まず「なぜ日本車はナット式なのか?」という点だが、これは「参考にしたクルマがそうだったから」という側面が強い。日本の自動車メーカーの多くは、乗用車生産を開始する際に、海外の自動車メーカーと技術提携しているか、そうでないメーカーも、外国車を参考にしている。その「先生」となったクルマの仕様が、軒並みナット式だったのだ。
僕が働いていた自動車メーカーもその例に漏れず、設計の参考にと古い図面を引っ張り出してくると、片隅に「ルーツ*********」(*は数字だったかローマ字だったか両方だったか覚えていない)と書かれているものがよくあった。「ルーツ」とはイギリスのルーツ社のことで、この記述の意味するところは「ルーツ社の某(なにがし)の規格に従う」ということだった。
初めてこれを見たとき、上司に「何でこうしているんですか?」と尋ねたら、上記の答えの後に「それで問題ないんだから、そのまま真似すれば良い」と言われた。理由もわからずに真似するのも気持ち悪いと思ったのだが、当時の自動車設計は、そんなものだった。
恐らくどこのメーカーも当時は似たようなもので、ホイールの締結構造も、スタッドボルト&ナット式で特に問題はなかったから、誰も変えようとしなかったのだと思う(市場で締めすぎて折れる不具合はあった)。技術的な理由としては、ホイールのセンターホールとハブを印籠合わせするより、スタッドボルト&ナット式のほうが、設計も生産も楽だったということが考えられる(特にドラムブレーキ仕様では、ボルト式だとネジ山のかかり数を確保するのが難しそうだ)。
では、ボルト式のほうが性能面で有利だとわかったのに、なぜボルト式に変更しないのかといえば、ボルトやナットは共通化ターゲットの最右翼だからだ。ボルトやナットを共通のサイズや強度にしておき、車重やエンジントルクの違いには、PCDや本数を変えて対応する。そうすれば部品のコストは下がり、締め付け工具の仕様も一種類で済む。これを1車種だけ変えようとすれば、ボルトは専用になって高くなるし、六角幅や締め付けトルクが変われば、生産設備も専用のものを揃えなければならない。ボルトの太さが変われば、ホイールの穴径も変わるため、ホイールメーカーの製造設備にも影響が出る。
たかがボルトとはいえ、このように広範囲に影響が及ぶため、1車種だけ変えるというのは、非常にハードルが高い。トヨタはレクサスISに続き、NXにもボルト式を導入しているが、経営に余裕のあるトヨタだからできた、という側面もあるのではないかと思う。
ただし、スタッドボルト&ナット式でも、日本の公道を一般ドライバーが走る範囲なら、顕著な性能差が感じられるほどではない。他社が設備投資をしてまで追随すべきかというと、それはまた別の話だ。