これは次世代3シリーズの予告編だ!BMWビジョン・ノイエ・クラッセの真意をデザイントップに聞く【モビリティショーで見つけたデザインの未来】 

ジャパン・モビリティ・ショーのBMWブースに、ひときわ目を引く白いコンセプトカーがあった。その名は『ビジョン・ノイエ・クラッセ』。今のBMW車とは一見してデザインの趣が異なる。そこに込めた意図と特徴をBMWグループのデザインの総帥、エイドリアン・ファン・ホーイドンクに聞こう。

TEXT:千葉 匠(CHIBA Takumi) PHOTO:中野幸次(NAKANO Koji)、BMW

次世代BMWファミリーの第一弾

アジア初公開となったEVコンセプトモデル「BMW Vision Neue Klasse(ビジョン ノイエクラッセ)」

「世界は変わりつつある」。エイドリアンのこの言葉から今回のインタビューが始まった。「モビリティはますます電動化し、デジタル化し、インテリジェントなものになるだろうし、もっとサステイナブルにする必要がある」。

そんな世界の変化にBMWは早くから対応してきた。

「10年前に私たちはi3やi8を世に出した」。i3はコンパクトなBEV、i8はPHEVのスーパースポーツ。「これが電動モビリティへの第一段階だった。現在はiX1からi7まで、ラインナップ全体にBEVを提供している。電動モビリティの第二の波をお客様にお届けしているところだ」

「そして今、私たちは技術の変化とそのスピードアップを目の当たりにしている。とくにバッテリー技術の進化は速い。そこで第三の波を起こすべきだと考えた。これは2025年にスタートする」

9月のIAAミュンヘンで『ビジョン・ノイエ・クラッセ』を発表したとき、BMWは『ノイエ・クラッセ』の量産版が複数車種のファミリーになり、その第一弾として2025年に「3シリーズ・サイズのセダン」をデビューさせることを明らかにしていた。

BMWグループ・デザイン責任者のエイドリアン・ヴァン・ホーイドンク氏

だから『ビジョン・ノイエ・クラッセ』はセダンなのだが、世界中でSUVのシェアが伸び続けるなか、なぜセダンから次世代をスタートさせるのか? もちろん将来的にはこのプラットフォームでSUVも出すのだろうけれど・・。エイドリアンがこう答える。

「BMWのグローバル販売の半分近くがSUVであり、SUV市場での成功を今後も続けたい。しかし今回のコンセプトカーでは、私たちがどれだけの変わろうとしているかを見せたかった。3シリーズはスポーティセダンのベンチマークとして、ずっと成功してきた。その新たな解釈を披露することで、どんな変化が起こるのかを皆さんがより良く判断できると考えたのだ」

シンプル・フォルムと新しい顔付き

ノッチバックにこだわってセダンらしさを強調したスタイリング、一目でBMWとわかる。

デザインは現行BMW車から大胆にジャンプしたように見える。最小限のラインとピンと張った広い面で、フォルムをシンプルに構成。しかし前後のフェンダーはしっかり張り出している。シンプルさを追求してもスポーティさを忘れないのは、やはりBMWだ。

クーペライクなセダンが多い昨今だが、『ビジョン・ノイエ・クラッセ』はあくまでノッチバックにこだわってセダンらしさを強調しながら、リヤデッキを短く切り詰めた。「このプロポーションを私たちは『2.5BOX』と呼んでいる」とエイドリアン。「とてもダイナミックなシルエットだ。停まっていてもダイナミックに見えるでしょう?」。

ドアハンドルをなくしたのも特徴のひとつ。手をかざすことでドアを開けることができるという。

ここで注目したいのが、ベルトラインの低さだ。床下にバッテリーを搭載するBEVは必然的にベルトラインが高くなりがち。それはそれでキャビンをコンパクトに見せ、シルエットをスポーティにする効果があるわけだが、『ビジョン・ノイエ・クラッセ』はベルトラインが非常に低い。実現性はどうだろう? 量産車でもベルトラインをできるだけ低くしたいかを尋ねると、「イエス。グラスエリアが広いほど、ルーミーに感じるものだからね」との答えだった。

ウインドウのグレーのラインから下は電子調光シェードになっているという。

フロントはデュアルキドニーのグリルをワイドに構え、そこにランプを組み込んだ。「グリルからクロームを排除し、光に置き換える」とエイドリアンは語る。なるほどワイドなキドニーグリルは光るラインで囲まれている。さらに「DRLが新しいアイコンになる」とも。『ビジョン・ノイエ・クラッセ』でDRLと思われるのは、斜め二本線で表現されたランプ。量産車はこれとヘッドランプを組み合わせることになるのだろう。

近年のBMWは左右のキドニーを一体に見せることが多かったが、今回は中央にボディ色を挟んで分離。また、2012年の先代3シリーズ以降、キドニーとヘッドランプをつなげるか、切り離すか、車種ごとに手法を分けていたが、どうやら今後はつなげることになりそうだ。

「BMWの歴史を振り返ると、ランプとグリルをひとつのグラフィカルなユニットとしてデザインしていた時期が長い。『ビジョン・ノイエ・クラッセ』も同じだ。ひと目でBMWだとわかってもらえると信じているよ」

i5やiX2は次世代への架け橋

IAAミュンヘンで『ビジョン・ノイエ・クラッセ』を発表したとき、報道によるとエイドリアンは「世代をひとつ飛ばしたようなデザインだ」と語ったという。その主旨をあらためて問うと、「これが量産車になったとき、3シリーズの歴史に照らしていつもより大きなステップを刻んだことに気付いてもらえるだろう。そういう意味で『世代をひとつ飛ばした』と言ったのだ」

コンセプトカーがジャンプするのは当たり前。エイドリアンが意図するデザイン革新の真価は、BEVになる次世代3シリーズが登場して初めてリアルに実感できることになるようだ。

ワールドプレミアとなった新型X2。EVのiX2もラインナップされる。

一方、今回のジャパン・モビリティ・ショーでは新型X2/iX2が世界初披露された。輸入車では唯一のワールドプレミアだ。そのデザインを見ると、少し違う感想が出てくる。

新型X2/iX2のフォルムは他の現行BMW車に比べ、線や面の抑揚を控えていて少しシンプルに見える。『ビジョン・ノイエ・クラッセ』はボンネット中央をえぐり、それを左右のキドニーの間に延ばしているが、この手法は量産車では新型5シリーズ/i5に始まって新型X2/iX2に受け継がれたものだ。

クーペライクなシルエットとプロポーションでスタイリッシュ。

新型5シリーズ/i5や新型X2/iX2は現行モデルと次世代のデザインをつなぐ架け橋の役割も担っているのではないか? エイドリアンがこう答える。

「そうだね。2025年以降、すべての車種が新しいデザイン言語で一新される。しかしあなたが言うように、新しいデザイン言語のいくつかの要素はすでにi5やiX2で示している。それらは2年後も販売しているクルマだからね。『ノイエ・クラッセ』の量産車が登場したときに、人々がi5やiX2とのつながりでデザインを理解してくれることを期待しているよ」

パノラミックビジョンに込めた体験価値

インテリアのデザインも野心的だ。乗員の前にディスプレイを壁のように並べる例が増えつつある昨今だが、BMWはそのトレンドに追従しない。代わりに設けたのが、ウインドシールドの下端部分に、言い換えればインパネ上面の奥に幅一杯に広がるディスプレイだ。これを「パノラミックビジョン」と呼ぶ。

フロントウインドウ幅いっぱいをディスプレイとして活用する「パノラミックビジョン」は2025年から実用化予定している。

「BMWブランドのコアにあるドライビング体験を考えた」と、エイドリアンはその発想の原点を語る。「すべてのBMWはドライビング体験を軸に開発されている。だからドライバーの前にディスプレイの壁など設けたくない。ドライバーには前方の路面にフォーカスしてほしい」

「それに、私たちは15年近くも前からヘッドアップディスプレイを採用しており、お客様に好評だ。それを拡張すべきだと考えて、『パノラミックビジョン』のアイデアに至った。高い位置にあるので、路面にフォーカスしながら瞬時に視線を移しやすい。より良いドライビング体験を提供できるし、ドライバーだけでなく乗員誰もがそれを見ることができる。多くの利点があると思っている」

「パノラミックビジョン」は薄くてワイドなディスプレイ。天地寸法は5cmほどだろうか? それでもそのぶんインパネ上面の高さを抑えなくてはいけない。インパネ内部にはさまざまなユニットが詰め込まれており、高さを下げるのは技術的に容易なことではなさそうだが・・。

「その通りだが、だからこそコピーされにくい。『パノラミックビジョン』を採用するために、エンジニアリングを一から考え直さなくてはいけなかった。それはつまり、同じことを後追いでやるのは非常に難しいということだ。『パノラミックビジョン』はBMWらしいというだけでなく、今後何年も競争のなかで優位に立てるものだと考えている」

「インパネのボリュームを減らしたかった。ドライバーには運転に集中してほしい一方、それ以外の乗員には広々感を感じてほしいからね。その狙いに『パノラミックビジョン』を使った新しいレイアウトが役立った」

ディテールでひとつ気になるのが、垂直方向にスポークを配したステアリングホイールである。ユニークなデザインだが、いったい何のメリットがあるのだろう?

「2つの理由がある。ひとつはステアリング・スイッチの操作性だ。スイッチを従来より少し深いところに置いている。従来のステアリング・スイッチは親指を手前に引いてから操作しなくてはいけないが、これはステアリングを握ったそのままの状態から操作できる。水平方向にスポークがあったら、実現できないことだ」

「もうひとつは、ステアリングホイールの内側から見るディスプレイをなくしたことだ。だからスポークを垂直方向にすることができた。スポーツカーやレースカーではステアリングの頂点に目印を付けることがあるが、垂直のスポークはそれと同じ効果を発揮する。これはBMWらしさとして認識される要素であり、ドライビングの愉しさを強調するものだと考えている」

2025年の次世代3シリーズから始まるBMWの新時代。デザインは大きくジャンプしそうだが、それが見る人・使う人に伝えるブランド価値が揺らぐことはない。そう確信できるインタビューだった。

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著者プロフィール

千葉 匠 近影

千葉 匠

1954年東京生まれ。千葉大学工業意匠学科を卒業し、78〜83年は日産ディーゼル工業でトラック/バスのデザ…