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今日は何の日?■サニーのラストモデルとなった9代目登場

1998年(平成10)年10月20日、日産自動車は9代目となる「サニー」をデビューさせた。サニーは、1966年4月に誕生し、同年11月に誕生したトヨタ「カローラ」とともに小型大衆車市場をけん引したが、1990年以降市場のセダン離れに対応できずに9代目がラストモデルとなり、サニー38年に渡る歴史に幕を下ろした。
軽量ボディの軽快な走りで人気を呼んだ初代サニー

1966年4月に日産が満を持して小型大衆車市場に投入したのが、初代「ダットサン・サニー」である。最大の特徴は、新開発の一体成型システムで剛性を確保しながら、外板の薄肉化によって達成した車両重量625kgの軽量化であり、それを生かした優れた動力性能だった。

長いノーズに傾斜したリアウインドウで構成されるファストバック風の、当時としては斬新なスタイリングを採用。パワートレーンは、最高出力56ps/最大トルク7.7kgmを発揮する1.0L 直4 OHVと3速MTの組み合わせ。駆動方式はFRで、最高速は135km/hを超えて1.5Lクラスの軽快な走りが自慢だった。
車両価格は41万円(スタンダード)/46万円(デラックス)と軽自動車のハイグレード並みだった。当時の大卒初任給は2.6万円(現在は約23万円)程度だったので、単純計算では現在の価値で約363万円/407万円に相当する。

発売後、サニーは5ヶ月で3万台を超える大ヒットを記録し、その年の12月には月販台数が1万台の大台を突破した。一方、同年11月にはトヨタからサニーより排気量を100cc大きくした「カローラ」がデビュー。総合的に優れたカローラがサニーを上回る人気を獲得した。

これを機に、サニーとカローラの“CS戦争”と呼ばれる熾烈な販売競争が続き、両モデルが小型大衆車市場をけん引することになった。
その後の2代目~8代目までの歴代サニーの履歴
サニーは、カローラとともに市場を2分する人気を獲得したが、販売台数でカローラを上回ることはできなかった。

・2代目(1970年~)
パワーアップしてより実用性を高め、さらに低価格をアピールしてカローラとともにマイカーブームをけん引して販売は好調に推移した。


・3代目(1973年~)&4代目(1977年~)
オイルショックや排ガス規制強化でやや停滞したが、北米では人気モデルとなった。



・5代目(1981年~)&6代目(1985年~)&7代目(1990年~)
5代目からFFレイアウトに変更。直線基調のスタイリングが評価され、国内販売は堅調に推移し、北米では好調な販売をキープした。

・8代目(1994年~)
丸みを帯びたスタイリングとなったが、日産自体の経営不振と国内セダン市場の縮小によって、かつてのサニーの輝きは失せて販売も低迷した。

環境対応に積極的に取り組んだラストモデル9代目サニー

「サニー」は、1998年10月のこの日に8度目のモデルチェンジで9代目となった。“新・世界基準セダン・サニー”をコンセプトに、シャシー、プラットフォームなどすべてを刷新して、操縦安定性と乗り心地の改善、エンジン変更による走りと燃費の両立が図られた。

ボディは、先代同様4ドアセダンのみだが、ボディサイズは若干拡大。スタイリングは奇をてらわず直線的でオーソドックスなデザインが採用され、インテリも同様に落ち着いた雰囲気で機能的に仕上げられた。


エンジンは一新され、最高出力87ps/最大トルク11.5kgmを発揮する1.3L、105ps/13.8kgmの1.5L、同リーンバーン仕様、175ps/16.5kgmの1.6L、130ps/17.7kgmの1.8L 直4 DOHCの5種エンジンを用意。トラスミッションは5速MTおよび4速AT、1.8LはCVTが選べた。
9代目サニーの特徴のひとつとして、地球環境を考えた取り組みに積極的だったことが上げられる。オゾン層保護のためにエアコンに新冷媒を採用するとともに、リサイクル率を90%まで高め、また燃料タンクは鉛メッキを止めて樹脂製に交換された。さらに、LEV(低排ガス車)仕様やリーンバーン仕様も設定された。
車両価格は107.6万~212.2万円(FF)/132.8万~178.8万円(4WD)。当時の大卒初任給は19.6万程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約126万~247万円/156万~212万円に相当する。

カローラと熾烈な販売競争をして、小型大衆車の代名詞的な存在だったサニーだが、この9代目をもってその役目を終え、2004年10月に国内向け生産と販売を終了した。
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「カローラ」が、市場の変化に対応して多くの派生車(フィールダー、アクシオ、スポーツ、クロス)で対応して守備範囲を広げたのに対し、サニーは上手く市場変化に対応したモデルが提供できなかった。また1990年代以降、日産は経営悪化に陥り、サニーの開発・販売体制が十分でなかったことも、サニーにとっては大きな痛手だった。
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