Maserati GranTurismo
Maserati GranCabrio
Maserati Grecale
10台のマセラティでイタリアを目指す

天を突きさすような鋭い三叉の銛。マセラティのフロントやCピラーで輝くこのトライデントは、同社が創業したボローニャと縁が深い、「海神ネプチューン」のそれをモチーフにしている。
デザインを手掛けたのはマセラティ兄弟の末っ子であるマリオ・マセラティ。彼は兄たちが作り上げた初のレーシングカー「ティーポ26」のため、ブランドを象徴するロゴマークを描き上げたのである。
臙脂色で塗られたボディに真新しいトライデントのマークを掲げたこのマシンは、初めて参戦したシシリー島の名物レース、タルガ・フローリオでいきなり勝ち名乗りを上げる。それは1926年、つまり今からちょうど100年前のことだった。
象徴的なロゴマークの誕生、そして今日に続くマセラティ・コルセの初勝利からちょうど100年目を迎えた今年、マセラティは壮大なイベントを開催した。それはマセラティ車の特性や「グラントゥーリズモ」(GT)というモデルネームを象徴するようなロングドライブ。中国・北京から本国イタリアまでの1万4400km、有名な交易路であるシルクロードを辿る「イヤー・オブ・トライデント・グランドツアー」である。
そしてこのコース全体を8つの区間に分け、10台のマセラティがコンボイを組んで西方を目指す。筆者はその5区間目のドライバーを任された。新疆ウイグル自治区の中心都市である烏魯木斉(ウルムチ)。広大なアジア大陸の地理的中心に位置するこの街が今回のスタート地点だった。
刻一刻と変わる路面状況にAWDシステムが対応

最初にステアリングを握ったのは「グラントーリズモ・トロフェオ」の75周年記念モデル。レーシングマシン一辺倒だったマセラティが、グランドツアラーの製作を始めてから75周年という節目を祝う、記念モデルだ。
混み合ったウルムチの市街地を抜け、G30号線(連霍高速道路)を西へ。シルクロードというと“砂漠とラクダ”というイメージしかなかったのだけれど、現代のそれは荒野をまっすぐに貫く高速道路に置き換わっている。そしてふと道路左にある距離板に目をやると、なんと3680km! G30号線の全長は4395kmにも及ぶのだから当然か。ちなみに日本列島は全部合わせても3000kmほどらしい。だからどんなに走っても地平線しか見えないという今回の状況は当然なのだろう。

辺りはカラカラに乾いているのだが、めったに雨が降らないアジア中央高地に、この日は珍しく雨が降った。時折強風とともに激しい雨が打ち付けてくる。しかも現地の路面は日本では見たことがないほど水はけが悪い。だが、そんなシチュエーションで頼もしかったのはAWDシステムだった。コンボイの巡航速度が速いこともあって、頻繁に起きるハイドロプレーニングをきれいに消し去ってくれる。現行モデルの「グラントゥーリズモ」「グランカブリオ」そして「グレカーレ」はすべてAWDだが、その理由が、世界のあらゆる地域をカバーするGTカーの安心感にあることを改めて理解できた。
ドライバーを愉しませることにも長けている

初日は約500kmを走り、標高2000m超のサリム湖へ。2日目はヨーロッパアルプスを思わせる風光明媚なサリム湖の湖畔を巡りつつ、急激に山を駆け下りて伊寧(イーニン)までの約250kmを走破した。
パドルシフトを多用して4気筒ターボを目いっぱい回し、高速ワインディングで試したグレカーレは、ギュッと引き締まったボディと相まって、感覚的にはホットハッチをドライブしているかのよう。ラグジュアリーの世界と同じくらいドライバーを楽しませることにも長けた、マセラティの本懐を堪能できた。
クルマは盤石、しかし刻一刻と変わる道路や街の雰囲気に、道中ずっと軽い緊張感を覚えていた。だが、イーニンのチェックポイントでは無事、次のドライバーにバトンを繋ぐことができた。マセラティのDNAがそうであるように、トライデントの100周年を祝う壮大な旅は、まだ続いていく。


REPORT/吉田拓生(Takuo YOSHIDA)
PHOTO/Maserati S.p.A.
MAGAZINE/GENROQ 2026年8月号
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