【海外技術情報】ポルシェ:デジタルシャーシツインが予測運転機能を付与しコンポーネントのステータスを更新する

新世代のポルシェはすべて、統合されたセンサー、ネットワーク、それにデータ処理機能のパフォーマンス向上の恩恵を受けている。それによる新しい可能性が明らかになっている。その可能性の1つが『デジタルツイン』である。
TEXT:川島礼二郎(KAWASHIMA Reijiro)

『デジタルツイン』は既存オブジェクトの仮想コピーであり、実車によるテストの課題や制約なしに、データ駆動型の分析、監視、それに診断を可能にする。車両のデジタルツインが収集するデータには、運転データだけでなく、メンテナンス作業計画や、予期しない修理中に収集された情報などの関連データも含まれる。このデジタルツインの要素は、コントロールユニットのメモリとポルシェセンターで管理されているデータベースに既に存在しており、活用が始まっている。

データを一元化したインテリジェンスシステム

 デジタルツインの主な利点は、ネットワーク化でき、データを一元化したインテリジェンスシステムと組み合わせることができる、という事実である。すべての車両=すべてのドライバーに利益をもたらす結論を、関連するあらゆるデータから引き出すことができる。たとえば、アルゴリズムが特定の車両のパワートレインとシャーシから得られたセンサーデータとビッグデータとを比較して、あるドライバーの運転スタイルを特定できる。それによりアルゴリズムは、いつ車両が整備を受けるべきか、その整備作業の内容も推奨できる。ドライバーが車両をどのように運転しているかに基づいてサービス間隔をカスタマイズし、必要に応じて必要なコンポーネントのサービスを行うことができる。

 例えば、ほとんどの時間をサーキットで過ごすスポーツカーのサスペンションブッシュを、適切なタイミングで交換することができる。対照的に、主に高速道路で長距離を走行する車両にとっては、エンジンの整備が、より重要となる。もちろん、そのタイミングも逃すことはない。このアプローチのもう1つの重要なメリットは、潜在的なコンポーネントの摩耗や障害を、実際にそれが発生する前に特定できる、という事実である。これは安全性の観点(予知保全)から大きなメリットと言える。

 過去3年に渡って、ポルシェのソフトウェアスペシャリストは『シャーシツイン』として知られる、シャーシに焦点を当てたデジタルツインのコンセプトに取り組んできた。このプロジェクトは現在、ポルシェが所属しているVWグループ内の独立した自動車用ソフトウェア会社である『CARIAD』により管理されている。ポルシェの車両からのデータに加えて、このプロジェクトではVWグループのすべての車両からのデータにアクセスできるようになった。これによりデータプールが20倍に増加している。

シャーシの重要性が高いデジタルツイン

 シャーシコンポーネントに焦点を当てる理由は明らかである。ポルシェでは、特に車両がサーキットで使用される場合に、シャーシは最も高い負荷にさらされる。ポルシェでは、センサー技術とインテリジェントなニューラルアルゴリズムにより、シャーシの負荷を車両内で検出して、ドライバーに伝える。このインテリジェントなデータ活用により、ドライバーやピットが騒音や振動によりトラブルに気付く前に即座に障害を特定して、安全を確保する。

 デジタルシャーシは既に、ポルシェタイカンのエアサスペンション内コンポーネントの監視に使用されている。このプロジェクトの主な目的は、加速度に関するデータを収集することである。収集されたデータは評価され、ポルシェコネクトを介してバックエンドシステムに転送される。このシステムは、その車両のデータと一般車両のデータと継続的に比較している。アルゴリズムは、この比較に基づいて閾値を計算して、それを超えるとオンボードのポルシェコミュニケーションマネジメントシステム(PCM)を介して、シャーシを検査する必要があることをドライバーに通知する。このアプローチにより、摩耗が閾値を超えないことを保証するが、早期の修理は結果として損傷を防ぐことにも役立つ。

人工知能とデータプライバシー

 車両内および集中型インテリジェンスシステム内の人工知能は、緊急時対応の計画とアルゴリズムの精度を継続的に改善している。テスト段階中および量産開始後のデータプライバシーは最優先事項であるため、ドライバーはPCMを介して、匿名で収集されるデータに同意するよう求められる。タイカンの全ドライバーの約半数が、このパイロットプロジェクトに参加することに同意している。このアプリケーションに対して、ドライバーは非常に前向きに反応していると言える。

 デジタルツインの最初のバージョンは来年発売され、メカトロニクスコンポーネントから直接得られるセンサーデータのみが評価に用いられる。物理的なゲージを使用せずに特定のコンポーネントの摩耗を計算できる機能など、その他の機能も将来追加される予定である。たとえば、複数の車両においてホイールアライメント調整やトラックロッド交換が必要であり複数のセンサーが対応する偏差を検出した場合、この情報は1つのパターンを示している可能性がある。その後、同じデータが別の車両で識別された場合、ドライバーはポルシェセンターを訪問するように指示される。

 この早期診断により、損傷が生じる可能性を低減することができる。この例では、トラックのミスアライメントによりタイヤが摩耗している。障害の原因となる特定のコンポーネントを交換できるため、ワークショップでの障害検出プロセスは高速化される。ドライバーはワークショップでの待機時間が短縮される。

 デジタルツインは、車両の操作以外にもドライバーにメリットを提供できる。デジタル車両の記録を使用して、車両の残存価値を表示できる。そのため中古車の売買プロセスが今より公正になるだろう。また、メーカーはコンポーネントのステータスシームレスに把握できるため、保証の延長を提供できる可能性がある。さらに、中古車両として販売するための、推奨価格が記載された証明書を提供できる可能性がある。

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著者プロフィール

川島礼二郎 近影

川島礼二郎

1973年神奈川県生まれ。大学卒業後、青年海外協力隊員としてケニアに赴任。帰国後、二輪車専門誌、機械系…