ステップスルーを採用した「またがなくてもいいバイク」として1977年に登場したヤマハ パッソル(S50)。販売台数100万台を誇る、スクーター史に残る名車を振り返ってみた。 REPORT/ ILLUSTRATION●北秀昭(KITA Hideaki)

バイクに馴染みのない女性から、原付免許のツッパリ男子高校生まで!幅広い層に支持された庶民のスクーター

ヤマハ パッソル(S50)……1977年(昭和52年)


ホイールベースは1075mm、重量は45kgのコンパクトな設計。


前後ホイール径は小回りの効く10インチを採用。

1946年に富士重工からラビットが発売されてスタートした国産スクーター。1960年代終盤には、スクーターと呼ばれる機種は一度途絶えるが、1977年(昭和52年)にヤマハからパッソル(S50)が登場。このモデルがきっかけとなり、スクーターブームの幕が開いた。 パッソルはスカートをはいた女性も乗れるように、足を置く場所がフラットとなった、当時としては革新的なステップスルーを採用。コンパクトな車体、モペッドと同等の45kgのライトな車重など、女性ユーザーをメインターゲットに開発されているのがポイントだ。 このステップスルー方式は、新開発された空冷2ストロークの縦型エンジン(シリンダーを上方にレイアウトしたエンジン)によって実現したボディ構成が特徴。空冷2スト49ccエンジンは、ファンで冷却する強制空冷方式を採用。エンジンはプラスチックカバーで覆われており、既存のバイクが持つ機械的なイメージを完全に払拭。車体全体を、女性受けする洗練されたデザインにアレンジしているのが特徴だ。 優しくて庶民的なイメージの人気女優・八千草薫(やちぐさ・かおる)をイメージキャラクターに迎えたパッソルは、テレビCMを始め、各メディアに向けて戦略的なプロモーションを展開。その結果、瞬く間に50cc市場を独占した。 パッソル登場後、国内メーカーは次々にステップスルー&強制空冷式の2スト49ccエンジン搭載スクーターを発売。これに伴い、日本全国でスクーターブーム(ミニバイクブーム)が巻き起こった。

革新的なつくりで注目を浴びたパッソル。その中身とは?


1978年(昭和53年)に発売されたパッソルD(Dはデラックスを意味)。アナログ式燃料計、オイル警告灯、フロントバスケットを追加装備。

ステップスルー部は完全なフラット形状。その外観は、当時としては非常にインパクトが強く、パッソルが走行するシーンを初めて見た当時小学生だった筆者(1970年代後半〜80年代前半)は、「足元でポキッと半分に折れそうな、ユニークなスタイルだなぁ(笑)」と衝撃的な印象を受けた。なお、ステップスルー部は、当時販売店オプションとして、花柄のマットもスタンバイ。 2.3馬力/5000rpmの空冷2ストローク単気筒49ccエンジンは、シリンダー部にカバーが施され、クランク軸に固定されたファンからの送風によって冷却するシステム。この強制空冷方式は、今では空冷スクーターの定番となっているが、当時は類を見ない革新的なシステムとして注目された。 ガソリンタンクと給油口はシートの背後に設置され、ガソリンタンク容量は2.3Lを確保。オイルタンクとオイル給油口はシート下に設置。ガソリンタンクカバーの脇には、販売店オプションとしてテニスラケットを収納できる専用ラックも発売。 前後ホイール径は、小回りの効く10インチに設定。前後ブレーキはドラム式。また、シンプルだが十分なストローク量を持つ前後サスペンションにより、30km/hの法定速度内での、軽量な女性を乗せたその走りは快適だった。前後にはキャリアを装備するなど、利便性も重視されている。 パッソルは1982年(昭和57年)、3.8馬力エンジンを搭載するなど「パッソルⅡ」として進化。その後は高性能・高機能スクーターが多数台頭し、1985年(昭和60年)に生産終了となった。

パッソルにJOG系エンジン&駆動系を搭載(載せ替え)した「パッジョグ」


パッソルにJOG系エンジン&駆動系をスワップしたパッジョグ。写真はドラッグレースのSS1/32mile出場マシン。※月刊モト・チャンプより

販売台数100万台を誇るパッソルは、中古車市場のタマ数も豊富だったため、生産終了後も根強い人気を獲得。パッソルの車体に、ハイパワーなJOG系のエンジン&駆動系に載せ替え(スワップ)した「パッジョグ」など、チューニングベースとしても用いられた。 パッソルのフレーム部を削り加工してJOG系エンジン&駆動系を載せ替えるカスタム方法を「パッジョグ」と呼び、走りを重視する若者たちの間で流行。中古のパッソルを格安で購入し、解体屋やフリーマーケットでJOG系エンジン&駆動系を入手するなど、お金を掛けずにチューニングを楽しむ人も多かった。 ドラッグレースのSS1/32mileでは、パッソルやパッソーラなどに、他車用チューニングエンジンを搭載する出場者も多数。パワーアップに伴い、正立フロントフォーク化やフロントディスクブレーキ化も定番の手法だ。


ドラッグレース仕様のため、キャブレターにはエアファンネルを組み合わせ、リヤショックはリジッド化。


レスポンス向上を目指し、発電機はアウターローターからインナーローターに変更。

十代の不良たちにも人気!ガニ股で乗る「ヤンキー乗り」はパッソルの頃から始まった!?


昭和の風物詩である高校生ヤンキー+原付スクーターによるガニ股走り。 ILLUSTRATION●北秀昭(KITA Hideaki)

清純派とも呼ばれた女優・八千草薫(やちぐさ・かおる)をイメージキャラクターに迎え、徹底した女性向けのプロモーションを敢行したパッソル。 しかし不動の人気を確立した頃から、発売元であるヤマハ関係者でさえも予想しえなかった、清純派女優・八千草薫(やちぐさ・かおる)とは180度対極にある、予想外の人種がパッソルに食い付いてきた。それは十代の不良たち。つまりヤンキーである。 筆者が小学生の頃、頭にソリコミを入れたパンチパーマorリーゼント(当時はまだ原付のヘルメット着用義務がなかった)、マスク、ボンタンorドカン(ダボダボのズボン)、タートルネックの真っ赤なトレーナー、丈の長い学ラン(長ランor中ラン)、婦人モノのサンダル(サイズは小さめ)という出で立ちでパッソルに乗る、見るからに素行不良なコワモテのヤンキーたちを頻繁に目撃した。 当時、「ツッパリ」とも呼ばれたヤンキーたちは、なぜか一様に股を大きく広げ(ガニ股)、背筋をピンと伸ばして走行。それを見た筆者は、「こえぇぇ……」と思い、目を合わせないようにしつつも、密かに「たしかにあの悪人ヅラで足をキチンと揃えて乗るのは、少々情けないイメージになるかもしれないな」などと考えたりしたものだ。 この車体が小さくて軽量なパッソルに、図体のデカいヤンキーたちが、30km/h+αのスロットル全開走行をした場合、安定感に欠けるところがあった(スペック上、パッソルは2.3馬力の非力だが、2ストエンジンのためにパンチ力があり、平坦な道なら男性が乗っても60km/hは出たらしい)。 体が大きくて体重のある男性が、フレームや足周りが華奢で小径(前後10インチ)のパッソルで全開走行した場合、道路の劣化等によって生じた段差や窪みを通過時に挙動を乱し、ハンドルを取られて転倒しそうになる……イメージとしては、子供用の小さな自転車に大人が乗り、スピードを出して急坂を下り降りた場合、極めてバランスが悪くなる感じ。そのために当時のヤンキーたちは、あえて大きく足を広げ、「やじろべえ」の原理で安定感をキープしていた、と考えられている。 ちなみにこの「やじろべえ」走法は、2020年現在、都内においても原付2種スクーター&オッサン(若者ではない)の組み合わせで、通勤時間帯に時折目撃する。なお、彼らが元ヤンキーか否かは不明。

パッソルの細部をチェック


月刊モト・チャンプより


月刊モト・チャンプより


月刊モト・チャンプより

ヤマハ パッソル(S50/1977年モデル) 主要諸元

全長:1515mm×全幅:605mm×全高925mm ホイールベース:1075mm 最低地上高:120mm 車両重量:45kg 乗車定員:1名 エンジン:空冷2ストローク単気筒 排気量:49cc ボア×ストローク:40mm×39.7mm 圧縮比:6.3 最高出力:2.3ps/5500rpm 最大トルク:0.37kgf・m/3500rpm ミッション形式:無変速オイルバスチェーン式 燃料供給方式:キャブレター 燃料タンク容量:2.3L 燃料(種類):レギュラーガソリン エンジン始動方式:キックスターター式 点火装置:C.D.I.式 搭載バッテリー・型式:6N2-2A-7 バッテリー容量:6V-4Ah エンジン潤滑方式:分離給油 2ストエンジンオイルタンク容量:0.80 ブレーキ形式(前):機械式リーディングトレーリング ブレーキ形式(後):機械式リーディングトレーリング 懸架方式(前):テレスコピックフォーク 懸架方式(後):スイングアーム式 タイヤ(前後)2.50-10 バイアス ホイールリム幅(前後):1.5 当時の発売価格:6万9800円