。

経済性原理から各電源の運転制御が実施されて図のように調整電源が決まるが、調整電源の内、電力需要の増減に応じて総発電量を増減する電源を「マージナル電源」と呼ぶ。それぞれの電源によって排出係数が大きく異なるので、マージナル電源の特定が非常に重要になる。

一方、マージナル電源の考え方に対して、次のような疑問が投げかけられる場合が多い。

① 自宅の太陽光パネルで発電しているのに、なぜ電気を使うとCO2排出量が増加するのか?
② マージナル電源の係数で排出量を計算するとCO2排出量の合計が電力系統の総排出量と一致しない。
③ 電力を使う順番で排出係数が異なるのはおかしい。

このような疑問に答えるために、電力を供給する発電所について図2-4のように考える。

図2-4 電力を供給する発電所の特定
図2-3の電力系統を①から(n)の電気機器が利用している場合を考える。各機器が利用してる発電所は分からないので、無作為に貼り付けた。各電源を平均的に利用している場合はAの棒グラフの面積が各機器のCO2排出量に相当する。 それぞれが特定の発電所を利用している場合はA+Bの棒グラフの面積が各機器のCO2排出量に相当する。実際はこの二つの場合の間にあるが、利用している発電所がどれであっても、電源をON/OFFする場合はマージナル電源(発電所)が発電量を増減する。

図より、電気機器が利用している電源(発電所)にかかわらず、 ON/OFF時に発電量を増減する電源はマージナル電源に特定される、つまり電力を供給する発電所と発電量を増減する発電所が同じではないということだ。マージナル電源への疑問も解けたはずだ。

次に、電力系統内部の状態と利用者にとって必要なことを考える。電力を供給する発電所は、理論的には発電所・変電所の電圧と送電抵抗から特定できるが、複雑すぎてほとんど不可能なため電力系統内部では全電源を平均的に使っていると見なしている。これに大量の再ネが加わり、電力契約やクレジットで排出責任を配分している。この配分は電力の専門家にとっては非常に重要だが、電力系統の外部で他の機器(HEVほか)とCO2排出量を比較する場合は必要のない事だ。図2-5に示すように電力系統内部はブラックボックスとして、電気機器のON/OFFに伴うCO2排出量の増減量が分かれば十分である。

図2-5 電力系統内部の状態と利用者の関心
BEVが充電している場合の電力系統の内部状態を左に示す。充電器をONにすると右図のようにマージナル電源の排出係数で算出されるCO2排出量が増加する。電力系統内部では、全電源平均で算出されるCO2排出量と薄皮理論(図1-7)で排出係数の微増に伴うCO2排出量に配分される。外部で電力以外の機器との排出量を比較する立場では、電力系統の内部についてはブラックボックスと見なして問題ない。

ここで新マージナル電源論をまとめると、

1)「電力を供給している発電所」と「ON/OFF時に発電量を増減する発電所」は同じではないのが電力系統の特徴である。
2)電気機器が利用している電源(発電所)にかかわらず、 ON/OFF時に発電量を増減する電源はマージナル電源に特定される。
3)電気機器(BEV)のCO2排出量は、ON/OFFに伴う排出量の増減量とするのが適切である。
4)電気機器(BEV)のCO2排出量として、全電源平均の排出係数を使う計算は以下の2点で間違っている。
 ① 単に比例配分しただけの値で、実際の排出量とは異なる。
 ② 正しい排出量が計算できたとしても、ON/OFFに伴う排出量の増減量とは異なる。
5)電力を利用する立場ではON/OFFに伴う排出量の増減量(マージナル電源の排出係数)が分かれば十分で、電力系統内部はブラックボックスと考えて良い。

また、マージナル電源の排出係数を公の場で使いにくい点については、マージナル電源論が幅広く理解されるまでは、図2-6に示すように全電源平均とマージナル電源の排出係数を使った値を両論併記することを、BEVとHEVのCO2排出量のLCA比較をする研究者・技術者に提案したい。そうすることで、現実は従来の計算値と大きく異なる可能性が高いことを示すことができる。

図2-6 BEVとHEVのCO2排出量のLCA比較(両論併記)
2030~2050年のBEVとHEVのCO2排出量のLCA評価結果を示す。将来に向けて、電源は再エネの普及に加えて、火力発電の廃止が広がることを評価に加え、ガソリンはCN燃料の混入率が高まることを評価に加えている。2030年は全電源平均とマージナル電源の計算値を併記して、従来の全電源平均の計算値が現実とは大きく異なる可能性が高いことを示している。

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Motor Fan illustrated編集部 近影

Motor Fan illustrated編集部