【2018年】
▷ 2018-① 日本のエンジン技術の危機が迫っている
▷ 2018-② もう電気自動車リーフの出番はなくなった、日産ノートe-POWER
▷ 2018-③ SKYACTIV-X(スカイアクティブX) どうしてマツダだけがHCCIを実用化できるようになったか
▷ 2018-④ 電気自動車は本当に地球にやさしいか
▷ 2018-⑤ 2050年を見据えた2030年までのパワートレーンの進むべき道
【2019年】
▷ 2019-① 「エンジンはなくならない」が「エンジンはないほうがいい」
▷ 2019-② エンジンで直接タイヤを駆動するクルマは20世紀の遺物と呼ばれる日が来るかもしれない
▷ 2019-③ 中期的にも長期的にもEVの普及がCO2削減に有効な手段であるとは限らない
▷ 2019-④ カーボンニュートラルを実現する燃料 水素とCO2から合成するe-fuelに注目!
▷ 2019-⑤ ノートe-POWER 走りと環境性能を両立するパワートレーンとは?
▷ 2019-⑥ SKYACTIV-Xか可変圧縮比か。シリーズハイブリッド専用の高効率エンジン実現に向けて
▷ 2019-⑦ 2ストローク対向ピストン・ガソリンエンジンの可能性
【2020年】
▷ 2020-① 過給リーンバーンの技術競争が始まった、マツダSKYACTIV-Xの評価は?
▷ 2020-② 魅力的な電気自動車が続々登場してきた。EVとHEVの覇権争いが始まる?
▷ 2020-③ エンジンもトランスミッションも新しい変革が始まる
【2021年】
▷ HEVのほうがEVより地球にやさしいという真実。
【2022年】
▷ 2022-① カーボンニュートラルに向けた世界(欧州)の動き
▷ 2022-② 電力使用とCO2排出量の算出法(電気の不思議)
▷ 2022-③ 自動車のカーボンニュートラル走行を実現するには
▷ 2022-④ 環境と走りを両立する理想のパワートレインの構想
【2023年】
▷ 発電に伴うCO₂排出量を算出するマージナル電源の考え方とカーボンニュートラルに向けた自動車用パワートレイン
【2024年】
▷ 2024-① 電気自動車のCO2排出量の計算は正しいか?
▷ 2024-② 再エネ発電が大量に普及した場合のCO2排出量は?
今年の年頭所感は、二部構成で以下の内容を紹介する。
■ 第1部 新マージナル電源論
2017年から様々な場面で主張してきた「BEVの従来のCO2排出量の計算は間違っている」ことを整理して、
分かり易い「新マージナル電源論」としてまとめた。
■ 第2部 将来の自動車用CN(カーボンニュートラル)パワートレイン
「新マージナル電源論」の考えをベースに、再エネが大量導入される未来に
自動車用CNパワートレインはどうあるべきかという筆者の考えを紹介する。
第1部 新マージナル電源論
マージナル電源の考え方は2000年頃に大阪ガスで生まれ、その後「GHGプロトコル」に採用されて欧米で盛んに研究されたが、2010年代後半にはなぜか論文発表が低調になり、政策への反映も日本のコジェネの効果算出に限定されている。最近は、専門外のエンジン研究者がBEVのCO2排出量の計算について「従来計算は間違っている」と問題提起している。このようなマージナル電源の考え方の歴史と、筆者が考えた「専門家でなくても主張できる分かり易い科学的な新マージナル電源論」を紹介する。
1. マージナル電源の考え方の歴史
マージナル電源の考え方は、1990年代末にガスエンジンで発電して排熱を利用してお湯を供給するコージェネレーション(コジェネ)を大阪ガスが導入しようとしたことから始まった。CO2排出量削減が主目的だったが、CO2排出量の削減量を算出するとコジェネの導入によって総CO2排出量が増加するという結果になった。CO2排出量が減少しないととても販売できないためCO2排出量の計算を確認したところ、コジェネで発電した電力で系統電力を削減しても発電所から出るCO2の減少量はガスエンジンのCO2排出量より大幅に小さい値が算出された。
そこで大阪ガスの白木一成氏(元大阪ガス、環境・エネルギー政策担当)は考えた。従来の計算では、系統電力需要が減少すると火力発電だけでなく、水力も原子力も発電量を減少するという仮定で計算している。これはおかしい。経済性原理で考えると、燃料費がほとんど掛からない水力と原子力の発電量を減少するのではなく、燃料費が高い火力の発電量を減少するはずだ。発電所の運転を調べてみると実際そうだった。需要減少に対して火力発電が発電量を減少するとしてCO2排出量を計算すべきという結論に行き着いた。
大阪ガスの提案は日本ガス協会で採用され、利害が衝突するガス業界と電力業界の大論争に発展して、最終的にコジェネの効果には火力発電のCO2排出係数を使うことが公式に認められた。また、このことを2004年に開かれたCOP10(第10回気候変動枠組条約締約国会議)に電力使用に伴うCO2排出量の評価として日本ガス協会が提案した。そこでの説明資料の一部を図1-1に示す。この考え方は、2007年に発行した国際的な温室効果ガス排出量の算定・報告の基準である「GHGプロトコル」に採用された。
GHGプロトコルがマージナル電源の考え方を採用したことから、欧米を中心にマージナル電源の研究が盛んに行われた。表1-1にその頃の文献調査結果から主要な論文を示す。ところが、なぜか論文発表が低調になり、論文の成果は政策に反映されることはなく、マージナル電源の排出係数を公式にCO2排出量の計算に使うのは日本のコジェネに限定されている。日本でも電力業界の強い反対に遭ったように、世界でも電力業界が認めようとしないのだろう。
このような状況に対して、筆者は2017年の環境工学シンポジウムでBEVのCO2排出量の計算に疑問を投げかけて、BEVのCO2排出量の定義を図1-2のように提案した。その上でBEVを普及するより、石炭火力を削減して天然ガス自動車(NGV)を普及する方が効果的に自動車のCO2排出量を削減できることを示した。
ちょうど同じ時期に、ミスターエンジンこと、マツダの人見光男氏がCOMODIA2017で類似の主張を図1-3のように紹介している。意見交換したこともないのに、BEVと石炭火力の問題を取り上げていることにビックリしたのが筆者の感想だ。
その後、真正面からこの問題を取り上げる論文は減少したが、将来のパワートレインを論じる中でエンジン研究者がこの問題を取り上げている。サンディア国立研究所(USA)のディーゼルエンジンの研究者であるDr. Paul Milesが2019年の京都P,F&L国際会議で発表した資料を図1-4に示す。2012年イギリスのシェルの論文からこの図を引用して、マージナル電源の排出係数を使うとBEVのCO2排出量が従来計算より大きく増加して、BEVとHEVのCO2排出量の比較が従来計算とは逆転することを紹介している。
2035年にはエンジン搭載車を販売できなくなるという内容の「Fit for 55」が2021年に欧州で発表されて自動車業界が大騒ぎになった頃、欧州の著明な大学教授が集まってIASTECという組織を立ち上げ「BEVのCO2排出量の従来の計算方法は間違っている」という趣旨の書簡を連名で、EU委員会とEU議会に提出した。表には出ないが、最近の欧州の政策変更を陰で支えていると筆者は思っている。
本来は電力の専門家が問題提起すべき内容であるが、エンジン研究者が発言していることに問題の根の深さが分かる。この中で、全電源平均の排出係数を使うことが間違いであることをイブと両親の学費負担を例に分り易く説明しているので図1-5に紹介する。
IASTECの中心人物であるカールスルーエ大学のThomath Koch教授が発表した論文のマージナル電源の説明を図1-6に示す。CO2排出係数のシミュレーション結果を示す図であるが、CO2排出量の算出には需要増加による全電源平均の排出係数の微小変化を考慮する必要があり、CO2排出量の増加分は全電源平均ではなくマージナル電源の排出係数を使って計算するのが正しいことを説明している。
2023年の京都のP, E&L国際会議では、エンジンの3D-CFDの研究者であるCONVERGE社のDr. Kelly SenecalがシミュレーションでBEVとHEVのCO2排出量を米国の州毎に比較している。その中でマージナル電源の排出係数について図1-7のように説明している。図1-4のPaul Milesの説明と似ているが、実測ではなくシミュレーションで計算した結果を示しているので、その意味をより理解しやすい。
全電源平均の排出係数を使う従来のBEVのCO2排出量の計算は間違っている、というマージナル電源の考え方が2010年代には電力・エネルギーの専門家からなされていたが、最近は専門外のエンジン研究者が問題提起をしている実情を紹介した。筆者もエンジン研究者であるが、2015年ころからBEVのCO2排出量の計算の問題を各種学会で紹介してきた。主要な講演会・論文発表を表1-2に取り上げた。このほかにも多数の雑誌・新聞記事・ネット記事で問題提起をしている。
この3年は赤字で示す電気学会でも論文発表して電力・エネルギーの専門家に対して問題提起をしているが、マージナル電源というのを初めて聞いたという若い研究者・技術者が多いことには驚かされた。また、マージナル電源を知っているベテランはマージナル電源の考え方を否定するか議論を避ける方がほとんどである点も不思議であった。電力・エネルギーの専門家においてマージナル電源の考え方が無視されていることの現れのように思う。マージナル電源の考え方が普及しない原因が分かったような気がした。
このような私の活動に対して、同志社大学の千田二郎教授(噴霧・燃焼工学研究室)が2024年のJSAE関西支部技術交流会で賛意を表された。その資料を図1-8に示す。千田先生は大阪ガスのコジェネ問題の頃から一貫してマージナル電源の考え方の重要性を指摘されており、最近のエンジン研究者によるマージナル電源を主張する講演が増えていることを紹介されている。
以上紹介したように、マージナル電源の考え方は2000年代に大阪ガスが提案したのに続いて世界的に研究が行われ、電力・エネルギーの専門家から多くの論文が発表がされているが、その後は論文がほとんど見られなくなった。それに代って2020年頃から、専門外のエンジン研究者からBEVのCO2排出量の計算の問題が指摘されるようになった。この考え方については世界中の電力業界が反対していることが普及の妨げになっていると推察している。 |
2. 専門家でなくても使える新マージナル電源論
マージナル電源の考え方を幅広く紹介してきたことから、その考え方を理解した技術者・研究者が増えてきた。しかし、最近増えてきたBEVのLCA評価の中で、相変わらずCO2排出量の計算に正確性に欠ける全電源平均のCO2排出係数が一般的に使われている。その一例として、スバルの中山智裕氏(車両環境開発部)が発表したLCA評価を図2-1に示す。
別の講演会でIAV(ベルリンのエンジン研究所)の副社長Mr. Mark Sensに同じような質問をしたところ、マージナル電源の排出係数を使うのが正しいと賛同した上で、このような場では使えないとの回答だった。
二つの例から、マージナル電源の考え方は説明が難しいことに加えて、電力の専門家に否定されると対応できないことが公の場で主張できない原因の一つだと思われる。そこで電力の専門家でなくても主張できるように、分り易い科学的なマージナル電源論を構築したので、その説明方法を以下に紹介する。
これまで述べたように、電力使用に伴う発電所からのCO2排出量には次の二つの計算方法がある。
A: 使用中に電力を供給している発電所がCO2を排出している。
この発電所は特定できないので、全電源が平均的に電力供給すると見なす。
⇒全電源平均の排出係数を使用する。
M: 電気機器のON/OFFによって発電量を増減する発電所がCO2を排出する。
この発電所は電力の需給調整の仕組みから特定できる。
⇒マージナル電源の排出係数を使用する。
ここで、電力系統の特徴として、「電力を供給している発電所」と「ON/OFF時に発電量を増減する発電所」は同じではない事が重要な意味を持つ。二つの発電所が同じにならない、分り易い例を図2-2に示す。
このような電力系統の不思議な減少が起こる原因を次に考える。そのために電力系統の運転制御の仕組みとして電力の需給調整とマージナル電源について図2-3に示す。
経済性原理から各電源の運転制御が実施されて図のように調整電源が決まるが、調整電源の内、電力需要の増減に応じて総発電量を増減する電源を「マージナル電源」と呼ぶ。それぞれの電源によって排出係数が大きく異なるので、マージナル電源の特定が非常に重要になる。
一方、マージナル電源の考え方に対して、次のような疑問が投げかけられる場合が多い。
① 自宅の太陽光パネルで発電しているのに、なぜ電気を使うとCO2排出量が増加するのか?
② マージナル電源の係数で排出量を計算するとCO2排出量の合計が電力系統の総排出量と一致しない。
③ 電力を使う順番で排出係数が異なるのはおかしい。
このような疑問に答えるために、電力を供給する発電所について図2-4のように考える。
図より、電気機器が利用している電源(発電所)にかかわらず、 ON/OFF時に発電量を増減する電源はマージナル電源に特定される、つまり電力を供給する発電所と発電量を増減する発電所が同じではないということだ。マージナル電源への疑問も解けたはずだ。
次に、電力系統内部の状態と利用者にとって必要なことを考える。電力を供給する発電所は、理論的には発電所・変電所の電圧と送電抵抗から特定できるが、複雑すぎてほとんど不可能なため電力系統内部では全電源を平均的に使っていると見なしている。これに大量の再ネが加わり、電力契約やクレジットで排出責任を配分している。この配分は電力の専門家にとっては非常に重要だが、電力系統の外部で他の機器(HEVほか)とCO2排出量を比較する場合は必要のない事だ。図2-5に示すように電力系統内部はブラックボックスとして、電気機器のON/OFFに伴うCO2排出量の増減量が分かれば十分である。
ここで新マージナル電源論をまとめると、
1)「電力を供給している発電所」と「ON/OFF時に発電量を増減する発電所」は同じではないのが電力系統の特徴である。 2)電気機器が利用している電源(発電所)にかかわらず、 ON/OFF時に発電量を増減する電源はマージナル電源に特定される。 3)電気機器(BEV)のCO2排出量は、ON/OFFに伴う排出量の増減量とするのが適切である。 4)電気機器(BEV)のCO2排出量として、全電源平均の排出係数を使う計算は以下の2点で間違っている。 ① 単に比例配分しただけの値で、実際の排出量とは異なる。 ② 正しい排出量が計算できたとしても、ON/OFFに伴う排出量の増減量とは異なる。 5)電力を利用する立場ではON/OFFに伴う排出量の増減量(マージナル電源の排出係数)が分かれば十分で、電力系統内部はブラックボックスと考えて良い。 |
また、マージナル電源の排出係数を公の場で使いにくい点については、マージナル電源論が幅広く理解されるまでは、図2-6に示すように全電源平均とマージナル電源の排出係数を使った値を両論併記することを、BEVとHEVのCO2排出量のLCA比較をする研究者・技術者に提案したい。そうすることで、現実は従来の計算値と大きく異なる可能性が高いことを示すことができる。