スーパーGTの熱きバトルを安全面からがっちり支えるGT専門レスキューチーム「FRO」ってナニ!?

スーパーGTにはクラッシュやアクシデントでレースカーが停まってしまった場合、いち早く現場に駆けつけて車両の移動やドライバーの救出などを行なう専門チーム「FRO」が存在する。そんな彼らの役割とは? 直面する課題とは? また、レース界がスポーツとして認識すべき「安全意識」について、現役FROメンバーの松本和之さんに伺った。 

激しいバトルとともに大クラッシュのリスクも

近年、国内で開催されているモータースポーツイベントのなかでも絶大な人気を誇るスーパーGT。自動車メーカーが開発するワークスマシンがしのぎをけずるGT500クラス、そして多様多様なマシンが戦うGT300クラス、総勢50台以上がコース上のあらゆる場所で激しいバトルを繰り広げる迫力満点のレースだ。
5月3日~4日に富士スピードウェイで開催されたスーパーGT第2戦は、GT500クラスはニッサンZのワンツー、GT300クラスはJLOC Lamborghini GT3がポールtoウインを飾り、土日でのべ8万人以上集まった観客で大変な盛り上がりを見せた。
一方、今回こそ大きなクラッシュが発生しない無事なレースとなったが、ここ数年、国内レースでは大きなクラッシュが相次ぎ、レースの安全性について各方面で議論されている。そうした場面をサーキットで、またテレビ中継などで目にした方は、クラッシュなどでストップしてしまった車両にいち早く駆け付けるオフィシャルの存在が気になっている方もいるのではないだろうか。
インシデントの大小はともかく、そうしたオフィシャルの迅速な対応によりコースの安全が維持され、レースの停滞時間が限りなく少なくなるように対応するオフィシャルは、もっと脚光を浴びるべきではないか。
ということで今回は、レースの安全を守り、円滑なレース進行を最前線で司るオフィシャル、なかでも「FRO」と呼ばれるスーパーGTの専門チームについてご紹介したい。

レースのスタート進行中のワンシーン。スターティンググリッドでは大観衆とともにグリッドウォークが行われるなか、フォーメーションラップに備えて最後尾に整列するFRO車両。車種は、先頭から日産パトロール、スバル・アウトバック、トヨタ・ランドクルーザー

First Rescue Operationの頭文字を取って「FRO」

FROとはファースト・レスキュー・オペレーション(FIRST RESCUE OPERATION)の頭文字を取った略称だ。その役割は、クラッシュやコースアウトして走行不能となったレース車両にいち早く駆け付け、サーキットのオフィシャルと協力しながら車両を安全な場所に移動したり、初期消火活動を行なったり、緊急性がある場合はドライバーの救出も行なう。スーパーGTを統括するGTアソシエイションが組織する専門チームだ。
今回、FROのレスキューとして活躍する松本和之さんに、FROの活動について話を伺った。松本さんはFROの活動を行って9年になる中堅スタッフだ。

セッション中、3台のFROはコースの各所に配置される。日産パトロール隊はピットレーン出口で待機する

ドライバーやチームそして運営側の「安全」に対するルール意識がもっと高まってほしい

本題に入る前に、まずはレスキューの最前線で活動する松本さんに「モータースポーツの安全」の今はどう映っているのかお聞きした。

「昔だったら、サーキットでクラッシュして頭をしこたま打ってしまっていても、メカニックに迷惑をかけてしまうのが申し訳なくて、『少なくとも30分ベッドに横になって脳震盪の経過観察』といった、今では必須の対応は行なっていませんでしたね。こんなの気合で乗り切る!みたいな。むしろ、そうした常識について誰も知らなかったのかもしれません」
と、自身の経験も交えて語る松本さん。

しかし、スポーツの世界では、安全面について世界基準でのルール化が急速に行なわれている。たとえば頭に強い衝撃を受けた選手に対しては、一旦フィールドの外に出して経過観察することを義務付けたり、脳震盪の症状が見られた場合はその試合だけではなく次戦の出場が停止されるといったことが『ルール』として明文化されている。ラグビーやサッカーといったコンタクトスポーツは、特にそうしたルールが常識となっている。
スーパーGTとFIA-F4、さらにスーパーフォーミュラやスーパーフォーミュラライツといった国内の各主要カテゴリーでは、クラッシュがあった際にドライバーが受けたGが一定値を上回っていないかを確認する「Gセンサー」がマシンに搭載されている。EUの交通事故の文献などを参照に、15Gを超えた際にはドライバーは自力で降車せず、ドクターの指示を待ち(火災などは除く)場合によっては全身固定でメディカルセンターへ搬送する。「モータースポーツは、脳震盪とともに熱中症のリスクも高い。モータースポーツがスポーツである以上、スポーツとしてドライバーの安全に対する認識をもっと高めてほしいし、運営組織としても、もっとそのルールに積極的に対応していく必要性がある」と感じているという。

Gセンサーが装備されているカテゴリーの車両ながら、スポーツ走行などにおいてGセンサー反応のあるクラッシュが発生しつつも、従来の慣習でクラッシュ直後の「見た目」で「大丈夫」とドライバーをピットへ戻してしまったが、その後に体調悪化を訴えるなどの事例もあるといい、「ルール無視」が命にかかわる悪しき対応であるということを、選手に対して、また、時にはサーキット派遣のドクターとも認識を合わせているそうだ。
「ドライバーミーティングに出席させていただく場合は、選手たちに対して自分たちはスポーツに関わっており、スポーツのルールの中で走行していることを強く認識してもらうように努力しています」
と松本さん。もしクラッシュで大きなGを受けてしまった場合は、最低限30分以上の経過観察を行なうことを徹底するよう呼び掛けているそうだ。

FRO車両のなかでも筆者的に心惹かれるのが日産パトロール。

場合によってはドクターと協力してレスキューが選手の救出を行う

では、レース中にFROは具体的にどのような活動を行なっているのだろうか?
「FROは、スーパーGTシリーズを統括するGTアソシエイションから業務の依頼を受けて活動しています。ドクター、レスキュー、ドライバーという3系統のメンバーから構成され、ドクターは文字通り選手がクラッシュなどで怪我を負った場合にいち早く症状の確認を行い、場合によっては、治療、さらには救命救急も行ないます」と松本さん。
松本さん自身がレスキューとしての任務に就いたきっかけは、もてぎで10年以上レスキューオフィシャルとして活動を行ってきた。そうした流れでGTアソシエイション側から声がかかり現在に至る。

レスキューの業務は「コース外のグラベル(砂利の路面)にストップしてしまい、脱出できなくなったレース車両に即座に駆け付け、FROのクルマで引っ張り出して安全な場所に回収する業務」
そして、「マシン同士、またはコース施設に接触して破損し自走できなくなったマシンを適正に回収し、安全な場所に移動する業務」ということになる。マシンが他のクルマやタイヤバリアなどに接触している場合はドライバーの身体に影響がある可能性があり、そこからはドクターの仕事となる。ドクターはドライバーの状態や症状の確認や、Gセンサーが反応しているかといった点をチェックする。ドライバーはドクター、クルマや施設の破損はレスキューという分担だ。
ただし、ドライバーを救出する緊急の必要性がある場合はレスキューが関与する。

フォーメーションラップ中、最後尾で隊列を追尾する3台のFRO車両

マシンの構造や特徴に関する知識を高める必要も

マシンの構造や性能は日々進化し、変化していく。そうした知識やオペレーション方法に対する研究も重要だ。
「今のGTマシンはルーフにピンがついていてクレーンで釣り上げやすくなりましたが、マシンによってはホイール4点で釣り上げるような場合もあります。では、クラッシュの影響でホイールがひとつちぎれていたらどうすれば良いのか、ボンネットを開けてフレームにロープをかけるべきなのか。エンジンブローして炎上しているマシンはボンネットを開けて消火する必要がありますが、ボンネットの開け方もマシンによってそれぞれ違います。実際に現場でマシンを観察したり、チームに質問するなどの研究を行なっています。実際、GT300のマシンは車種が多岐にわたり構造がバラバラなので、ドアの外し方にしてもさまざま。また、ドライバーがコックピットに乗っている状態の写真は重要で、無線ケーブルなどの取り回し方法はどうなっているのか?といったことをよ~く見て研究しています。救出が必要な場面ではドライバーの身体に装着されているデバイスを外す必要がありますが、緊急であるとはいえそうした装備を壊したくないという意識もあるので気を遣ってます」と松本さん。
日々レースカーに興味を持ち、AUTOSPORT誌を読んで勉強していると笑う。

今回お話を伺った松本和之さん(左)。かつてはハイパーレブやレブスピードといった自動車専門誌の編集部員として活躍しながらレース活動やレースのオフィシャル活動を行なっていた。そうした活動がFROのレスキュー活動に結び付いた。今回ペアを組んだのはドクターの林達夫さん(右)。「若いころは筑波大学の自動車部でモータースポーツをさんざんやって、今はこうしてサーキットに帰ってきてモータースポーツを支えています」と笑う

FROの現状と課題

「FROは、ドライバー3名、レスキュー3名、ドクター3名というチームで構成され、スーパーGTのすべてのラウンドで活動しています。でも、どうしても病欠などで全員が全戦に帯同できないことがあります。また、次の世代の育成が急務であるという認識もあり、FROの人員を増やす方向で調整しています。同時に、後進の育成が最重要」だと考える松本さん。
それでは、どうすればFROのメンバーになってレースの安全に貢献できるのだろうか?
「レスキューの場合、レスキューの資格というものはありません。いっぽう、誰でもなれるというわけではなく、まずは少なくとも各サーキットでオフィシャルの活動をしっかりやっていただきたいですね。サーキットのオフィシャル業務はいろいろありますが、なんでもできるようでないとFROのレスキュー活動は難しいと思います。そして、きちんとコミュニケーションがとれることも大切です。JAFの審判資格や競技ライセンスについては、必ずしも所持している必要はありませんが、活動するうえでのひとつの目安にはなるので、取得されていることが望ましいですね」という。
まずは各サーキットを支える活動を続けること、そしてある程度の経験を積んだのちに、スーパーGT開催サーキットの方に相談してみたり、チャンスがあればFROの方に話しを聞いてみるといったことからトライしてみるのがよいだろう。

グリッドウォークで出会ったFROドクターの紙谷孝則さんは、福岡県の救命救急医だ。WRC日本ラウンド「ラリージャパン」でも医療スタッフとして活躍する

FROと各サーキットのオフィシャルさんとの連携も重要

レースシーンでの大クラッシュはできれば見たくないが、どうしても起きてしまうのがモータースポーツだ。2023年シーズンはそんなシーンが多かったが、松本さんはそうした場面で最初に救出に駆け付けたレスキューのひとりだ。その際、マシンから燃料が漏れている可能性を感じた場面もあったという。仮にマシンが出火してしまった場合、当然1秒でも早いドライバーの救出が必要となる。セオリーではドライバーの怪我の有無や怪我のレベルの確認が最重要ではあるが、出火するかしないかという場面では、無理やりにでもドライバーをマシンから引っ張り出さなければならない場合もある。松本さんは昨年、火災のリスクを感じるような場面で、そうした行動に出るか否かの瞬時の判断を行なう重要性を思い知らされたという。

また、先にも述べたが、車種が多様であるカテゴリーにおいて迅速なレスキュー活動を行なうためには、マシンの構造に関する専門的知識が重要だ。シーズンを通して活動するFROは、必然的にスーパーGT参戦車両に関する専門的かつ最新知識が蓄積されることになり、そうした知見を協働する各サーキットのオフィシャルに補完していくこともFROとしての重要な役割だと松本さんは考える。
「我々FROも各サーキット所属のオフィシャルの皆さんも、同じレース好きでクルマ好き。お互いが知識や経験を補いながら、より安全なレースの運営を行なっていきたいですね」と松本さんは最後に語ってくれた。
サーキットに観戦に行きFROのマシンを目にした際は、ぜひ彼らの活動にもご注目いただきたい。できれば彼らが活躍するシーンがないことが理想ではあるが、そんなシーンを見かけたら、そっと応援していただけると嬉しい限りだ。

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著者プロフィール

渡辺 文緒 近影

渡辺 文緒

渡辺文緒
1970年東京生まれ。1996年にオートスポーツ編集部、その後、オプション編集部、 F1速報誌AS+F編…