
EMTの構想を初めて聞いたとき、私は正直に言って「なんと無謀な挑戦だ」と思った。
新しい自動車メーカーを立ち上げるだけでも難しい。まして日本市場である。トヨタやホンダ、日産、スズキ、ダイハツといった老舗メーカーが長年築いてきた信頼があり、新しいブランドが入り込む余地はほとんどないように見える。
しかもEMTは、自ら工場を持たず、日本で企画し、中国で生産するという新しいビジネスモデルを掲げていた。日本では中国製EVへの警戒感も根強い。その状況で「日本ブランド」として勝負するというのだから、挑戦のハードルは極めて高いと思った。
ところが、何暁慶CEOへのインタビューを終えた今、私の印象は少し変わった。
もちろん成功する保証などどこにもない。しかし、EMTが目指しているのは「新しい自動車メーカー」ではなく、「新しい日本ブランド」なのだということが見えてきた。そして、その思想を説明するために何CEOが何度も口にしたのが、「ユニクロ」と「iPhone」という二つのブランドだった。

発表会後の反響は「想像をはるかに超えた」
中国の自動車関連企業3社と、オートバックスセブン、アネスト岩田の計5社が出資して設立されたEMTは、日本市場に向けて新しいEVブランド「EMTA」を立ち上げる。
最初のモデルとして計画しているのは、日本独自の規格である軽自動車だ。日本で商品を企画し、中国をはじめとする海外の製造基盤を活用する。既存の自動車メーカーとは異なる成り立ちを持つことから、設立発表時には大きな関心を集めた。

発表会後の反応について、打越氏はこう振り返る。
「当日は、我々の想像をはるかに超える数の方に来ていただきました。その後の反響も非常に大きく、いまでも週に数件、インタビューの依頼をいただいています」
反響はメディアからだけではない。EMTで働きたいという人材や、販売ネットワークに加わりたいという事業者からの応募も増えた。
「発表会の後から、人材への応募や、販売店をやってみたいという声はかなり増えました。もちろん、応募が増えたからといって、採用がどんどん進むわけではありません。我々の考え方と合うかどうかを見極める必要がありますが、反響自体は非常に大きかったと思います」(打越氏)

当初は、出資企業の名前が先行し、「中国メーカーの新ブランド」「オートバックスが販売する中国車」といった受け止め方も少なくなかった。しかし、発表会以降はEMTが独立した会社であり、日本市場に向けた独自の商品とブランドをつくろうとしていることへの理解が進んできたという。
5社の株主も、発表会とその後の報道を高く評価している。一方で、EMTの事業運営に対して株主が逐一指示を出すのではなく、会社としての独立性が尊重されている。
何CEOは「株主各社からも、EMTには独立して運営してほしいと言われています。私たち自身も、独立した会社として運営していきたいと考えています」と説明する。
ゼロから日本で自動車ブランドを立ち上げる

何氏は自動車業界で40年以上の経験を持つ。中国だけでなく、欧州や米国のブランド、完成車メーカーから部品会社まで、幅広い企業で働いてきた。
しかし、新しい自動車ブランドをゼロから立ち上げるのは今回が初めてだ。それも、世界でも特に品質要求が厳しく、既存ブランドへの信頼が厚い日本市場での挑戦である。
「私はこれまで、イタリア、中国、英国、米国など、さまざまなブランドに関わってきました。しかし、ゼロから新しいブランドを立ち上げる経験はありませんでした。しかも日本市場で立ち上げる。これは非常に意味の大きな挑戦です」
自動車産業には、100年を超える歴史を持つ企業が少なくない。何氏自身も、長い歴史を持つ企業やブランドを尊敬しているという。
一方で、産業や社会の変化を生み出すのは、必ずしも歴史ある企業だけではない。
「社会の進歩は、新しい技術や新しい物事、新しいブランドによってもたらされます。EMTが消費者の体験や、自動車産業の進歩に少しでも貢献できればと思っています。私たちが変革をリードするということではありませんが、その変化に参加する一員にはなりたい」(何氏)
自動車は現在、電動化、知能化、AIの進展によって大きな転換期を迎えている。長い歴史を持つ企業は豊富な技術や販売網を持つ一方、既存の工場や設備、組織を維持しなければならない。
対してEMTには、エンジン工場も、全国に数千店規模の販売網もない。それは弱みである一方、新しい仕組みをゼロから構築できるという強みにもなる。
「既存の日本メーカーには、全国に数千の販売拠点があります。それは大きな資源ですが、同時に負担にもなり得ます。私たちは、いまはそうした資源を持っていません。しかし、何もないからこそ、新しい考え方や技術を取り入れ、新しい仕組みをつくることができます」
EMTが目指す「自動車業界のユニクロ」

インタビューで、何氏が何度も例に挙げたのがユニクロだった。
ユニクロの商品には、中国やベトナムをはじめ、さまざまな国で生産されたものがある。しかし、消費者はユニクロを中国ブランドやベトナムブランドとは考えない。日本で企画され、日本的な品質基準と商品思想によってつくられた、日本のブランドとして受け止めている。
EMTAも同じようなブランドを目指すという。
「ユニクロの商品を見ると、メイド・イン・チャイナのものも多いでしょう。しかし、日本でも中国でも、ユニクロは日本のブランドだと認識されています。なぜなら、商品の定義やデザイン、品質や素材に対する考え方を日本でつくっているからです」(何氏)
EMTAの車両も、当初は中国で生産する計画だ。ただし、何氏は生産国そのものがブランドの国籍を決めるわけではないと考える。
「私たちのクルマも同じです。中国で生産するかもしれませんし、将来は日本で生産するかもしれない。別の国でつくる可能性もあります。しかし、日本のユーザーが必要とするものを日本で考え、日本人の品質に対する理解や、細部へのこだわりを反映してつくります」
ロゴマークの開発にも中国の外部企業は参加させず、日本の専門家やクリエイターと進めた。車両についても、スイッチをひとつ増やすのか減らすのか、その高さや配置をどうするのかまで、日本の専門家を交えて検討しているという。
単に中国で開発された車両を日本へ持ち込み、仕様を少し変えて販売するのではない。日本の顧客を起点に商品を定義し、最適な場所で生産する。それがEMTの考える日本ブランドである。
打越氏は、会社名であるEMTと、顧客に提示するブランド名のEMTAとの関係も、ユニクロを例に説明する。
「お客様に覚えていただきたいのは『EMTA』というブランドです。ユニクロを利用する方が、運営会社のファーストリテイリングを常に意識しているわけではありません。それと同じで、EMTは会社名、EMTAがお客様に向けたブランドです」
競争相手は中国EVではなく、既存の軽自動車
EMTAの最初のモデルと同じ軽EVのカテゴリーには、日産サクラや三菱eKクロスEV、ホンダN-ONE e:に加え、BYDも参入する。
BYDは、7月28日に軽EVのRACCO(ラッコ)を発表した。価格設定も戦略的だ。
ただしEMTは、BYDをはじめとする中国系EVブランドだけを競争相手として見ているわけではない。
何氏は「他社の価格、性能、商品ポジションは当然分析します。しかし、特定の一車種に引っ張られて、自分たちの位置を変えてしまってはならない。必ず自分たちの商品をつくることが重要です」と話す。
打越氏も、EMTAが最も振り向かせたいのは、現在ガソリンエンジン車に乗っている多数の軽自動車ユーザーだと説明する。
「我々が考えているのは、いま国産メーカーのエンジン車に乗っている方に、電気自動車へ乗り換えていただくことです。まだ市場の大多数はそちらですから、既存の軽自動車とどう戦うかが重要です」(打越氏)
軽EVの選択肢が増えることについても、EMTは前向きに捉えている。
「軽自動車のEVは、まだ選択肢が少なく、軽自動車に乗っている方に十分認知されていません。他社が参入し、『軽自動車ならEVでも十分だ』と考える方が増えることは、我々にとってもありがたいことです。そのなかで、日本のお客様を見てつくり込んだEMTAの商品を、じわじわ理解していただきたいと思っています」(何氏)
地方の軽自動車ユーザーにどう届けるか?

軽自動車の中心市場は都市部だけではない。地方では一人一台に近いカタチで使われ、生活を支える道具になっている。
一方、新しいブランドやEVに早い段階で関心を示すのは、都市部の若い消費者が中心になりやすい。新ブランドを発信しやすい場所と、軽自動車が多く使われる場所にずれがある。
打越氏も、その問題を認識している。
「これまでの自動車メーカーは、まず東京で発表会を開き、主要なメディアやテレビ局を通じて全国へ情報を広げてきました。しかし、そのやり方だけでは、我々のような無名のブランドは、地方で本当に軽自動車を使っている方までなかなか届きません」
そのためEMTは、東京から全国へ情報を流す従来型のコミュニケーションだけでなく、地方の顧客に直接届く新しい仕組みを考えていく。
商品についても、若さや新しさだけを追求するわけではない。若い女性にも好まれるデザインや機能を備えながら、年齢の高いユーザーが求める簡潔さ、使いやすさ、安全性も両立させる考えだ。
「若い方に魅力を感じてもらえる要素を入れながら、年齢の高い方が求めるシンプルさ、利便性、安全性にも応えなければなりません。両方を念頭に置いて商品をつくっています」と何氏は言う。
iPhoneのように「工場を持たない」強さ
ユニクロと並んで登場したもうひとつの例が、AppleのiPhoneである。
AppleはiPhoneを自社工場で組み立てているわけではない。それでも、製品の性能や品質、ユーザー体験をコントロールし、世界を代表するブランドを築いた。
何氏は、自動車とスマートフォンはまったく同じではないと断ったうえで、工場を持たない事業モデルには共通する可能性があると考える。
「AppleはiPhoneの工場を持っていません。しかし、性能や品質が優れていることは誰もが知っています。自動車もまったく同じではありませんが、新しい考え方を採り入れる余地はあると思います」
販売店についても、既存の方式をそのまま踏襲するつもりはない。
打越氏は、AIやDXを最初から導入することで、販売拠点を効率的に運営できると見る。
「昔ながらの販売店のやり方を採用すれば、店長や多くの管理職を置かなければなりません。しかし、AIやDXを入れ、少人数でも効率的に店舗を運営できれば、管理コストを抑えられます。最初からつくる会社だからこそ、競争力のある価格やサービスを実現できる可能性があります」(打越氏)
既存の工場や販売網を持たないことは、EMTにとって単なるコスト削減策ではない。商品開発、生産、販売、顧客とのコミュニケーションまでを、デジタル時代に合わせて再構成するための出発点なのである。
5年後、「EVならEMTA」と思われる存在へ
EMTは5年後、10年後にどんな会社になっていたいのか。
何氏は、まず日本で販売する車両を、将来は海外へ展開したいと話す。日本の自動車ブランドは世界で高く評価されており、日本で磨いた商品やブランドにはグローバル市場でも可能性があると考えている。
その前に、日本市場で確立したい明確なポジションがある。
「5年後、日本の消費者がEVやクルマの知能化について考えたとき、EMTAも心のなかに浮かぶ選択肢のひとつになっていたいと思います」(何氏)
何氏は、トヨタやホンダをはじめとする日本メーカーへの敬意を繰り返し口にする。既存メーカーと同じものを目指すのではなく、電動化、知能化、そして日本のユーザーに合わせた細かな体験で、独自の存在感を築こうとしている。
「リーダーになりたいということではありません。ただ、EVや知能化、日本ならではの小さな使い勝手を考えたときに、EMTAのことを思い出していただけるブランドになりたい」
スーツを買うとき、必ずしもユニクロが第一の選択肢になるとは限らない。しかし、シャツやジーンズ、日常着を選ぶ場面では、多くの人が自然にユニクロを思い浮かべる(実際、この日打越さんが来ていた白いTシャツはユニクロだった)。
EMTが目指しているのも、おそらくそのようなポジションなのだろう。
どこで生産されたかだけではなく、誰のために、どのような思想で企画された商品なのかによって選ばれる。EVやスマートカーを一部の先進ユーザーのための特別な商品ではなく、多くの日本人が日常的に使う存在へ変えていく。
EMTがつくろうとしているのは、単に新しい軽EVではない。
日本の自動車産業における、ユニクロのような新しいブランドのあり方である。
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