歴史から紐解くブランドの本質【BMW編】

BMWはなぜスポーティなのか?【歴史に見るブランドの本質 Vol.2】

1919年6月、最高高度を記録したプロペラ機。6気筒エンジンを搭載する。
1919年6月、最高高度を記録したプロペラ機。6気筒エンジンを搭載する。
自動車メーカーは単に商品を売るだけではなく、その歴史やブランドを売っている。しかし、イメージを確固たるものにする道のりは決して容易ではない。本連載では各メーカー歴史から、そのブランドを考察する。

BMW

航空機から2輪、そして4輪へ

1921年型ビクトリアはM 2 B 15型エンジンを搭載
M 2 B 15型エンジンを搭載する1921年型ビクトリア。

BMWは航空機エンジンを作る会社だったラップ原動機製作所と航空機の機体を作る会社だったグスタフ・オットー航空機工業が合併して1916年に設立された。当初はバイエルン航空機製造会社(BFW)という社名だった。第一次大戦にドイツが敗れたことにより航空機の製造ができなくなったため、1923年にモーターサイクルの製造を始める。当初から現在に至るBMWモーターサイクルの象徴であるフラットツインエンジンだった。

1928年にアイゼナハという自動車会社を買収、自動車の製造にも参入する。しかし当初はオースチン・セブンというイギリスの大衆車のライセンス生産だった。その後自社設計モデルに移行し、「328」など名車も産んだが生産規模は限定的だった。その後第二次世界大戦が近づくと生産は航空機エンジン中心にシフトする。ドイツの名戦闘機、フォッケウルフFw190はBMW製エンジンを搭載していた。

戦後は自動車生産に復帰するが、1950年代末にはダイムラーベンツへの吸収合併が検討されたほどの経営危機に陥った。当時のラインアップはスポーティとは言い難い荘厳なデザインの高級車と、モーターサイクルのエンジンを使った超小型車「イセッタ」しかなく、高級車の方はさっぱり売れなかった。もしダイムラーベンツに吸収されていたらBMWはメルセデス・ベンツの兄弟車になっていたかもしれない。

F1でチャンピオンを取る実力のエンジン

ディクシー社から買収され、ベルリン・ヨハニスタール工場で生産された「BMW3/15PS」。
ディクシー社から買収され生産された「BMW3/15PS」。

この状況を打開したのがバッテリーで財をなした(現在のVARTA社)クヴァント家の出資である。その資金で1961年に登場した1500が大成功する。この1500のために開発された4気筒エンジンの素性は素晴らしく、アルピナやシュニッツァーなどによってチューンアップされモータースポーツで大活躍することとなる。2ドア版の「1602」から始まる02シリーズが登場すると、そのスポーティイメージはさらに高まった。

アルピナによってチューンされた「2002」は、当時の2リッター911Sを凌ぐほどの性能を発揮していた。このエンジンを土台としたレーシングエンジンは1970年代にF2用エンジンの名機となり、そして1982年には1.5リッターターボ化されF1に進出、1983年にネルソン・ピケがワールドチャンピオンになる。市販車用エンジンに由来するF1エンジンでF1チャンピオンになった唯一の事例ではないだろうか。

世界観統一の見事な成功

このように1960年代末以降、BMWのスポーティイメージは一気に高まり、このイメージをBMWのブランドイメージと定めることとした。1970年代以降、戦略的に(人工的に、といっても良いかもしれない)現在に通じるブランドイメージを構築していくことになるのである。

デザインとエンジニアリングにも統一ルールを作り、見ても乗ってもBMW、という世界観を作り上げていった。ディーラー店舗のデザインも世界で統一、広告コミュニケーションもスポーティ路線で徹底した。そしてメルセデス・ベンツとは異なる若々しくスポーティなイメージを求める顧客層の獲得に成功、現在ではメルセデス・ベンツと並ぶブランドにまで成長したのである。

1886年製の「ベンツ・パテント・モーターワーゲン」。世界初の3輪ガソリン自動車と言われる。

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著者プロフィール

山崎 明 近影

山崎 明

1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。1989年スイスIMD MBA修了。…