ズドドドでも、ドバババでもない。空冷ビッグシングルの加速を味わう。|ヤマハSR400ファイナルエディション試乗

昭和53年、西暦にして1978年に登場したヤマハSR400。幾度もの環境規制をクリアしつつ43年にわたり生き残ってきた長寿モデルだが、ついに終焉を迎える。登場した時点でも、特筆する高性能ではなかったSRだが、なぜにここまで支持され愛されてきたのか、最後を記念するファイナルエディションから探ってみる。

シンプル系モーターサイクルの淘汰は避けられぬことだった !?

 昨年夏のセロー250と同様、今年’21年3月にヤマハの長寿モデルSR400にもファイナルエディションが登場した。ということは、この空冷ビッグシングルも生産中止を余儀なくされることになる。理由の第一はセローの場合と同様、継続生産車は今年10月以降からABSの標準装着が義務づけられること。加えて、翌’22年以降の排出ガス規制(ほぼユーロ5のレベルという)への適合で、’18年規制に以上に厳しい対策を迫られることだ。ABSの装備に加えて、排出ガス規制対応でのコスト増も加わり、更なる価格上昇は避けられないのだ。
 シンプルでクラシカルなスタイリング、スッキリと屹立する単気筒エンジンの造形が魅力のSRにとって、後付けの排ガス対策装備が加わるのは、魅力になりづらい。価格上昇の見通しと前述の商品性低下も含め、これでお終いとの判断は、致し方ないかと個人的には思う。
 ’10年型でSR400がFI(フューエルインジェクション)化された時、タンクの底部形状を変更し(この際容量は14→12Lに減少)、左サイドカバー内部にフューエルポンプを新設し、シート下にはECUを付加(シート裏形状を変更)するなど、ヤマハ開発陣は諸々の見直しをしてSRらしいフォルムの維持に努めた。同時に、性能スペック向上はままならないものの、始動性や低中速域のレスポンスを磨いて、使い勝手をよくしている。そして’18年の排出ガス規制対策では、エンジン左前にキャニスター(蒸発ガソリンの大気放散を抑制する装置)が付加された。極力目立たぬようにダウンフレーム下部に添わせるように置かれ、SRらしいソリッドなエンジン造形に配慮されている点に苦心が見える。
 加えて今後のABS装着義務化だ。SRはこれをせずに退場することになる。ABSは安全な制動に寄与する装備とは思うものの、これは義務づけすべきものなのか? スリッパークラッチ(急激なシフトダウン時の後輪ロックを防ぐねらい)も普及が進んだが、ABSと同様、機械側が車輪をロックさせずに安全に走らせる装置だ。だが、従来は車輪をロックさせないように、乗り手側が腕を磨いた。こうした装備は、本来ユーザーの技量で要不要を判断してもいいのではないか(要はオプション扱いでいい)……と言ったところでオジさんの戯言にしかならず、この方向性が変わることはなかろう。かくなる上は、キック始動で空冷単気筒という、バイクのシンプルで機械的な操作と走行性が残された最後のSR400を、歓迎しつつ味わってみたいと思う。

根源的で古典的、唯一無二のSR特性

 最後のSR=ファイナルエディションは、’18年に規制対応したモデルをベースに、2つの新色が用意された。詳細は写真キャプションに譲るが、今回の試乗車はその一つでもあるダークグレー×銀基調のツートーンで、タンク下部にファイナルエディションの小さな英字が入るパターン。’80〜90年代に同系色があった記憶が思い出されるSRらしい色調だ。これまで強制開閉キャブの500と負圧式キャブの400、FI化直後の’10年式400に試乗経験があるが、’18年の排出ガス規制対応車は初めて。最後のSRはやはり“らしさ”に溢れているのか、最終確認の意味も含めて触れてみる。
 FI化直後のSR400(’10年型)に試乗した際、ずいぶん始動性がよくなったという印象を持ったが、試乗車も同様だった。SRは長らくキック始動の補佐役としてデコンプレバーを装備している。キックを踏みやすいピストン位置(上死点過ぎ)にするため、圧縮を抜いて始動位置調整をする装置だが、使わなくてもキック1発でかかった。この辺はFI化での恩恵と思われ、キャブ時代のように、スロットルのひねり具合で余計に燃料を飲み込んで始動に手間取ることがない。この点でFI化後のSRは、乗り手にフレンドリーになったし、数発のキックで目覚めさせられたことを、何となく誇らしく感じる。こんな経験が味わえるのもSRならではの部分だ。
 アイドリングではエンジンは安定してトトトトっと鼓動する。軽いクラッチを繋ぎつつ走り出すと、ミート直後からしばらくは排気量の大きな単気筒のダッシュが味わえる。とはいえ、これもクランクが軽くて現代的に軽いピストンの入った単気筒に比べたら、俊敏とは言えない。しかし、乗り手を驚かせない範囲で数mほどスッと出る一瞬の力こぶのような加速、これもSRらしい。
 ズドドドっでも、ドバババっでもなく、それより軽めのシュタタタといった感じの鼓動感で回転を上げて行くと、トップギヤ5速の2500rpm付近でメーター読みは60km/h。この付近から上でエンジンは元気にレスポンスし、スロットルの開け閉めが楽しくなる。加えて、回転の立ち上がり方もFI化以降で鋭く明瞭になった印象があり、キャブレター時代より雑味の少ない鼓動が感じられる。そしてトップギヤ5速3600rpmで80km/h、4700rpmで100km/hと速度を上げるものの、乗り手側は自然と3000〜4000rpmの間で回転を上げ下げしつつ走っているのも、以前からのSRのままだ。速度にすれば60〜90km/hくらいの領域だろうか、SRはこの範囲で高めのギヤを使いスロットルを開け閉めしてワインディングを流したり、たんたんと走り続けるのが楽しい。
 エンジンのレッドゾーンは7000rpmから上だから、もちろんもっと回すことはできるし、加速も可能だ。しかし、5000rpmから上を回した時のSRは、同時に機械的なノイズと振動が増し、この辺を維持して走り続ける気にはならない。バランサーレスのビッグシングルという古典的なエンジンゆえでもあるが、それが特に不満にはならない。その領域でちょっと無理して走らせる感じをたまに味わえば、バイクに、否SRに乗っている充実感と荒々しさを満足できるし、それ以下の回転域でたんたんと流す時の平穏な感じも愛おしくなる。それが、SRの醍醐味なのだと改めて実感した次第だ。

’21年3月15日発売のSR400ファイナルエディション。写真のダークグレーメタリックはタンク音叉マーク周辺の明るいシルバー系のグラフィックが、SRらしさを感じさせるツートーン色。このほかタンク部にYAMAHAマークが入るブルー系モノトーン色も用意(こちらはサイドカバーにファイナルエディションの表記が入る)。なお、これら標準色以外に、サンバースト塗装のヤマハブラックをまとったファイナルエディション・リミテッドも1000台限定、74万8000円で同時発売された。
同車のベースとなるのは、’18年の排出ガス規制対策モデル。エンジン左前下部に置かれたキャニスターがその対策装備の一つで、ほかにFIのセッティング変更、マフラー内触媒の構造なども見直されている。他にFI化(’10年型)以降の変更点として、左サイドカバー内にフューエルポンプが設置され(従来はバッテリーを配置)、シート下内部にFI制御用のECU(エンジンコントロールユニット)とバッテリーが配置されたことで、シート裏形状などが変更されている。
長いモデルライフの中で、’80年代半ばにバックステップ化+ハンドルが若干低くなり上体が前傾化する変更があったが、以後は元の位置に戻り、写真のようなリラックスポジションとなる。身長173cmのライダーの両足接地では余裕でカカトまで着く。

ディテール解説

今や他車では見られない、キック始動の空冷単気筒エンジン。’78年登場の同車のエンジンベースはオフロードモデルのXT500(’76年)で、排気量ダウンに伴うストローク変更(84㎜→67.2㎜。ボアは87㎜で共通)と同時に、このクランク重量をロード向けに重くした(アイドリング域と、巡航時の回転の安定性を狙った)のがSR400だ。エンジン左前の下部に配置されたキャニスター(黒い円筒形の部分)が’18年型からの排ガス規制対応装備で、蒸散ガスの大気放出を抑制するもの。なお、SR400のキャブレター時代の性能スペックは長らく最高出力27ps/7000rpm、最大トルク3.0kgm/6500rpmだったが、FI化後の’10年型で26ps/6500rpm、2.9kgm/5500rpm、’18年型で24ps/6500rpm、2.9kgm/3000rpmと推移している。

エンジン右側のヘッドカバー位置にある丸い窓が、キックインジケーター。左グリップにあるコンプレバーを握って圧縮を抜き、キックを少し踏みつつこの窓に白いマークが出たらレバーを離す。白表示が圧縮上死点過ぎのピストン位置で、ここからキックを踏み下すと一番エンジンが始動しやすいですよと教えてくれる仕組みだ。
’01年モデルから前輪はディスク化。それ以前のドラム式もSRには似合っていたが、素直な制動タッチとレスポンスではこちらに軍配が上がる。マフラーは’18年型以降型に準じた仕様で、内部構造の変更とエンドパイプの若干の大口径化などで、従来型よりも歯切れの良いサウンドになったという声は多い。標準装着タイヤはBS製のオールラウンドなロード用バイアスタイヤのBT45。
オーソドックスな丸目2眼のホワイトメーター。各メーター下部に各種警告灯が内蔵される。左グリップは、上からヘッドライトディマー、パッシング、ウインカー、ホーンの各種スイッチ。一番下に突き出た黒いレバーがデコンプレバー。右グリップはキルスイッチとハザードスイッチを配置。
音叉マーク入りのツートーンタンクは12L容量。FI化に伴いタンク底部の構造が変更を受け、’85年型から続いた14L(それ以前は12L)入りから減量された。下部にFinal Editionの文字がさり気なく入る。

主要諸元

SR400 Final Edition 
車名・型式 ヤマハ・2BL・RH16J
全長(㎜) 2,085
全幅(㎜) 750
全高(㎜) 1,100
軸距(㎜) 1,410
最低地上高(㎜) 130
シート高(㎜) 790
車両重量(㎏) 175
乗車定員(人) 2
燃料消費率(km/L)
国土交通省届出値:定地燃費値(km/h) 40.7(60)〈2名乗車時〉
WMTCモード値(クラス)29.7(クラス2−2)〈1名乗車時〉
最小回転半径(m)2.4
エンジン型式 H342E
エンジン種類 空冷4ストロークOHC2バルブ単気筒
総排気量(㎤) 399
内径×行程(㎜) 87.0×67.2
圧縮比 8.5:1
最高出力(kw[ps]/rpm) 18[24]/6,500
最大トルク(N・m[kgf・m]/rpm) 28[2.9]/3,000
燃料供給装置型式 フューエルインジェクション
始動方式 キック式
点火装置型式 TCI(トランジスタ式)
潤滑方式 ドライサンプ
燃料タンク容量(L) 12
クラッチ形式 湿式多板
変速機形式 常時噛合式5段リターン
変速比
 1速 2.357
 2速 1.555
 3速 1.190
 4速 0.916
 5速 0.777
減速比(1次/2次) 2.566/2.947
キャスター角(度) 27°40′
トレール量(㎜) 111
タイヤ
 前  90/100-18M/C 54S
 後 110/90−18M/C 61S
ブレーキ形式
 前 油圧式ディスク
 後 機械式リーディングトレーリングドラム
懸架方式
 前 テレスコピック式(正立サス)
 後 スイングアーム式
フレーム形式 セミダブルクレードル
車体色 ダークグレーメタリックN(ダークグレー)、ダルパープリッシュブルーメタリックX(ブルー)
車両価格(円・税込)60万5000〈本体価格55万〉


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