新型車開発期間を従来から半分の24ヶ月にする?

新型車の開発期間の長短は、ユーザーにはあまり関係のない話だ。ユーザーにとっては欲しいクルマがタイムリーに発売されてくれればよいわけで、その開発がいつ始まり、何ヶ月かかったかは商品魅力とは別の話だ
しかし自動車メーカーにとっては、これが大事。原材料やエネルギーのコスト、環境や安全に関わる規制、地政学リスク、そして関税など、クルマをめぐる環境は激しく変化している。変化に対応するためには、発売日から逆算して、できるだけ遅く開発をスタートしたい。つまり開発期間を短くしたい。
そこでスズキの鈴木俊宏社長は今回の「技術戦略説明会」で、”変化のスピードに負けない会社”になるための挑戦として、「新型車開発期間を半分にしながら、開発効率を30%向上、生産効率を50%向上させる」と宣言。そしてこう続けた。
「これはたんなる効率改善やコスト削減の話でありません。私たちが変えるのは開発の進め方そのものです。前の工程が終わってから次の工程へ進むのでなく、企画、設計、生産、品質、調達が最初から同じ目標を見ながら動き出す、同時進行・並行開発へ進化させます」
トヨタでも難しかったサイマル開発のハードルとは?

同時進行・並行開発と聞いて思い出すのは、昔懐かしい「サイマルテニアス・エンジニアリング」という言葉だ。Simultaneousは「同時の」。部門の壁を超えて同時進行で開発を進める大事さは、自動車業界では「サイマル開発」の名で20年以上前から常識になっていた。
例えばデザイン段階で、「このラインはプレスが難しそうだ」となれば、車体設計や生産技術のエンジニアが検討し、デザイナーと調整する。ここで大事なのは、デザインが固まる前にエンジニアが動き出し、互いに併走することだ。
しかし、このサイマル開発が巧く機能していない現実が先日、テレビで放送された。7月19日のNHKスペシャル、『インサイド・トヨタ』のなかで、生産技術のエンジニアが設計図面の受け取りを拒否したシーンだ。
フロントサイドメンバーの図面がまだ完成していない状態での会議。衝突性能の要となるこの部材がもし設計変更となれば、他の骨格部材にも変更が波及するのは容易に想像できる。だから生産技術側の「(図面は)耳を揃えて出してくれ」との言い分もわかるが、設計が図面を書き上げる前に情報を先取りして一緒に走ろうというサイマル開発の姿勢はそこにはない。
サイマル開発でも日本をリードするのがトヨタだと筆者は信じていたから、『インサイド・トヨタ』のこのシーンはショックだった。そんな、トヨタでも充分には出来ていないサイマル開発を、スズキはなぜ実行可能と判断できたのだろう? 「開発期間を半分に」という計画の責任者である角野卓(すみの たく)常務役員・技術戦略本部長を直撃した。

70点の情報でも・・『もし変更になったらごめんねで行こう』でいいじゃないか!

「実はこれまでも一部では並行開発をやっていた。そこで今回、すべてのプロセスにおいてこの考え方でやったらどうか。社内公募したら、わんさかアイデアが出てきた」と角野さん。「(前工程に)早く情報が出してくれというのは遠慮していたとか、前工程は前工程で、先に欲しいって言ってくれたら出せるよ、そのかわり70点の情報で勘弁して・・とかね」
図面を社内関係部署もしくはサプライヤーに向けて発行することを「出図」と呼ぶ。デザインは立体形状データを出図し、設計は機能・性能を担保しながら全体形状を部品にバラして部品図面を出図し、それを基に生産技術は必要な金型や治工具を用意する。こうして情報を図面に載せて次工程に渡して行くのがクルマ作りの基本だが、出図するからには責任が伴う。出図後に自分たちの都合だけで変更するのは原則NGというのが、伝統的な考え方だ。
逆に言うと、出図前の検討段階で次工程に情報を出してサイマル開発を行うとき、それはもちろん完璧は情報ではない。では、「70点の情報でも欲しい」と言うのか、『インサイド・トヨタ』の例のように中途半端な情報は要らないと突っぱねるのか。角野さんは次のように語る。
「当社の良いところは部門間の壁があまりない。『責任持って情報を出してくれ』みたいなところを率直に話し合って、みんなが『これならいいよね』と思えるアイデアを取りまとめた。それを総合して開発期間を試算してみたら、半分にできそうだ、と」
そのなかでいちばん難しかったのは、「デザインと設計の間のマインドセットだった」という。後で変更することになったら申し訳ないと思うのはデザイン部門も同じで、だから、ここはもう変更しないと腹を括った部分から段階的に情報を出すのが普通だ。しかしそれではサイマル開発が進展しない。
「そこでデザインと設計で、『もし変更になったらごめんねで行こう』で割り切る。これが最大のブレークスルーになった。まだ難しくて広く浸透しているとは言えないけれど、変更があっても喧嘩にはなっておらず、少しずつアレルギーが取れてきている」
大事な「乗り味」を犠牲にしない、シミュレーションと責任の持ち方

従来は48ヶ月かかっていた開発期間を24ヶ月に半減する計画。しかしユーザーにとって最も大事な「乗り味」を犠牲にするわけにはいかない。「実は試作車で走り込む時間は削っていない」と角野さんは告げる。
とはいえ、今や自動車業界はMBD=モデルベース開発の時代だ。新型車が目指す仕様をコンピューター上に数式などでモデル化し、そのモデルでシミュレーションを行なうことで、設計と検証を同時並行で進めるのがモデルベース開発。これを駆使すれば、試作車での実験は自ずと減りそうだが・・。
「減ってきてはいますが、CAE(Computer Aided Engineering)の担当者が責任を負うことになるから、なかなか減らせない」と角野さん。シミュレーションを行なうのがCAEだ。ある評価項目について試作品/試作車で実験しないとしたら、CAEで検証を確定させなくてはいけない。しかしそれは怖くて躊躇してしまうのが従来の実情だったという。
「でも、そこを説得して、責任を持ってみよう、と。今の設計レベルなら実験して不合格になるはずない、という項目が実はたくさんある。まずはそこをデジタルに置き換えていく。これで開発効率を30%上げます」
サイマル開発もモデルベース開発も、社内に広めるためのキーワードはどうやら「責任」のようだ。責任をどう分かち合うのか? 角野さんのおっしゃる「部門間の壁があまりない」というスズキの特色が、開発効率の向上や開発期間の短縮を実現させていく原動力なのかもしれない。
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