コレが本物の自衛隊カレーだ! 45分以内に200人分のごはんを作る。走行中の炊飯も可能な「野外炊具1号(改)」地味装備シリーズ③【自衛隊新戦力図鑑|陸上自衛隊】

関山演習場(新潟県上越市・妙高市)での日米共同訓練で、演習場調理区画に「野外炊具2号」を展開。そこでのカレーライス。陸自カレーは辛すぎず甘すぎず、旨味とコク重視の具材ゴロゴロタイプ。もちろん、おいしい!
野外炊具(やがいすいぐ)とは文字どおり野外で食事を作るための装備だ。調理設備をトレーラーにセットしてあり、食事を作る地点までは大型トラックなどで牽引して運ぶ「機動キッチン」である。演習場などで温かい食事を隊員に提供するのが目的だが、災害派遣では被災地の避難所などに展開し、温食の提供で避難生活のサポートに利用されることもある。地味だがとても重要な装備を紹介する地味装備シリーズ3回目は「食」の装備をご紹介。

TEXT&PHOTO:貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

早く、美味しく、温かいものを作り出す装備

野外炊具は、1トントレーラーの上に「かまど」6個と万能調理器などを積んでいるもの。
食料品を加熱調理するために必要な「かまど」は、その底部に熱源となるバーナー部を内蔵しており、「かまど」の上には箱形の「鍋」がセットされている。
これで米を炊き、味噌汁を作り、副食も作る。
この装備で炊飯、汁物、焼物、煮物、炒め物、揚げ物など幅広い調理に対応し、約200人分(最大で250人分)の主食と副食を約45分で調理可能なのだというから驚きである。

「野外炊具1号(改)」。トラック等に牽引されて現場へ展開する、走行中でも炊飯が可能。

その驚きの能力は、いわゆるマルチスライサーである万能調理器では、大根おろしなら1時間に約600kgも作る能力があるというからスゴイ!
この基本性能を書いただけで、惚れる。地味な装備シリーズのひとつとして紹介しているが、重要な存在だと思う。

野外炊具には野菜などを切る万能調理器も搭載されている。回転式の丸刃カッターでキュウリの薄切りを大量に作る。
6つのかまどを使い分けることで異なる調理を同時に行なうこともできる。

野外炊具は陸上自衛隊の需品科という職種の装備で、各現場部隊に広く配備され各種の訓練や演習で使われている。現場で温かい料理を作り、隊員の食事を賄うのだ。
また、部隊での運用のみならず災害派遣でも活用され、被災地の避難所などに展開して我々国民に食事を作ってくれることもある。
その場合、基本的に被災現地の自治体が用意した食材を使用して調理を行ない、メニューの考案は自治体が担当するという。

ちなみに自衛隊の装備であると同時に災害時に被災者の生活をサポートできる装備は野外炊具のほかにもある。清水を供給できる浄水セット、救急医療が施せる野外手術セット、仮設風呂の野外入浴セット、全自動洗濯機や乾燥機を備えた野外洗濯セット、そして大小の天幕(テント)などだ。

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飲料水や生活用水が使えなくなることは現代の日本の普段の暮らしではイメージしにくい。しかし、たとえば戦時下や被災時を生き抜いて生活している状況を想像した場合、どうだろうか? かなりシンドイものであるはず。水は人間にとって必要不可欠なもので、最重要の戦略物資でもある。だから自衛隊は自前の浄水装備を持っている。地味だが重要な装備だ。 TEXT&PHOTO:貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

これらの装備は過去の災害救援対応で実績を残しているものだ。
まず、こうした装備の存在を知っておくことは重要だと思うし、知らせることも大事。だから自衛隊も災害対応能力を広報・PRしている。
そうした広報イベントなどではたとえば野外炊具で調理したメニューを「体験喫食」などとして味わうこともできる……と書きながら、そういう機会はコロナ禍で減少しているのが痛い。

野外炊具の特徴はトラックや小型四駆車などで牽引し、必要な場所へ移動できること。なんと、走行しながらの炊飯も可能だという。
この野外炊具は改良が続けられており、歴代モデルの変遷をみると、制御系の自動化、発電機や冷蔵庫、貯水設備など野外調理に必要な各種の補助設備を強化したり、付随させるなどの発展性もみられる。

改良が加えられ、使いやすく

歴代モデルを振り返るとまず、初期型の「野外炊具1号」がある。1960年代に採用された。1号は焼き物以外の調理が可能で、45分以内に200人分の炊事を行なえた。これは歩兵部隊でいう中隊規模の食事を一度に賄う能力があった。
しかし、1号のバーナーは取り扱いの難しい装置だったという。1号のバーナーが使う燃料はガソリンと灯油の混合方式。この混合燃料を圧縮空気で送って燃焼させる。バーナー点火時は、針金の先端にボロ布を巻き付けて灯油に浸し、ライターで着火したものを種火として使った。
次に「かまど」の側面にある送気バルブを微調整しつつ、種火をバーナーに近づけ点火するが、点火性は良くない。

バーナーの燃焼具合を調節している様子。200人分の食事を45分以内に調理する巨大かつパワフルな「かまど」の制御には独自のセッティングやノウハウがある。

なんとか火をおこしてからも空気量と燃料量をつねに微調整しながら調理する必要があったそうだ。まず手間をかけて点火し、調理中も火加減を調整し続けねばならない。これでは面倒くさいし、個体差もあるだろうから、上手く使うには熟練のワザが必要だったようだ。
これを改良したのが今回紹介している「野外炊具1号(改)」になる。
「1号(改)」のバーナー部分には自動点火機構や消火機構、不着火と立ち消え防止機構が追加され、灯油のみを使いスイッチひとつで火が着く。

湯気を上げ炊飯中の「かまど」。この立方体のひとつずつで独立した調理が行なえる。下部にはやはり独立したバーナーがある。イメージはキャンプ道具のストーブ(バーナー)とコッヘル(調理兼用食器)を組み合わせた感じ。

その後の火加減調整の手間も要らず、安定して調理できるようになったという。
これによって調理の幅も広がり、炊飯や汁物のほか、煮る・炒める・揚げる調理が可能で、1号ではできなかった焼き物も可能になった。
さらに、冷凍冷蔵機能や貯水機能、給排水機能なども搭載され総合的な機能性も高まった。

この「1号(改)」の最新版が「1号(22改)」と呼ばれるもので、タイマー装備による自動消火機能の追加など新たな工夫が施されたようだ。陸自の説明文には「平成12年度から調達していた野外炊具(改)の改善型。かまどを本体から分離して使用することができ、トレーラーが運行できない場合や小部隊が分離・独立的に行動する場合の機動的運用ができるようになった」とある。
そして「野外炊具2号」「野外炊具2号(改)」も開発された。この「2号」シリーズは「1号(改)」のトレーラー方式から、かまど部分だけを分離したもの。

「2号」は約45分で50名分の食事を用意できる。ステンレス製の鍋を使用していることから、おそらく鍋の内壁に食材がくっつきやすいのだろう、焼き物や炒め物は苦手のようだ。反面、炊飯と煮物メニューは得意だという。

野外炊具1号で作られた演習場でのメニューの一例。ピリ辛肉野菜炒め、ツナコーンサラダ、白飯と味噌汁。このメニューからも、炒める、煮る、炊く、沸かす、と調理方法が多彩なことがわかる。

筆者は野外炊具で作った料理を何度か食べたことがある。演習場での取材時に事前申し込みをして体験喫食として叶えられた食事や広報イベントでのことだ。野外炊具で炊いた白飯や煮込んだカレー、野菜炒めなど「自衛隊メシ」はどれも美味しかった。
東日本大震災では航空自衛隊松島基地が離島で給食支援を行なうものに同行した。いわゆる炊き出しである。

基地で炊いた白飯と豚汁の食材、炊具など資機材一式を輸送ヘリCH-47JAで運び込み、空自隊員と地元住民が共同で調理して食事を作った。白飯をオニギリにし、豚汁はその場で大量に作った。避難所の炊き出し会場まで来られない住民には届けにも行った。

東日本大震災での救援活動のひとつ。2011年4月2日、宮城県石巻市の青葉中学校に展開した3両の野外炊具。同校の体育館は避難所となっており、自衛隊は多数の人々の食事を毎食、野外炊具で作り続けた。

食事を提供し喫食するだけでなく、温かい食事をみんなで作って食べるという内容が重要なのだった。ちなみに空自隊員は現場で喫食はしなかったが。食事が始まるとストレスで強張っていた皆さんの表情は少し和らいだように見え、温かい食事の持つ力を感じ、これは救援の「ありかた」のひとつだと思った。

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著者プロフィール

貝方士英樹 近影

貝方士英樹

名字は「かいほし」と読む。やや難読名字で、世帯数もごく少数の1964年東京都生まれ。三栄書房(現・三栄…