創業期のフォードとエンブレム誕生の背景


フォード・モーター・カンパニーは、1903年にヘンリー・フォードによって設立された。創業当初は現在のような統一されたロゴは存在しておらず、筆記体の「Ford」ロゴが生まれたのは1907年のことだ。デザインを手がけたのは、当時のフォードを支えたエンジニア兼デザイナーのチャイルド・ハロルド・ウィルズ(Childe Harold Wills)だった。
ウィルズは彼の祖父が使ったテンプレートを使用して、少年時代に学校で学んだ筆記体の書式を基に企業ロゴをデザインした。その4文字が、楕円形で囲まれたエンブレムとして車両に採用されたのは1927年のこと。同年発売の「モデルA」が「ブルーオーバル」を取り付けて世に出たのが最初である。
“Ford”の文字をデザインしたテンプレート

ウィルズがFordロゴのデザインにあたって使用したテンプレートは「ステンシル・セット」と呼ばれる。ステンシル(stencil)とは、金属やプラスチックなどの板にアルファベットや数字が切り抜かれているもの。これを紙の表面に当て、くり抜かれた部分をペンでなぞるしくみだ。文字を均一に描くためのツールで、筆記体を正確に再現するために使われていた。
20世紀初頭頃までは印刷設備が普及しておらず、書類や図面、看板、名刺などは多くが手書きだった。だが、手書き文字、特に筆記体は書き手によるバラつきが大きく読みづらい。そこで、統一されたカタチの読みやすい文字を簡単に書くためのツールとして、ステンシル・セットが普及した。
Fordの筆記体が具現するもの

ウィルズが使ったステンシル文字セットは、標準的で読みやすい筆記体を均一な形で描くために当時使われていた実用品。そこから生まれた「Ford」の筆記体ロゴは、装飾を排して読みやすい一方、人の手による署名のような印象を持つデザインが施されたことが考えられる。
こうした点について、フォード自身が詳細な説明を行っているわけではない。とはいえ、誰にも判読しやすい書体を使ったことは、大衆のための自動車メーカーを目指したフォードの姿勢と重なって見える。こうして生まれた筆記体ロゴが、やがてフォードというブランドを象徴する存在へと発展していく。
なぜ青い楕円なのか?

エンブレムが楕円形で囲まれている理由についても、公式には語られてはいない。一般的な解釈としては、安定感と親しみやすさを兼ね備えた形状が重視されたといわれる。また、楕円は横長のFordロゴを自然なバランスで収めることができるとともに、角を持たないことで威圧感を抑える効果もある。早くから海外市場を視野に入れていたフォードが、国や文化を問わず、受け入れられやすい形を選択したとも考えられる。
色についても由来に関する公式コメントは見当たらないが、デザインにおいては青が信頼性や誠実さなどを想起させる色として使用されることがある。フォードのブランドイメージと、青が想起させる安心感を結び付けて語られることが多い。白い筆記体との高いコントラストによる視認性や、車体色を選ばず調和する実用性も含め、ブルーという色はフォードの合理主義的なものづくりと相性が良かったと考えられる。
戦後から現代まで続く一貫性

第二次世界大戦後、フォードは世界各国に生産・販売拠点を持つグローバルメーカーへと成長した。こうした変化の中でも、エンブレムはブランドの継続性を示す重要な要素として基本構成を維持してきた。1970年代以降、ブルーオーバルはほぼすべてのフォード車に装着され、世界共通のブランドシンボルとして定着している。
電動化やソフトウェア主導の時代を迎えた現在でも、フォードはブルーオーバルを掲げ続ける。エンブレムを変えないことは、変化を拒む姿勢ではない。むしろ、変わり続ける時代の中で、変わらないブランドの姿勢や価値を示していると言えるだろう。
創業者ヘンリー・フォードの名を冠したエンブレムを100年以上使い続けること。それ自体が、フォードというブランドの思想と責任の表明なのだろう。

