極めて政治的に進む欧州の温暖化政策

カーボンニュートラルに向けた世界(欧州)の動き[畑村耕一博士の年頭所感2022]

(PHOTO:DAIMLER)
地球温暖化の危機については、ここで述べるまでもなく、昨年10月末に英国のグラスゴーにて開催されたCOP26に先立つIPCCの第6次報告書で、人間活動の影響で地球が温暖化していることについては「疑う余地がない」と結論づけられた。それを受けたCOP26では、世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑える努力を追求するとした成果文書が採択され、この10年間での温暖化ガス排出量の減少が重要であると強調された。
TEXT:畑村耕一(Dr.HATAMURA Koichi)

1-1 「BEV+再エネ発電」一辺倒を推し進める欧州

 欧州では、COP26より先7月に欧州委員会(欧州の内閣に相当)が、2030年の温室効果ガス削減目標を1990年比で少なくとも55%削減を達成するための政策パッケージ“Fit for 55”を発表した。欧州全体でCO2排出量を55%削減する政策まとめたものだが、乗用車については新車の平均排出量を2030年に2021年(95g/km)比 55%削減(59g/kWh)、2035年に100%削減(0g/kM)を目標に設定している。以上の欧州委員会のシナリオをグラフ化したものが下図である。実質的にHEVを含むエンジン搭載車の販売禁止である。

Fit for 55のCO2排出量規制の要点(提供:株式会社フォーイン・東尚史氏)

 BEVとPHEVが充電走行する場合はCO2排出量をゼロカウントするのが欧州のやり方なので、この規制ではBEVの販売シェアが100%になると自動車(新車)のCO2排出量はゼロになるという不思議な計算に基づいている。

 ただし、国や自動車メーカーによっては反対意見も多く、これからの欧州議会(欧州の国会に相当)の審議によっては変更が加わる可能性がある。例えば欧州の自動車工業会ACEAは2021年11月に意見書を出して、”Fit for 55”の問題点を指摘している。特に、BEVの普及は始まったが、充電設備ほかのインフラ整備が大幅に遅れており、BEVの普及にインフラ整備が間に合わないという問題が強調されている。その他、e-Fuel(Renewable Fuel)の可能性にも言及している。気候変動対応を推進する英国のInfluenceMapという NPOが216の業界団体を対象に調査した結果では、2030年までにCO2排出量55%削減を支持したのは、わずか36%。ただし、電力/エネルギー部門は、厳しい気候変動対策を積極的に支援する存在へと変わったことが確認された。このような電力/エネルギー部門の対応が”Fit for 55”の特徴をよく表している。

 政治や政策の門外漢である筆者が疑問に思うのは、新車の55%を排出ガスを出さないクルマにしたとしても、残りの既存車のCO2排出量は減少しない事実である。BEVのCO2排出量をゼロカウントしたとしても、欧州委員会が出した2030年のEVの普及目標が少なくとも3000万台(普及率15%)なので、CO2削減効果は多くて15%ということになるはずだが? 全体の削減目標55%がなぜか新車の削減目標にすり替わっている。

 電力のCO2総排出量の目標は、文脈から55%減になっているものと思われるが、EUの発電のCO2排出係数は2015年には1990年比すでに36%減少しており、再エネ大量導入が見込まれる発電分野では55%減は難しい目標ではない。自動車が目標未達になる分は電力の目標を厳しくすべきだと思うが、”Fit for 55”は発電のCO2排出規制が自動車に比べて厳しくないことに加えて、電力需要が増加するので、電力業界にとっては願ってもない規制のように見える。

 欧州委員会のEV一辺倒の主張の裏付けとなっているのが国際クリーン交通委員会(ICCT)の一連の報告だ。ICCTはVWのディーゼル不正を暴いた環境シンクタンクである。欧州委員会の“FIT for 55“に合わせてICCTから「BEVは世界中どこでもHEVよりLCA評価によるCO2排出量が少ない」というBEVを賞賛する報告書Aと、「e-FuelはBEVと比べて総合効率が大きく劣るので、検討するのは時間の無駄だ」というe-Fuelを否定する報告書Bが発行されている。合わせて、「マージナル電源(第2章で詳述)」の概念を真っ向から否定するネット記事Cを英国の研究者が発表している。 報告書Aでは、EU、USA、中国、インドの電力事情に応じて、2021年と2030年に登録されるBEVのLCA評価によるCO2排出量が算出されている。バッテリーの製造に伴うCO2排出量と発電所からのCO2排出量が算出されているのは一歩前進だが、HEVを頑張っても無駄だと言わんばかりに、一般的に報告されているCO2排出量より大幅に小さな値が示されている。この理由については第2章で解説する。

ICCTが発表した世界のBEVのCO2排出量のLCA評価
(出典:ICCT “A GLOBAL COMPARISON OF THE LIFE-CYCLE GREEN HOUSE GAS EMISSIONS OF COMBUSTION”)

 一方、報告書Bでは、再エネ発電からクルマのタイヤまでのエネルギー効率を予測している。報告書Aでは、2030年までにe-Fuelは普及しないという仮定をおいているので、それを裏付ける資料という位置付けである。この考え方については、第3章で解説する。

BEVとe-Fuelの総合エネルギー効率(出典:ICCT ”e-fuels won’t save the internal combustion engine”)

 記事Cの主張は、BEVの充電走行がCO2排出量をゼロとカウントすることを正当化する説明である。EUの考え方は、発電に伴う発電所からのCO2排出量にはキャップ(上限)が決められているので、電力需要が増加しても、排出量の取引システムが働いて総CO2排出量は増加しないというものだ。また、BEVの電力需要の増加分以上に十分な量の再エネ発電が増加する計画になっているので、需要増加分は再エネでまかなえるという理屈だ。さらに、マージナル電源の考えは適用できない理由を述べている。この考え方については第2章で詳しく紹介する。

1-2 CO2排出量規制と欧州の自動車メーカーが置かれた状況

 欧州のこのような規制の動きの背景には、環境意識の高まりと緑の党ほかの環境政党の躍進があるが、自動車産業にとっては、ハイブリッド車(HEV)の技術競争で日本に敗れた欧州の自動車メーカーの救済策という側面がある。

 欧州の自動車メーカーはディーゼルエンジンの技術で優位な立場にあり、CO2排出量規制対策の主要技術として位置づけていたが、2015年のVWのディーゼルゲート事件で、クリーンディーゼルのイメージは失墜して、一時は50%を超えていたシェアも30%を切るまで減少して、厳しくなるCO2規制対応にはディーゼルエンジンだけでは適合が難しくなった。

 VWのディーゼルゲートとは別に、EM規制強化に伴うディーゼルエンジンのコスト上昇の懸念から、欧州ではPHEV(プラグインハイブリッド車)によるCO2規制対応ができるような仕組みが導入された。これは充電による走行はBEVと同様にCO2排出量をゼロカウントして、充電走行距離に応じて、次のようなCO2排出量の削減係数をハイブリッド走行燃費にかけ算して、そのクルマのCO2排出量とする計算方法だ。

 これを使うと、50km充電走行ができる電池を搭載したPHEVはCO2排出量が1/3に算出される。例えば、ハイブリッド走行燃費が22km/LのAUDI A3の燃費は67km/L(CO2排出量35g/km)という計算結果になる。BMW i3のレンジエクステンダーに至っては167km/L(13g/km)という驚くべき値になってしまう。

 2021年から始まったCO2排出量95g/kmの規制に対して、各社の最近のCO2排出量を図示すると、HEV比率が1/2を超えるトヨタ以外は、規制対応するにはBEVとPHEVに頼らざるを得ない状況であることが分かる。結果、2021年1月~3月では、トヨタ(マツダ含む)のBEVとPHEVの販売比率が3%であるのに対して、VW、BMW、メルセデスは、それぞれ13%、25%、29%となっている。特にBMWとメルセデスはPHEV比率が20%、21%と、高級車は従来エンジン車に電池とモーターを追加したPHEVで急場をしのいでいることが分かる。


欧州2021年CO2規制強化に向けた各メーカーの対応状況(提供:愛知工業大学・藤村俊夫氏)

 実際にBEVとPHEVの販売は欧州で急増している。図に示すように2020年には140万台に迫り、中でも北欧が突出しているが、独仏英でもシェアが15%を超えた。現在の販売は補助金に支えられていると言ってもいい状態なので、長い目で見ると、補助金なしで独り立ちできるようになって初めて本物である。

主要市場のBEVとPHEVの販売台数(出典:日経ビジネス、2021/7/30)

 CO2規制に適合できない場合は、1g/kmの未達で€95(約1.2万円)の罰金を支払うことになるのでVWの規模では10g/kmの未達で数千億円レベルの金額になる。VWは2020年規制にも約0.5g/kmの未達で、約190億円の罰金を支払う見通しだ(日経新聞、2021/1/21)。この罰金を避けるためにBEVとPHEVを販売するわけだから、政府の100万円前後の多額(100万円/台)前後の補助金に加えて、大幅な値引き販売をしいられている可能性がある。ただし、電池コストやモーターコストの低減も進んでおり、EVの販売がビジネスとしてどうなっているかについては、2021年の各企業の営業利益の推移を見守る必要がある。

 以上述べたように、”Fit for 55”に謳われている「BEV+再エネ」一辺倒の考えによるエンジン車販売禁止宣言は、純粋に温暖化を+1.5℃に抑えるために出てきたものではなく、自国産業保護や業界団体、環境保護団体と政治の思惑が絡んだ極めて政治的なものである。また、欧州議会が承認するまでは確定したものではない。欧州以外では、中国、米国カリフォルニア、カナダの一部で2035年からエンジン車禁止の動きがあるが、HEVについては中国では販売禁止に含まれていないほか、はっきりしない場合が多い。日本のマスコミは、”Fit for 55”が決まったもののように報道しているものが多いが、これからの欧州議会の審議に注目しておく必要がある。 そのような雰囲気の中、トヨタが2030年のBEVの販売目標をこれまでの200万台から350万台に大幅に引き上げると発表された。BEV一辺倒でなく、地域やユーザーによって様々なパワートレインを提供することがCO2排出量削減の効果的な方法として、多様なパワートレインを開発しているトヨタも、グリーンピースが発表した自動車メーカーの気候対策ランキングで最下位だったと報道されるなど、BEV一辺倒の環境保護団体の声に配慮せざるを得なくなったのだろう。BEV一辺倒で本当に効果的にCO2排出量の削減が実現できるか、理性的で偏りのない技術論議が必要だ。

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