BEV戦争の勝敗はまだ決まっていない。日本の競争力は極めて高い。欠けているのは挙国一致の思想だけだ

BEVを待つ2024年の危機・後編 補助金なしで一般ユーザーがBEVを選ぶようになるのか

PHOTO:TOYOTA
2024年以降の世界BEV(バッテリー電気自動車)市場はどうなるだろうか。英調査会社・ローモーションによる昨年12月時点の推計では、2023年の販売実績はBEV950万台、PHEV(プラグイン・ハイブリッド車)410万台だった。クルマに「充電プラグを差し込む」という意味で、欧州はBEVとPHEVを充電車(ECV=Electrically Chargeable Vehicle)と呼ぶ。そのなかでBEVだけを見ると、欧州はACEA(欧州自動車工業会)集計でEU+EFTA+イギリスの合計が約202万台、中国はCAAM(中国汽車工業協会)発表で約668万台、米国はオートデータ社推計で約100万台。この3地域だけで合計970万台である。たしかにここまで増えたのだが……。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

BEV販売の伸び率が鈍化 各国の事情

PHOTO:TESLA

2023年のBEV市場は、上記の970万台にカナダ、日本、ASEAN、オーストラリア、インドなどを加え、およそ1000万台と思われる。ただし、各国市場では「前年比」でのBEV販売台数の「伸び率」が鈍ってきた。「今年はさらに伸び率が鈍るだろう。しかし、販売台数は前年比マイナスにはならない」との見方が多い。どれくらい伸びるか。200万台か、250万台か……。

伸び率が鈍ってきた最大の原因のひとつは、すでにBEVが欧州では「新しモノ好き」に行き渡ったことだろう。補助金などなくてもBEV買う。いちばん新しいクルマに乗りたい。そういう層はすでにBEVを買った。しかし「補助金で身近な値段になるBEVがあれば欲しい」という層にはBEVが行き渡っていない。なぜなら、欧州ではほとんどのBEVが3万ユーロ(1ユーロ=160円換算で480万円)以上だからだ。

米国ではテスラの勢いがなくなってきた。ことしから米国はIRA(インフレ抑制法)に定められた規定が施行され、中国からLFP(リン酸鉄)電池を調達している「モデル3」の一部仕様は連邦補助金(米国の所得税は確定申告なので、正確には補助金ではなく税控除)の対象外になった。GMとフォードもBEVモデルのうち3分の2が補助金対象から外れた。この影響は今後大きくなる。

これとは正反対に、中国では日本の軽自動車に相当する「AA級」というカテゴリーからICE(内燃機関)車が消え、すべてBEVになった。中国のBEV販売台数はAA級が土台を担っている。ガソリンスタンドのない居住地はまだあるが、電気が届けられていない居住地はほとんどない。それに中国は「石炭は人民のもの」「電力も人民のもの」だから、電気料金を払っている世帯がどれくらいあるかわからない。中国ではすでにECV補助金が打ち切られたが、電気代タダならBEVはガソリン車よりもTCO(トータル・コスト・オブ・オーナーシップ=総維持費)が安い。

昨年の中国での電池出荷統計を調べると、LIB(リチウムイオン2次電池)に占めるLFP(リン酸鉄)系の比率は約65%まで上昇した。日欧米のOEMが好んで使う高性能NMC(ニッケル/マンガン/コバルト)系は高額BEVで使われる。電池もBEVも2極分化が進んだ。AA級はほぼ全車がLFP搭載。だから市販価格が安い。ただし、AA級のBEVが売れまくっているOEM(自動車メーカー)が、このクラスの安価な商品から利益を得られていない。豊作貧乏という点が今後、OEMの経営にどう影響するか。

欧州では補助金廃止の動きが広がるだろう。ドイツ政府はBEV補助金をやめて発電への投資に切り替えた。EUでも米国でも、いつかはBEV補助金は廃止される。補助金は税の再配分であり、財源は無尽蔵ではない。それがいつなのか、補助金を支給しなくても一般ユーザーがBEVを選ぶようになるのか、ここは見極めが難しい。

選挙の年、アメリカ大統領選挙、EV議会選挙の行方

もうひとつ、選挙の行方がある。米国では大統領選挙があり、欧州ではEU議会の選挙がある。昨年3月、ドイツはCN燃料としてe-Fuel(再エネ電力で得た水素と大気中から回収したCO₂から作る合成燃料)を認めるようEU委員会に働きかけるためイタリア、チェコ共和国、ポーランドなどと同盟を組み、結局はEU側が折れてe-Fuelを認めた。折れた理由は「労組の支持を失うことへの危機感」や「2024年のEU議会選挙」だった。

OEM側の課題もある。最大のものはBEV価格だ。いまEU内では「販売価格2.5万ユーロ以下のBEV」が求められている。中国でAA級BEVが販売台数増に大きく貢献したように、EUでも「補助金を入れると2万ユーロを切る」価格帯のBEV投入が普及促進へのカギを握っている。

そのため、EU内のOEMは労働コストが安い東欧圏で安価なBEVを生産しようとしている。ハンガリーやチェコへの車両工場および電池工場建設が始まっている。しかし、いままで車両生産を担ってきた地域からは当然、反発が起きる。あちこちで労組は「国外へのBEV生産移転反対」の運動を始めた。

その一方でEU委は、中国製BEVの輸入阻止という動きを見せている。中国のOEMや電池メーカーへの補助金調査はどこかで打ち切られ、中国製BEVの輸入関税を引き上げるだろう。EU内に本拠を置くOEMは、中国の合弁会社で生産した自社ブランドのBEVを輸入し、その販売実績でCO₂クレジットを獲得してきたが、これは難しくなる。

すでにフランスは動いた。中国生産のダチア・ブランド(ルノーのルーマニア子会社)BEVである「スプリング」は、2023年1~10月の欧州内販売台数は約4.9万台であり、これはテスラの上海工場製「モデル3」の6.4万台、上海汽車製「MG4」の5.2万台に次ぐ台数だ。この3モデルとも、フランスでの補助金を受けられなくなった。

フランスのマクロン大統領は、この政策を「国内産業の保護」と説明している。ルノーとプジョー/シトロエン(ステランティス)の利益を守るための策であり、同時にこれは中国製排除ではなく「製造から輸送までのCO₂排出量を計算した結果の環境保護策だ」と言っている。

ダチア・スプリング

しかし、ルノーは中国製ダチア「スプリング」の輸入が難しくなる。「スプリング」は補助金を加えれば1.5万ユーロで買えたが、関税率が引き上げられ補助金対象でもなくなった「スプリング」は価格競争力を失う。いっぽうプジョー/シトロエンは東欧圏でBEVを生産する計画だが、これは「フランス国内からの生産流出」であり、労組は反対している。そして、ステランティス幹部は「東欧で小型BEVを生産しても、EU内で2.5万ユーロの価格設定にすることは極めて難しい」と公言している。

米国では、中国製LIBを積んだBEVはIRAによる7,500ドルの税控除対象外であり、電池生産は韓国と日本の企業に頼らなければならない。米国にも電池メーカーはあるが、有望なスタートアップの1社であるONE(アワ・ネクスト・エナジー)は事業規模縮小を発表した。フォードは完全中国資本ではないCATL(寧徳時代新能源科技)の協力を得て米国内での電池生産を始める予定だが、工場建設計画は遅れている。

それと大統領選挙である。おそらくバイデン対トランプになるだろう。トランプが勝てばBEV普及の減速は間違いない。バイデンが勝つにはUAW(全米自動車労組)など巨大な組織票を動かせる団体の支持が必須であり、現時点でUAWはバイデン支持を表明している。したがって、政策として「BEV推進」は言い出しにくい。それ以上にIRAによるサプライチェーン問題が国内のBEV生産を押し下げる要因になるだろう。

中国はPHEVが伸張する

中国ではPHEVの販売台数が伸びている。PHEVもNEV(新エネルギー車)であり、中国政府が推奨するカテゴリーだ。BYDは、自社開発した正味熱効率43%という高効率ICE(内燃機関)に電動モーターを組み合わせたPHEVを2022年に投入し、これがヒットした。以降、中国市場の中間価格帯ではPHEVが売れており、2023年は280万台のPHEVが売れた。BEVの668万台に比べれば半分以下だが、販売伸び率はBEVの3倍以上だった。

2023年の世界ECV販売台数は1400万台強と予想される。2024年の中市場国は、まだまだPHEVがまだ伸びるだろう。低価格帯向けのPHEV開発がいまや佳境だ。米国のBEVは前年比マイナスになる可能性がある。欧州が中国製BEVの排除へと動いたら、2023年実績以上のBEV販売台数になるかどうかに疑問符が付く。欧州経済はけして順調ではなく、エネルギー事情はウクライナ戦争で悪化したままだ。

EUも米国も、BEVは「普及ありき」である。EUはCO₂規制でOEMを縛り、同時に「BEVなら無条件でCO₂ゼロ」というインセンティブを与えている。これは完全にアメとムチである。米国はIRAという中国排除を狙った法律で国内に電池産業を興そうとしている。

中国は2017年からNEV規制を敷き、今年で8年目に入った。しかし、NEVだけを推奨しているのではなく、2035年時点でも「HEV(ハイブリッド車)など燃費の良いICE車」が全体の半数を占めると想定し、ICE搭載車の燃費改善を奨励している。欧米よりはるかに柔軟な発想であり、選挙で落ちる心配のない為政者が支配する一党独裁国家は、きちんとした技術論に裏付けされた政策を展開するには最適の政治体制ともいえる。

BYDオートはハンガリーへの車両工場建設を発表した。ハンガリー政府は大歓迎であり補助金を出すと言っている。EU委やEU議会はこれを却下するわけにはいかない。BEV普及はCO₂排出抑制をねらった「フィット・フォー55」政策の目玉であるだけに、EUとしては外資OEMがEU域内に車両工場を建設する動きに反対はできない。

しかし、中国OEMが進出してくれば在欧OEMとの間での販売競争になる。在欧OEMはドイツ、フランス、イタリアの生産台数を減らし、賃金の安い東欧に生産拠点を移したいが、当然ながら移転元となる車両工場の地元では反対運動が起きる。そもそもEU委は「再び強い欧州を」という産業活性化策としてBEV普及政策を打ち出したのだから、東欧圏への生産移管も歓迎しなければならない。

こうした事情から判断すると、2023年の世界BEV市場は、増えても1180万台止まりではないかと思う。前年比18%増である。20%増に届かないだろう。そして、10年後の2034年でもBEV比率は全体市場の40%がせいぜいだろうと予測する。

2030年代に向けて日本のOEMは何をすべきか

では、2030年代に向けて日本のOEMは何をすべきか。筆者はAまたはBセグメントの安価なBEVの開発と、Bセグメント以上Dセグメントまでの広い車両重量に対応できるHEV・PHEVのための高効率モジュラー設計ICE開発が2本柱だと考える。ICEはいわゆるDHE(デディケーテッド・ハイブリッド・エンジン=ハイブリッド車専用エンジン)であり、排気量は1.5L3気筒と2.0L4気筒でいい。単気筒500ccを標準とし、あとはターボ過給や電動モーターの出力および制御で車両重量に適合させればいい。

日本のOEMは緊縮財政の開発を続けてきた。責任の一端は政府にある。2008年9月のリーマンショックからの立ち直りが遅れたことは、欧米中の財政出動規模と日本のそれとをGDP比例で比較してみれば一目瞭然だ。企業も政府の緊縮財政に引っ張られた。せっかく開発した何車種もの新型車がリーマンショックで消えた。そのあと、やっと立ち直りが見えてきたかと思われた矢先、東日本大震災に見舞われた。

取材を通じて私が見てきた日本のOEMでの技術開発と製品開発は、2009年以降はまったくもって「緊縮」だった。昔は「装備のいい日本車」だったが、いまは見る影もない。「お金を遣うことは悪」というムードさえ感じられた。ただし、まだ勝敗は決まっていない。日本は負けてなどいない。お金を遣わなかったぶん、損失で言えば少ないほうだ。これは偶然か、天佑か……

欧州のOEMはBEVへの先行投資を続けた結果、資金も人材も分散してしまった。中国は国内3000万台市場を守れれば生きて行けるが、技術面で独立できているOEMはほんの一部にすぎない。そこに昨今の不況である。米国では、テスラ以外のOEMはBEV開発で急速に欧州をキャッチアップしたが、利益を得るにはほど遠い状況だ。テスラは自ら掘った「価格競争」という穴にハマってしまった。価格戦術がまるで一貫していない。欧米中も、日本と同様に苦しい。事情が多少違うだけであり、苦しいには変わりない。

日本は、素材も電池も部品も、裾野が広く人材も分厚い。自動車を支える産業は健在だ。競争力は極めて高い。欠けているのは挙国一致の思想だけだ。OEMを頂点としたピラミッド構造が自動車産業なのではない。OEMが自動車産業のコンセプトを考え、提案し、関連産業に「上から目線」ではない姿勢でリスペクトを込めて協力を請えば、日本の自動車産業はリスタートできる。

個人的には、ピラミッドではなく正12面体、ひとつの面内だけでなく全体でもフラクタル構造のような産業構造に組み変えればいいと考えている。自動車はその1面であり、金属素材、非金属素材、機械部品、電子部品、工作機械、資源開発、エネルギー、ソフトウェア……とつながった構造だ。作り替える必要はなく組み替えるだけでいい。

要は経営者が気持ちを切り替えるだけだ。実に簡単なことではないだろうか。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…