連載

あのコンセプトカー、どうなった?

2012年のトヨタが描いた超高効率コンパクトカー

トヨタFT-Bh 2012年の作品である。

FT-Bhは「Future Toyota B-segment hybrid」の略称である。

発表された2012年当時、トヨタはハイブリッド車の普及を急速に進めていた。2009年に3代目プリウス、2011年にはアクアを発売。ハイブリッドを特別な先進技術から大衆車へ広げる段階に入っていた時代だ。

そんななかで登場したFT-Bhは、プリウスの後継車でも未来のフラッグシップでもなかった。トヨタが想定したのは欧州市場の主力であるBセグメント車だった。

FT-Bh 全長×全幅×全高:3985mm×1695mm×1400mm ホイールベース:2570mm

全長×全幅×全高:3985mm×1695mm×1400mm ホイールベース:2570mm。サイズ的には現在のヤリスとほぼ同等である。しかし、その目標値は尋常ではなかった。

車重786kg。

比較対象とされた当時の欧州仕様1.0Lヤリスは約1030kgだったから、約25%もの軽量化を目指していたことになる。

さらにCO₂排出量は49g/km。当時の1.0Lヤリスが約110g/km、同時期に登場したヤリスハイブリッドでも79g/kmだったことを考えると、トヨタはヤリスハイブリッドより約4割低い排出量を目指していたことになる。

デザインしたのは空気だった

FT-Bh リヤにエクストラウインドウがある
4代目プリウスのPHV。こちらもエクストラウインドウがある。似ているとは言い難いが。

FT-Bhが発表された2012年は、福市得雄氏が率いるトヨタデザインが「Keen Look(キーンルック)」や「Under Priority(アンダープライオリティ)」という新しいデザイン言語を展開していた時代だった。しかしFT-Bhは、同時代のスポーツカーコンセプトやショーモデルとは性格が異なる。

トヨタはこのクルマのデザインテーマを「Ecomotion」と説明している。その造形は、空気の自然な流れから着想を得たものだった。

FT-Bh
特徴的なFT-Bhのホイール。空力を意識しているのがよくわかる。幅が狭く大径の145/55R18低転がり抵抗タイヤを装着しており、グリップ力やトラクションを損なうことなく、FT-Bhのロードロードと走行抵抗の低減に大きく寄与している。
FT-Bh

実際、フロントからリヤへ向かって絞り込まれるボディ、リヤホイールを覆うスパッツ、細いピラー、極端にテーパーしたキャビンなど、その多くは空力性能を追求した結果として生まれている。

さらにトヨタは、ルーフやボディサイドの造形について「固定点の間に張られた布」をイメージしたと説明している。デザインが性能から導き出される。FT-Bhはそんな機能美を体現したコンセプトカーだった。

その結果として実現した空気抵抗係数はCd値0.235。当時のBセグメント車としては驚異的な数値だった。

軽量化こそ最大の技術だった

FT-Bhのインテリア

FT-Bhの真価はデザインよりも、その設計思想にある。トヨタはプレスリリースのなかで、「高価な素材や特殊な製造方法は使わない」と繰り返し説明している。

目指したのは量産可能な範囲での究極の効率化だった。

開発の柱は、

  • 軽量化
  • 空力性能向上
  • パワートレーン効率向上
  • 熱エネルギー管理
  • 電力消費削減

の5つ。興味深いのは、軽量化を単なる重量削減として考えていないことだ。

車重が軽くなれば、サスペンションを小型化できる。
ブレーキも小型化できる。
エンジンも小さくできる。
燃料タンクも小さくできる。
その結果、さらに軽くなる。

いわば「軽量化の連鎖反応」である。

車両総重量をこれほど大幅に削減することによるさらなる利点としては、重心がわずか541mmまで低くなることで、よりレスポンスに優れ、機敏なハンドリングと強力な制動性能が得られるほか、生産コストの削減により、より幅広い顧客層が購入しやすくなる点が挙げられると当時トヨタは主張していた。

この考え方は、後にトヨタがTNGAで繰り返し語る「クルマ全体の最適化」に驚くほど近い。

FT-Bhと現行ヤリスを並べてみる

ここで現行ヤリスと比較してみたい。

上がFT-Bh、下が現行ヤリス(ヤリスの画像は左右反転しています) 

FT-Bh
全長×全幅×全高:3985mm×1695mm×1400mm ホイールベース:2570mm
車重786kg

現行ヤリス ハイブリッド
全長×全幅×全高:3940mm×1695mm×1500mm ホイールベース:2550mm
車重約1100kg

数字だけを見ると驚くほど近い。全長差はわずか45mm、ホイールベース差は20mmしかない。
しかし写真を並べると印象はまったく異なる。

上がFT-Bh、下が4代目プリウスPHV 全長×全幅×全高:4540mm×1760mm×1470mm ホイールベース:2700mm 車重1310kg(プリウスPHVの画像は左右反転しています)
FT-Bh
現行ヤリス
4代目プリウス

FT-Bhは極端に低く、リヤエンドを絞り込んだ空力優先のフォルムを持つ。一方のヤリスは、視界や居住性、使い勝手を重視した現実的なパッケージだ。

読者の多くは「全然似ていない」と感じるだろう。実際、その通りである。

受け継がれたのはデザインではなく思想

FT-Bhのフルハイブリッド駆動システムは、パワートレーンの小型化における傑作である。プリウスのHSDシステムよりも約90kg軽量であり、ドライブトレインのあらゆる構成部品において大幅な軽量化が図られている。

FT-Bhは量産化されなかった。そのままの姿で市販車になったモデルも存在しない。
しかし、このクルマが消えたわけではない。
FT-Bhが追求したのは、
軽量化
低重心化
高効率化
熱マネジメント
システム全体の最適化
だった。そして、それは後のTNGA時代のトヨタ車が追求したテーマと重なる。

FT-Bhが発表されたのは2012年。TNGA第1号となる4代目プリウスが登場する3年前のことだ。言い換えればFT-Bhは、「TNGA以前のTNGA」とも呼べる存在だったのである。

ヤリスやプリウスをはじめとする現在のトヨタ車を見ると、その思想は確実に受け継がれている。

実現した未来、実現しなかった未来

極端に短いフロントフード下に搭載されたのは、1.0L直列2気筒+ハイブリッドシステム。軽量な2気筒1.0リットルアトキンソンサイクルガソリンエンジンは、高効率と低い熱容量を兼ね備えている。ロングストローク、13:1という高い圧縮比、高燃料噴射圧を備えた次世代D4噴射システム、冷却機能付きの大容量排気ガス再循環(EGR)システム、および高タンブルポート設計の採用により、燃焼効率が最大化されている。

もっとも、FT-Bhが描いた未来のすべてが実現したわけではない。786kgという車重は、その後の量産車では達成されなかった。安全装備の充実、衝突安全性能の向上、快適装備の増加、そして電動化によって、現代のクルマはむしろ重くなる方向へ進んでいる。

ヤリスハイブリッドは約1100kg(ICEモデルで940kg)。
プリウスは1400kgを超え、BEVでは1800~2000kg級も珍しくない。
その意味で、FT-Bhが夢見た超軽量高効率車の未来は実現しなかった。

一方で、「高価な技術ではなく、誰もが買えるクルマで環境性能を向上させる」という思想は、現在のトヨタにも色濃く残っている。

FT-Bhと現行ヤリスを並べると、そこに共通するデザインはほとんど見つからない。現行プリウスも同様だ。また、FT-Bhが搭載していた1.0L直列2気筒エンジン+ハイブリッドというパワートレーンも、いまのところ量産化されていない。

しかし、軽量化によって燃費を高め、クルマ全体を最適化するという考え方は共通している。

FT-Bhは「未来のヤリス」になったわけではない。だが、2012年のトヨタが描いた理想のコンパクトカー像は、形を変えながら現在のヤリスやプリウスへと受け継がれている。
それは量産車になったコンセプトカーではなかった。

思想を残したコンセプトカーだったのである。

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