連載

あのコンセプトカー、どうなった?
BMW i3 Concept (07/2011)

BMWは、最初から量産するつもりだった

2011年9月、ドイツ・フランクフルト・モーターショーでBMWが発表した「BMW i3 Concept」は、当時としては衝撃的な一台だった。

全長3845mmというサイズも象徴的だった。当時のBMWブランドの量産ラインアップで見れば、i3 Conceptはもっとも小さなBMWだったのである。プレミアムカーの大型化が進むなか、BMWはむしろ「小さくても豊かなクルマ」という新しい価値を提示しようとしていた。

BMW i3 Concept,「LifeDrive-Architecture」という新しいコンセプトを提唱した。

コンパクトなボディに、床下バッテリーとリヤモーターを組み込んだ専用EVアーキテクチャーを採用。キャビンには炭素繊維強化樹脂(CFRP)を用い、リサイクル素材や天然素材を積極的に取り入れたインテリアを組み合わせていた。

それまでの自動車の常識をひっくり返すような内容だった。

しかも、BMWはこれを「Vision」ではなく、「Concept」と名付けていた。BMWは以前から「Vision」という言葉を使い、未来のブランド像や技術の方向性を示してきた。しかしi3は違った。未来像を語るためのショーカーではなく、実際に世に送り出すことを前提にしたクルマだったのである。

BMW i3 Concept (07/2011)

実際、BMWはこの時点ですでに炭素繊維の供給体制を構築し、ライプツィヒ工場には専用の生産設備を整備しつつあった。さらにブリヂストンと共同で、大径・超細幅の「Ologic(オロジック)」タイヤまで開発している。

ここまで準備を進めておきながら、モーターショーでの「評判が悪ければやめる」という段階ではなかっただろう。実際、モーターショーでの評判は驚きと懐疑が相半ばした。BMWが本気でBEVをつくること、CFRPを量産に使うことなどポジティブな評価がある一方、航続距離が短い、CFRPボディが本当に量産できるのか、そもそも、このデザインはBMWらしいのか、といったネガティブな声も聞こえた。しかし、それらの疑問にBMW自身もある程度気づいていたはずだ。それでも専用アーキテクチャーやCFRPに踏み切ったのは、BEV時代が必ず来るという確信があったからだろう。

なぜi3は、ほとんど変わらなかったのか

そして2013年、i3は量産車として市場に登場する。

驚かされるのは、コンセプトカーから量産車への変化の少なさだ。

BMW i3 Concept 全長×全幅×全高:3845mm×2011mm(おそらくミラーtoミラーの数字)×1537mm ホイールベース:2570mm
BMW i3 Concept
BMW i3 全長×全幅×全高:3999mm×1775mm ×1578mm ホイールベース:2570mm
量産車のi3 コンセプトはガラスハウスが極端に軽いが、量産車では衝突安全や製造要件に合わせて少し厚みが増している。

全長は安全基準や歩行者保護対応などによって154mm延長されたものの、ホイールベースは2570mmのまま変わらない。出力125kW、最大トルク250Nm、最高速度150km/hというスペックもほぼそのまま受け継がれた。

コンセプトカーではしばしば未来的なホイールや大胆なプロポーションが採用されるが、量産化の過程で現実に合わせて修正される。しかしi3は違った。

細幅タイヤも、短いオーバーハングも、大きなガラスエリアも、そのまま残された。むしろ「なぜ変わらなかったのか」を考えたほうが、このクルマの本質に近づける。

BMW i3 Concept コンセプトはガラスハウスが極端に軽いが、量産車では衝突安全や製造要件に合わせて少し厚みが増している。
量産車のBMW i3 ドアミラーは、コンセプトがカメラなのに対して量産車は通常のミラータイプ。

BMWは当時、「Project i」と呼ぶ壮大なプロジェクトを進めていた。それは単なる電気自動車の開発ではない。新しい生産方式、新しい素材、新しい都市交通、新しいプレミアムカーのあり方を含めた、モビリティそのものの再定義だった。i3は、その思想を具現化した第一弾だったのである。

しかし、ここからが面白い。i3は決して大ヒットしたクルマではなかった。

2013年から2022年まで約10年間生産され、世界累計販売台数は25万台前後に達した。欧州では一定の成功を収めたものの、3シリーズやX3のようなBMWの主力商品になることはなかった。

また、BMWが描いていたであろう「BMW i」という新しいブランド群も、当初の想定通りには成長しなかった。

BMW i3 Concept (07/2011)
量産車のi3 量産車もユーカリ材やケナフ繊維、リサイクルPET、浮遊感のあるダッシュボードなどをコンセプトから継承している。
BMW i3 Concept (07/2011)
量産型のi3 タイヤは、ブリヂストンのオロジック(Ologic)。超大径・超ナローの未来的なホイールだ。量産車も155/70R19のブリヂストン・オロジックを履く。量産車は155/70R19、155/60R20、175/55R20(リヤタイヤ)という当時としては異例のサイズのタイヤを履いていた。
BMW i3 Concept (07/2011)
量産車のi3
BMW i3 Concept (07/2011)
量産車のi3。

当時のBMWは、i3とi8を起点として、「i」が独立した次世代ブランドへ発展していく未来を思い描いていたように見える。

しかし現実には、CFRPは高コストであり、市場はSUVへと向かった。テスラが急成長し、EVを取り巻く環境も大きく変わっていった。

その結果、「i」は独立ブランドではなく、BMWの電気自動車を示すサブブランドへと姿を変えていく。中国では、3シリーズのEV版に「i3」という名前まで与えられた。

「BMW i」という壮大な構想は実現したのか

BMW i3 Conceptと同時に発表された BMW i8 Concept

振り返れば、「i」という構想そのものは、決して完成されていたわけではなかったのである。

では、i3は失敗だったのだろうか。そうとも言い切れない。

現在のBMWを見ると、i3が先に提示していた思想が、少しずつ全社へ浸透していることに気づく。

キャビンを優先したプロポーション。リビングルームのようなインテリア。サステナブル素材の活用。ソフトウェアを中心とした車両制御。

BMW i3 Concept (07/2011)

いまBMWが「Neue Klasse」で示そうとしている世界観の多くは、すでに2011年のi3 Conceptに存在していた。

不思議なことに、i3には完全なフォロワーもほとんど現れなかった。

都市型プレミアムEV、CFRPキャビン、大径・超細幅タイヤという組み合わせは、あまりにも先進的だったからだ。

しかし、その要素は10年以上の時間をかけて、BMW自身へ、そして世界のEVへと静かに拡散していった。BMW i3 Conceptは、驚くほど忠実に量産されたコンセプトカーだった。

BMW i3 Concept (07/2011)

しかし、本当に量産されたのは車両そのものだけではない。

i3がもっとも先進的だったのは、電気で走ることではない。全長3.8mの小さなクルマでもプレミアムは成立する、とBMWが本気で考えていたことなのかもしれない。

2011年にこの小さなコンセプトカーが提示した未来の断片が、いまになって少しずつ現実になっているのである。

それは、コンセプトカーが未来を予告したというより、未来を少し早く実装しすぎた結果だったのかもしれない。

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