鈴鹿8時間耐久ロードレースには日曜日の決勝レース以外に様々なコンテンツが用意されている。
有名なものはトップ10トライアルや観戦に来場したユーザーたちのパレード、レジェンドライダーの走行。またコースだけではなくメーカーやショップの出展やトークショーなど盛りだくさん。レース以外にも楽しめて、来場者を飽きさせることはない。
その中のひとつに今回紹介する「風の会(風を感じて)」はある。
土曜日の予選や4耐などが終わったあとの夕方に行われるイベントだ。
車椅子ユーザーや歩行のための装具を必要とする身障者をタンデムし、コースを走るというもの。
これだけ聞くと『どこかの団体の慈善活動?』と思う方もいるかもしれない。が、そんな単純なことではない。
発起人は元レーシングライダーの水谷勝さん。
82年の全日本ロードレース選手権、国際A級500㏄クラスでチャンピオンに輝く。80年代の全日本ロードレース選手権国際A級500㏄クラスでライバルのヤマハライダー・平忠彦氏と壮絶なバトルを展開、当時のロードレースを盛り上げたライダーだ。
発足したきっかけは、テストコースでの体験走行のイベントの際に、参加者の友人で見学をしていた車いすの方に、「後ろ乗ってみる?」と声を掛けたこと。
下半身が不自由な彼をタンデムシートに乗せ、ベルトでライダーに固定した。
そしてコースを走ったところ、動くはずがない彼の足が水谷さんの腰にまるでニーグリップをするかのような力を感じたのだ。
もしかしたらこれは医療の役に立つのでは。
そう考えた水谷氏は数年前に頸椎を痛めた際、リハビリをしてくれた理学療法士の井坂先生に相談。
「タンデム走行がリハビリの一環になる可能性がある」
そう返答を得ると、鈴鹿サーキットに相談することにした。
鈴鹿8耐の場で、ライダーが走っているのと同じ環境で障がい者にも風と暑さを感じて何かを持って帰って欲しい。
そこに水谷さんはこだわった。
最初はいい回答を得られなかったが、その後バリアフリーなど障がい者に対する風向きが変わったことが後押しになった。
前夜祭に合わせて、風の会のイベントが行われることになった。
2001年のことだった。
2022年は4年ぶりの開催となった。
コロナ禍ということもあって、過去に何度か参加している方のみでの開催となった。
以前参加したある障がい者のエピソードが興味深い。
その方は身体だけではなく言語にも障がいがあってしゃべることもおぼつかない。
しかし風の会を経験して帰ってから、ボイストレーニングを始めたというのだ。
彼を連れてきた家族は涙ながらに感謝を伝えてきたそう。
また、それまで引きこもりがちだった人も、風の会に参加して以降、外に出ていろいろな経験をしてみようと前向きになる人も少なくないという。
九州から参加したある方はリハビリを頑張り、なんとバイクに乗れるようにまでになった。
そしてオートポリスに仕事できていた水谷さんに会いに来て、水谷さんと一緒にツーリングがいしたい!と言ったというから驚きだ。
参加者だけではなく、ボランティアで会場スタッフとして活動する人たちにも影響を与えている。
走り出す前には緊張で顔が硬かった参加者も、戻ってきたときには晴れやかに、どこか雰囲気が変わっていることが多い。
その姿を見て刺激を受けているのだ。
障がい者を後ろに乗せて走ったライダーには、水谷さんと同じく参加者が腰をはさんでくるという反応を感じた方もいる。
みんな五感を働かせて乗っているので、動いているような感覚があるのだ。
ただ障がい者をタンデムすればいい、ということではない。
目に見える障害だけではなく、病気により体温調節ができないという人もいるなど、症状は人それぞれ。
参加者によってケアの方法が変わるので、一様にはできない。
だからこそ理学療法士の井坂先生と彼の教え子が会場には常駐し、ボランティアの学生とともに参加者の体調や様子をチェック。
注意を払っている。
参加者を迎える前には、ボランティアスタッフが何度もハーネスを装着する練習を重ねる。
協賛企業からレンタルされるバイクによって多少装具に付け方も変わるため、念には念を欠かさない。
チームごとに交代で練習をし、参加者の到着を待つ。
20年と続く風の会の活動だが、困難もある。
タンデムのために使うハーネス類を自分たちで製作しているが、よりいいモノの開発はなかなか難しいという。
しかしバイクで風を感じてほしい、という想いは強い。
鈴鹿8耐の暑さを感じ、次のステップにつなげていってほしい。
■風の会 協力企業
・鈴鹿サーキット(ホンダモビリティランド株式会社)
・ヤマハ発動機販売株式会社
・株式会社スズキ二輪
・株式会社カワサキモータースジャパン
・MotorradMitsuoka鈴鹿
・株式会社アライヘルメット
・株式会社SHOEI
・株式会社オージーケーカブト
・株式会社カドヤ
実は私NANA-KOにも3つ年上の従兄に障がい者がいる。
彼は中学生のときに見つかった脳腫瘍の手術の際、右半身に障害を負った。
現在も右肩から先は動かず、走行には右足に装具が必要。言語も出にくくなってしまった。
乗り物が好きで何とかクルマの免許は取ったものの、どうしても感覚がスピードに追い付かないことが多く、現在はほとんど運転はしていない。
私がバイクの免許を取った、と伝えたところ、ものすごく羨ましそうな表情をしていたことは鮮明に残っている。
両親もだいぶ老いてきて、一人っ子である彼の今後を考えると少しでも状況の改善をしたいと思うのは周囲のエゴか。
しかし乗り物が好きな彼だ。バイクに乗ってみない?と誘ってみようと思う。
それが少しでも体の改善につながれば幸い、なんて思っている。