スーパーカブ以前から“カブ”の歴史は始まっていた

スーパーカブの元祖「C100」がデビューした1958年は、高度経済成長が加速し始めたころ。まだ自動車は高嶺の花だった時代に、手頃で使い勝手のいいスーパーカブは瞬く間に広がっていった。

でも、その6年前にはすでに“カブ”の名を持つ原動機が誕生しているのをご存知だろうか。カブの始祖とも言えるモデルから見ていこう。

「すべてはここから!」1952年 カブ号F型

自転車に取り付けて使う2ストロークの補助エンジンとして誕生したのが「カブ号F型」。白くて丸い燃料タンクの形から「カブ」と命名された。まだスーパーカブの姿はどこにもないけれど、“誰もが気軽に使える移動手段”へと向かう第一歩だった。

そのころ日本では――手塚治虫の『鉄腕アトム』が1952年4月から『少年』で連載スタート。カブ号F型とアトムが同じ年に生まれたと思うと、なんだか時代が見えてくる。

自転車に装着する補助エンジン(空冷2スト)として1952年に誕生したカブ号F型。ここから“カブ”の歴史が始まった。
主要諸元:総排気量:49.9cc/エンジン形式:空冷2ストローク単気筒/最高出力:1ps/3600rpm/重量:6kg/タンク容量:2L/当時価格:2万5000円(自転車は別売)

カブ号F型の発売を盛り上げた当時の様子。自転車用補助エンジンとしてスタートした“カブ”は、ここから全国へ、そして後のスーパーカブへとつながっていく。

「不変のスタイルが誕生!」1958年 スーパーカブC100

そして1958年、カブを超えるスーパーなカブ(当時スーパーという言葉はとても新鮮な響きがあった)として、ついに初代スーパーカブC100が登場する。

乗降性を考えたアンダーボーン型フレームに横型エンジン、17インチホイール、そしてライダーの足元を覆うレッグシールド。使い勝手を考えて出来上がったこのカタチが、現在まで続くスーパーカブの基本となった。

そのころ日本では――同じ1958年、東京タワーが完成。12月23日に開業した333mの電波塔は、高度経済成長へ向かう日本を象徴する存在になっていく。スーパーカブC100も、まさにそんな時代に誕生したのだ。

1958年の初代スーパーカブC100。見慣れたカブのシルエットは、この時点ですでに出来上がっていた。

主要諸元:全長1790×全幅575×全高945mm/総排気量:49cc/最高出力:4.5ps/9500rpm/最大トルク:0.33kgm/8000rpm/当時価格:5万5000円

「15インチ小径ホイールを採用!」1962年 ポートカブC240

C100とは少し違った方向から、さらに親しみやすさを狙ったのがポートカブC240だ。

女性でも乗りやすいよう前後15インチホイールを採用。海外でも生産され、世界中の港で愛されるようにとの思いから「ポートカブ」と名付けられた。

そのころ日本では――1962年12月、首都高速道路が初めて開通。東京の道路事情も大きく変わり始めた時代だった。

前後15インチホイールを採用したポートカブC240。C100とは異なるアプローチで、乗りやすさを追求した。
主要諸元:全長1680×全幅590×全高920mm/総排気量:49cc/最高出力:2.3ps/5700rpm/最大トルク:0.33kgm/4000rpm/当時価格:4万3000円

「これが元祖ハンターカブ!」1963年 ハンターカブC105H

カブの活躍場所を舗装路の外へ広げたのが、1963年のハンターカブC105H。

C100をベースにアップマフラー、54ccエンジン、左ハンドブレーキなどを装備。全日本自動車ショーでは「ハンターカブ」として発表された。現在のCT125ハンターカブへとつながる源流である。

そのころ日本では――1963年1月1日、国産初の本格的な連続テレビアニメ『鉄腕アトム』が放送開始。1952年にマンガ連載が始まったアトムは、カブ号F型からC105Hへ進化する間にテレビの人気者になっていた。

アップマフラーなどを備えたC105H。“カブで未舗装路へ”という発想は1960年代から始まっていた。
主要諸元:全長1725×全幅575×全高945mm/総排気量:54cc/最高出力:5ps/9500rpm/最大トルク:0.38kgm/8500rpm/当時価格:275ドル

「OHVからOHCエンジンへ!」1964年 C65

C100で基本形を作ったスーパーカブは、その後も中身と使い勝手をアップデートしていく。1964年のC65では、それまでのOHVエンジンからOHCエンジンへと進化。

排気量は63cc。50ccモデルより最高出力を1ps高め、ヘッドライトも大型化されている。姿はおなじみのカブでも、その中身は着実に進化していたというわけだ。

そのころ日本では――1964年10月10日、東京オリンピック開幕。アジアで初めて開催されたオリンピックで、日本中が熱狂した年でもある。

スーパーカブで初めてOHCエンジンを搭載したC65。横型という基本構成を守りながら、中身は着実に進化していった。
主要諸元:全長1795×全幅640×全高950mm/総排気量:63cc/最高出力:5.5ps/9000rpm/最大トルク:0.46kgm/7000rpm/当時価格:6万3000円

「小さなライトが目印!」1968年 C90

カブファミリーの“力持ち”として存在感を放ったのがC90。

89.6ccエンジンを搭載し、ヘッドライト下には大型のポジションランプを備えた。カブ好きには、いわゆる“行灯”につながるディテールとしても覚えておきたい。

そのころ日本では――1968年、「少年ジャンプ」が創刊! 最初は週刊ではなく月2回刊で、翌1969年に「週刊少年ジャンプ」へと生まれ変わった。

ヘッドライト下のポジションランプも、この時代のカブを象徴するディテールだ。
主要諸元:全長1830×全幅640×全高995mm/総排気量:89.6cc/最高出力:7.5ps/9500rpm/最大トルク:0.67kgm/6000rpm/当時価格:7万6000円

「かもめハンドル&一体型フレーム!」1971年 C50デラックス

排気量や装備のバリエーションも広がり、1971年には車体構造にも変化が訪れる。この時代を締めくくるのは、、1971年のC50デラックス。

スタンダードとは異なるハンドルとポジションランプを採用し、メタリック系を含む7色のカラーバリエーションを設定。リヤブレーキスイッチも装備された。

そして大きなポイントが、燃料タンクを内部に収めた一体型フレームの採用だ。正面から見ると羽を広げたかもめのように見える独特なハンドルとともに、この時代のカブを象徴するスタイルとなった。

そのころ日本では――1971年9月18日、日清食品の「カップヌードル」が発売された。当時、袋麺が25円ほどだった時代に1食100円。それでも新しい食スタイルとして注目を集め、のちの大ヒット商品へ成長していく。

1971年のC50デラックス。いわゆる“かもめハンドル”や一体型フレームを採用し、スーパーカブのスタイルも新しい時代へ進んだ。
主要諸元:全長1805×全幅655×全高985mm/総排気量:49cc/最高出力:4.8ps/10000rpm/最大トルク:0.37kgm/8200rpm/当時価格:6万8000円

自転車に取り付けるカブ号F型から始まり、C100で現在につながる基本形が誕生。ポートカブやハンターカブへ枝を広げ、OHC化、排気量アップ、一体型フレームへと進化していった。こうしてカブの歴史と同じ年の出来事を並べてみると、東京タワーや東京オリンピック、『鉄腕アトム』と同じ時代を走っていたことが分かって、登場年の数字だけを見るよりずっと実感が湧いてくる。

そして次にやってくるのが1980年代。オイルショックを経て“省エネ”が大きなテーマとなり、スーパーカブも驚異の燃費競争へ突入していくのである。

※この記事は月刊モトチャンプ2025年8月号を基に加筆修正を行っています

【モトチャンプ編集部】