グッバイ、ヒーロー……。教科書とは無縁の、その名を僕らは忘れない。

北野晶夫。最近の若い人はこの名前を知らないだろう。大藪春彦が描いた、スピードに魅せられた男。その魂のハードボイルド小説作品『汚れた英雄』である。

1982年12月18日、草刈正雄主演、角川春樹監督 第1作品として映画が公開された。とにかくカッコよかった。北野晶夫=草刈正雄=平忠彦。北野晶夫のレーススタントを務めた平さんは当時、国際A級にステップアップしたての若手ライダー。その脚の長いライディングに惚れ惚れした。

ヤマハが全面協力し、スポーツランドSUGOでTZ500やTZR500の本物を使い、レースシーンは撮られたのである。

その美貌と肉体で富裕層の女性をパトロンにし、資金を調達。そして、ワークスと戦っていく晶夫。全日本ロードレースを制覇。そして、世界へと……。頂点へと昇り詰める直前。

7月2日 午後3時11分 スパ・フランコルシャンサーキットで、北野晶夫 死亡。ローズマリー・バトラーの『The Last HERO』流れるエンディング。

やはり、若くして死んでいくヒーローはカッコいいのか?……。いや、決して死んではいけない。若者の死を決して神格化してはいけないのだ。

1955年9月30日 ポルシェ550スパイダーのステアリングを握り、カルフォルニアのサリナスで開催されるレースへと向かう途中に他車に衝突して死亡。『ジェームス・ディーン』である。『エデンの東』『理由なき反抗』『ジャイアンツ』たった3本の映画作品を残して24歳の若さでこの世を去った。

2013年11月30日 レーシングドライバーのロジャー・ロダスがステアリングを握るポルシェカレラGT。カルフォルニアのサンタクラリアの路上。130~150km/hでコントロールを失い、街灯や木に激突。そして、炎上。その助手席に座っていたのが『ポール・ウォーカー』だった。

享年40歳。クルマ好きなら誰もが知る映画『ワイルド・スピード』の主役。ウォーカー自身も本物のマニアで、スープラやGT-Rを実生活でも所有していた。

1992年4月25日 早朝 足立区の民家の軒先で、全裸の傷だらけの男が発見された。『尾崎豊』享年26歳。もはや説明は不要であろう。若い死ほど神格化されるのだ。

日本のレース界における若い死はこちら。1969年2月12日 ヤマハ袋井テストコースで福澤幸雄 死亡。25歳。1983年10月23日 富士スピードウェイで高橋 徹 死亡。23歳。1990年3月23日 富士スピードウェイで村松栄紀 死亡。24歳。

栄紀の死は堪えた。富士フレッシュマンレースでのデビューもほぼ同じ。歳はひとつ下のライバル。最も身近に、そして、リアルにモータースポーツの『死』に直面した瞬間だった。

若かったオレには簡単に受け入れられるモノでなかった。若い死はダメ。本当にダメ。なんでかって? そりゃ、家族、恋人、友人……悲しむ人が多過ぎる。自身だけの命ではない。

プロのレーサーの家族はどこかに、そして、いつも心の片隅に準備をしているはず。その『万が一』を。

でもね、アマチュアの人は絶対にダメ。朝、ゴルフに出掛けたお父さんが帰ってこない……。そんなわけがない。朝、サーキットに出掛けたお父さんが……。そう、絶対ダメ。趣味で死ぬなんて。プロならいいって話じゃないけど……。

度々、そんなあってはならない事態が起きているのも事実。サーキットを走るときにふと考えてほしい。今夜の家族団らんの夕飯を。帰ってからのワンコとの心安らぐお散歩を。必ず無事に帰るんだという気持ちを持って走行に臨む。

コンマ1秒を争っていないスポーツ走行や草レース。いつもいう『危険感受性』を持っておきたい。

富士のストレート後半、ピットロードを出てくるクルマが……。冬だとタイヤは冷えている。そのクルマは400psもあれば、アクセルONでオーバーステアもあり得る……。目の前に飛び出す可能性もある。

100Rをインから追い越してくるクルマ。しっかりサイドミラーで捉えよう。そのクルマがアンダーステアで寄ってくるかもしれない。

そして、クルマはしっかりメンテナンスを施したい。ブレーキパッドの残量を確認せずにコースインなんてあり得ない。

汚れた英雄のオープニングはこちら。

『マシンを愛し

ロードレースを愛し

サーキットに散った戦士たちよ

いま 鎮魂の譜(うた)を捧げます』

死は決してカッコいいものではない。親にもらった大事な体。人生を長く楽しくまっとうしていこう。


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