連載

自動車鳥瞰図 by 牧野茂雄

40年前、フォークランド紛争で敢行された超長距離爆撃作戦

Victor: ハンドリーページ・ヴィクターもソ連およびワルシャワ条約機構軍との核戦争を想定した爆撃機であり、ヴァルカンと同じ1952年に初飛行した。のちに空中給油機に改造され、その姿でフォークランド戦争に投入された。イギリスはその後、ヴィッカースV10やロッキード・トライスターなど旅客機改造の空中給油機保有に切り替えた。オペレーション・ブラックバックの本当の意味での主役は、このヴィクターだった。(写真はRoyal Airforce)

1982年当時、イギリス空軍にあった大型爆撃機は引退間近のアヴロ・ヴァルカンだけだった。航続距離は最大5550km。爆弾満載では2800km。ロンドンからフィークランド諸島までは直線距離で約1万3000km。大西洋のまんなかに浮かぶアセンション島まで前進したとしても、残り6300km。とてもヴァルカンが爆装状態でたどりつける距離ではない。空中給油すれば何万kmでも飛べるが、空中給油機にも航続距離の限界がある。

そこで、空中給油機を使って爆撃機に給油しながら、同時に空中給油機もほかの空中給油機から空中給油を受けるという作戦が立てられた。その模様が【図1】だ。アセンション島をヴァルカン2機が離陸。1機は予備機だ。給油機ヴィクターは11機が離陸。こちらも1機は予備機。爆撃目標はアルゼンチン軍が占領した東フォークランド島の東端にあるスタンリー飛行場。ここの滑走路に爆弾を落とし飛行場を軍事作戦不能にすることが狙いだった。

アルゼンチン空軍には、フランスから購入した攻撃機シュペールエタンダール5機、アメリカから購入したスカイホーク攻撃機6機とエグゾセ空対艦ミサイル十数発を積んだ空母、ベインティシンコ・デ・マヨ(5月5日革命という意味)があった。実際、オペレーション・ブラックバックの最中に、このセットによるアルゼンチン軍の航空攻撃でイギリス海軍の駆逐艦シェフィールドと大型輸送船が沈められた。アルゼンチン海軍の空母を沈める役割はイギリス海軍に任されたが、航空基地を使用不能にする任務は長距離爆撃隊の任務になった。

第1回目のオペレーション・ブラックバックでは、たった1機のヴァルカンに積んだ21発の1000ポンド(454kg)爆弾のうち最低1発を滑走路のど真ん中に落とすことが作戦のすべてだった。滑走路を使用不能にするには1発でいい。ヴァルカンは爆弾投下後にアセンション島まで戻るが、これを支援するためにヴィクター2機が飛び立つ。合計13機の空中給油機が1回の作戦に使われ、1機の爆撃機の航続距離を往復1万3000kmまで延伸するのだ。

ハンドリーペイジ・ヴィクター給油機は、もともとは爆撃機だった。爆弾倉と主翼に巨大な燃料タンクを備え、左右主翼から空中給油用のホースを繰り出して給油を受ける航空機に燃料を送る。ただし、この作業には高度な操縦技術が必要である。ヴィクターは積めるだけの燃料を積み、ヴァルカンには往路で合計5回、ヴィクター同士は合計9回の空中給油を行なう。そしてヴァルカンは帰路に1回の空中給油を受けるため、ヴィクター給油機同士も1回の空中給油を行う。

最初の作戦は4月30日に決行された。極秘作戦のため、通信傍受されてもいいように準備段階では輸送機の通信コードを使い、作戦中は無線封鎖が行なわれた。アセンション島の離陸は午後10時50分。そして5月1日早朝、アルゼンチンのレーダー網に探知されないよう高度90mの超低空でフォークランド島まで100kmの距離に到達した。

そこから16kmを飛行する間にヴァルカンは爆撃用の地形追従レーダーを起動し、目標を確認したうえで爆撃高度である3000mまで上昇した。その数秒後、アルゼンチン軍が飛行場防衛のために設置していたスイス・エリコン社製対空機関砲の射撃管制レーダーがヴァルカンをロックオンしたが、ヴァルカンのレーダー妨害装置がロックオン解除に成功した。ヴァルカンは高度3000mを維持したままスタンリー飛行場上空に進入し、21発の爆弾を投下した。

5秒間で21発の爆弾をリリースすると、高度3000mからの自由落下では着弾まで約20秒だ。着弾間隔は数十メートル。21発のうちの1発が滑走路の真ん中に命中し、大穴を開けた。

この作戦がブラックバック1。6月12日までの約6週間にブラックバック作戦は7回計画され、うち1回は悪天候のため出撃前に中止(ブラックバック3)され、さらに1回はヴィクターの機体故障によって離陸5時間後に中止になった(ブラックバック4)。しかし、合計5回の作戦が敢行され、対レーダーミサイル「シュライク」と1000ポンド通常爆弾による長距離爆撃はアルゼンチン軍に大きな心理的ダメージを与えた。

ブラックバック1の翌日、イギリス海軍の原子力潜水艦はアルゼンチン海軍の巡洋艦、ヘネラル・ベルグラーノを沈めた。同艦は第2次大戦時にアメリカが建造した1938年生まれの旧式艦だったが、昔の軍艦は「打たれ強く」設計されていた。対艦ミサイルでは沈められないだけの装甲を持っていたため、潜水艦が追尾し魚雷で沈めた。

その2日後、5月4日にはアルゼンチン軍のシュペールエタンダールがエグゾセ対艦ミサイルを抱いて出撃し、でイギリス海軍の対空ミサイル装備駆逐艦シェフィールドを撃沈した。ミサイルの直撃により、運悪く消火ポンプが作動せず、しかも近代の軍艦らしく薄い鉄板と薄いアルミ合金の構造物と隔壁だったため、火災の熱でアルミが溶けてしまったのだ。

このフォークランド海戦の教訓を受け、その後の世界各国の軍艦はアルミ合金の使用をやめた。日本の海上自衛隊も急遽、アルミから鋼への設計変更を行なった。同時に、エグゾセミサイルは飛ぶように売れた。

KC-135タンカー: アメリカはボーイング717派生の空中給油機KC-135(写真)、ターボプロップ式のKC-130、小型のS-3など、目的に応じてさまざまな空中タンカーを持つ。日本の航空自衛隊は、ボーイング767派生のKC-767/KC-46AとKC-130を保有する。(写真はU.S. Airforce)

正規軍同士の戦い、鉄の女の決断力

以上の記述は、筆者の大学卒業論文担当教授だった香原勝文先生がイギリス大使館経由で正式に入手してくださった記録の和訳である。香原教授はベトナム戦争従軍記者であり、米英軍では将官待遇だった方だ。こうした大げさなコネクションを使わなくても、その後1989年には週刊エアクラフト(同朋出版社)第48号がブラックバック作戦を詳細に報じた。そして、いまではインターネット検索でこの程度の概要は簡単に入手できる。

オペレーション・ブラックバック: この図は1989年9月12日発行の「週間エアクラフト」第48号(同朋舎出版)からの抜粋。フォークランド戦争終結後に筆者は、この作戦の情報提供を英国大使館経由で求めたが、特別なコネクションが必要だった。ほぼ同じ図版を英国防省から入手したものの、コピーを重ねて画質が劣化したA4書類だった。

ブラックバック作戦により、アルゼンチン海軍は外洋に出ることをためらった。1隻しかない虎の子の空母とその護衛艦を危険に晒したくないためだ。いっぽうイギリス海軍は軽空母ハーミーズとインヴィンシブルに垂直離着陸戦闘機ハリアーを積んで現地に派遣していた。ハリアーは戦闘機としては鈍足だったが、飛行中にジエンジン噴射口の向きを変えることができるロールスロイスの傑作、ペガサスエンジンを搭載し、自由自在の空中運動を行えることが特徴だった。空中戦でアルゼンチン軍のミラージュIIIとシュペールエタンダールを何機も撃墜した。

まさかここまで爆撃機は来ないだろう。アルゼンチン軍はそう思っていたようだ。しかし鉄の女と呼ばれたサッチャー首相は、オペレーション・ブラックバックをはじめ、あらゆる軍事作戦プランを即答で許可したという。

「Do it.(おやりなさい)」

オペレーション・ブラックバックは老兵ヴァルカンの寿命を縮めた。爆装での長距離飛行と最終突入段階での超低空飛行は機体へのストレスが計算値以上に大きかったのだ。同様に、空中給油機ヴィクターの寿命も縮めた。いっぽう、イギリス海軍と空軍はフランス製のミラージュ戦闘機とシュペールエタンダール攻撃機、それとエグゾセ対艦ミサイルと戦わざるを得なかった。アルゼンチン軍の装備はフランス、ドイツ、アメリカ、スイスなどからの輸入品だった。これは大いなる皮肉である。

ちょうど40年前、南アメリカ大陸南端に近い島を舞台に、約3か月半にわたる正規軍同士の戦いが繰り広げられた。ことしの4月2日、アルゼンチンのフェルナンデス大統領は、フォークランド戦争から40年を迎えたことを受け、同時にロシアによるウクライナ侵攻を念頭に、「対話を通じてマルビナス諸島(アルゼンチンはフォークランド諸島をこう呼ぶ)の返還をイギリスに求める」姿勢を示した。

いつになっても、武力衝突はなくならない。新しい衝突が起これば、昔のことは忘れられてしまう。40年前、全行程1万3000kmを飛んだ爆撃機があった。現在では、ボーイング787が乗客満載で1万5700kmを飛ぶ。CFRP(炭素繊維強化樹脂)と軽量アルミ合金で作った機体に燃費のいいターボファンエジンを搭載した機体だ。この進歩も相当なものである。

Motor Fan illustrated Vol.187「航続距離」

2022年4月15日発売のMotor Fan illustrated Vol.187の特集は「航続距離」。電費改善に向けた飽くなき開発について掘り下げます。

戦車の燃費が平地一定速で330m/ℓだとしたら 機甲師団を行程1000kmで展開すると…

燃費規制の例外は世界各国で共通している。軍用戦闘車両だ。厳しいCO₂ (二酸化炭素)排出規制を敷き、BEV(バッテリー電気自動車)だけを例外的に「CO₂ゼロ」と定めているEU(欧州連合)でも、戦車や自走砲、対空ミサイル発射機の牽引車などは完全に規制とは無関係だ。たとえば戦車100輌、装甲兵員輸送車100輌(歩兵700〜800人)、対空火器車両10輌、自走砲50輌という内容の機甲師団を食料・飲料水および弾薬とともに往復1000kmで運用するとしたら……ざっと計算しても軽油75万リットルが必要になる。 TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

https://motor-fan.jp/mf/article/49224/

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