目次
旧車趣味の極致?ハマれば終わり?廉価グレードマニアの世界
「病膏肓に入る」という言葉がある。重篤なマニアになると、旧車ミーティングにトヨタ2000GTやハコスカ、ケンメリ、S30型フェアレディZのような旧車界のスターダムに君臨する「名車」がエントリーしているのを見ても「そりゃあ、旧車イベントだもの。あって然るべきだよね」くらいな感想しかもはや出ず、メジャーな車種は却って反応が薄くなってしまうもの。それら車種の熱狂的なファンというのならともかく、過去のイベントや自動車博物館で散々見てきているのだからこれは仕方がない話ではある。
では、そんな擦れっ枯らしの旧車マニアがどんなクルマに反応するかと言えば、不人気国産旧車やマイナー外国車(旧共産圏のクルマや南米やアジア、中東、南アフリカあたりのライセンス生産車にまで興味を持ち出したら旧車廃人一直線だ)、商用車、軍用車と、お世辞にも世間様から「良いご趣味をされていますね」とは言われないマニアックかつディープな車種となる。そんな常人には理解し難い旧車趣味のひとつに廉価グレードマニアが存在する。上級グレードには目もくれず廉価グレードにひたすら萌える変態のことだ。
先程は人気のあるメジャーな旧車の代表としてハコスカやケンメリの名を挙げたが、これらを例にすると、ダントツで人気が高いのはもちろんGT-Rだ。続いて2.0L直列6気筒エンジンを搭載するGTシリーズが続くことになるだろう。人気があるということは残存数も多く、旧車ミーティングではエントリー車の常連となっている。
しかし、当時販売台数の多かった1.5Lや1.8L直列4気筒の心臓を持つデラックスやスタンダード、GLは長い間クルマ好きから半ば忘れ去られていたグレードということもあり、すっかり使い潰されて、今ではGT系よりも見かける機会が少ないほどだ。そうしたことからコアな旧車マニアはその希少性故に廉価グレードを珍重し、愛好の対象とするわけだ。
これがさらに病が深くなると、セドリック/グロリアやクラウンなどの高級車の最廉価グレードや商用モデルあたりにハマるようになり、「やっぱセド/グロやクラウンは丸目四灯だよ」とか「タクシー仕様のメッキバンパーが最高」「高級車はビニールレザーこそ至高である」などとほざくようになって、『高速有鉛デラックス』(内外出版社刊)を毎号欠かさず購入し、ページの端から端まで食い入るように読むようになる。こうなるともうほとんど病気。手の施しようのない末期症状だ。
筆者はそのような国産旧車の冥府魔道に堕ちたわけではないのだが、この底なし沼に首までズブズブと漬かった友人・知人から多少は影響は受けているようで、気づけばミーティング会場ではメジャーな車種の廉価グレードを見かけると、上級グレードそっちのけで写真を撮りまくるようになってしまった。子供の頃に親から言われた「付き合う友達は選べ」との言葉が今更ながら身に染みる。
RS系やGT系ばかりがR30スカイラインじゃない!
6代目スカイラインの廉価グレード1800TIを知っているか?
今回、筆者が『第12回KAZOクラシックカーフェスタ』で出会ったのが、六代目スカイライン(R30型)だった。CMキャラクターにハリウッド男優のポール・ニューマンを起用したことから「ニューマン」、あるいは形式番号から「R30」と呼ばれるあのモデルだ。一般的には『西部警察』の特捜パトカーになったスカイラインと言えば通りが良いだろう。
このイベントには六代目スカイラインが3台並んでエントリーしていた。うち2台は特徴的なフロントマスクから「鉄仮面」の異名を持つRS後期型で、フロントバンパーの左側のエアダムにインテークを持ち、ボディサイドに「4VALVE DOHC RS-TURBO」の文字が踊ることからFJ20型2.0L直列4気筒DOHCターボにインタークーラーを追加した「ターボC」と呼ばれるモデルだとわかる。しかし、筆者が興味を持ったのは、その隣りにあるおとなしいルックスの4ドア・スカイラインのほうだった。
このスカイラインをよくよく見れば、フロントグリルやフロントフェンダーのバッジ類はRS系やGT系の赤バッジではなく青いバッジが装着されており、さらにリヤに回れば伝統の丸目テールではなく、直線基調の四角いコンビランプが備わるなど、細部の意匠はRS系やGT系とはだいぶ異なる。
スカイラインファンならこうした特徴から察しが付くだろう。要するにこのクルマ、4気筒シングルカムエンジンを搭載した廉価グレードの1800TI(ツーリング・インターナショナル)だ。ただし、トランクにはGrand Hi-Saloon Xのオーナメントが誇らしげに装着されていることからもわかる通り、通常のカタログモデルのTIではなく、モデル末期の1985年に販売された特別仕様車なのである。
1800TIをベースにファミリーユースを前提として
コンフォート性能を充実させた特別仕様車
通常の1800TIとの差は、エアコン、高級ブロンズガラス、高級モケット地シート、パワーステアリングなどを標準仕様としており、その上で販売価格を139.8万円(MT車の価格)に抑えている。他にもエアコンのみを標準仕様としたハイサルーン(123万円/MT車の価格)、エアコンの他にブロンズガラスを備えたグランド・ハイサルーン(129.8万円/MT車の価格)の設定もあった。つまる所はモデル末期の廉価グレードに上級グレード向けの装備を組み合わせつつ、販売価格を抑えた在庫セール車ということになるのだろう。
実際、スカイラインを名乗っているが、TIシリーズには走りのイメージは薄く、当時もファミリーユースで使う一般ユーザーが主な購買層であった。シャシーやボディの基本構造は上級グレードのRS系やGT系と共通となるが、そのメカニズムは別物で、エンジンは経済性と実用性を重視したCA18Eを搭載し、最高出力は100ps(グロス)と当時の中型セダンとしては、可もなく不可もないという性能であった。
また、足まわりは上級グレードが採用していた路面追随性に優れた四輪独立懸架ではなく、リアにはコストと耐久性に優れた4リンクリジットを採用していた。ブレーキは前輪はディスクだが、後輪はドラムとなり、タイヤ&ホイールは純正のスチールホイール+ホイールキャップに185/70R14(工場出荷時のサイズは6.45-14)が組み合わされていた。
標準サイズよりも太めを好むスカイラインオーナーが多い中、このクルマは細めのタイヤを履いていることもあって、外観から受ける印象はごくごく普通のファミリーカーというものであった。
R30型をあまねく愛するオーナーが日常の足として選んだ廉価グレード
オーナーの渋澤弘一さんに話を聞くと、このクルマを購入したのは今から6年前の2018年9月のこと。六代目スカイラインのファンである渋澤さんは趣味車として2ドアの鉄仮面を所有しているが、それとは別に普段遣いのゲタ車を探していたところ、たまたま車両価格49万円という捨て値でこのクルマが中古車店に並んでいるのを見つけたという。
冷やかし半分で現車を見に行ってみると、ワンオーナー車らしくコンディションは抜群に良かった。すると、対応した中古車店の店員は「他にも3人の方が購入を考えていますよ。早く決断しないと売れてしまいます」とお馴染みのセールストークを繰り出しつつ契約を迫ってきたという。中古車店の常套手段だとは知りつつも、実車を見てコンディションの良さに゙心を奪われた渋澤さんはその場で購入を即決。こうしてこの1800TIは彼の愛車となった。以来、渋澤さんは適切なメンテを施しながら、このクルマを足として使っているという。
「世界的な旧車ブームでRSやGTはもちろん、TIの価格もかなり高くなっています。今だったら販売価格は150万円前後くらいになるのではないでしょうか。そうした意味ではちょうどよいタイミングでこのクルマで購入できたのは本当に幸運でした」
そう語る渋澤さんは六代目スカイラインのファンであって、けっして廉価グレードマニアではない。どうやら彼の興味の対象は、RS系やGT系などのスポーツグレードだけに限るものではなく、R30型スカイライン全般に及ぶようだ。
そこで「程度の良い5ドアハッチバックやライトバンの中古車が、売り出されているを見つけたらどうします?」と聞くと「もちろん販売価格にもよりますが、保管場所が確保できるようならぜひ欲しいですね」と笑顔で語る。そんなR30愛の強い彼だからこそ1800TIの魅力に気づき、購入を即決できたとも言えるだろう。
4気筒スカイラインこそ保守本流?ユーザーを広げ、販売台数を支えた功労車
率直に言って1800TIのような廉価グレードのスカイラインの一般的な評価は「肉抜きのカレー」のようなイマイチパッとしないものだ。だが、腕のあるインド人シェフがダール(豆)カレーを作れば、誰の舌も満足させ、食通をも唸らせる立派な料理となる。クルマとて同じことで、廉価グレードと言ってもそこはスカイライン。エンジンや足まわりがコストダウンされていてもクルマとしての素性の良さに変わりはない。
それに廉価グレードのスカイラインはヘンな気負いがなく、涼し気なところにむしろ好感が持てる。1964年の第2回日本GPでのポルシェ904との死闘やハコスカの国内レース50勝……虚実綯い交ぜの伝説がスカイラインにはつきまとうが、もともとシリーズの出発点は誰でも運転が楽しめ、庶民でも手が届く高性能なドライバーズセダンであった。そうした意味では1800TIのようなクルマこそスカイラインの保守本流、基本であるとは言えまいか。
ところが、GT-Rに代表されるスポーツモデルの台頭によって、いつの間にかスカイラインは「セダンの形をしたスポーツカー」と見なされるようになり「走り屋御用達」「マニアのためのクルマ」とのイメージから一般ユーザーを遠ざけてしまった感がある。
もう10年くらい前になるが、筆者は雑誌の仕事でR33、R34の開発主管を務めた渡邉衡三さんにインタビューを申し込んだことがあった。そのときに筆者は「第2世代のGT-Rが登場して以降、スカイラインはGT-Rのイメージばかりが先行して、販売のボリュームゾーンとなるはずのベース車のイメージが希薄化してしまった。これでは販売が低迷するのも当然のこと。その点を開発責任者であった渡辺さんはどのように考えているのか?」と質問したことがある。すると、彼は一瞬ギロリと鋭い眼光で筆者を睨んだあと、暫し沈黙してから絞り出すように「たしかにご指摘の事実はあると思います。GT-Rに引きづられて、ベースとなるスカイラインの魅力をしっかりアピールできなかった責任は、R33やR34の開発主管を務めた私にもあります」と述べた。その時のことは今でも印象に残っている。
実際、スカイラインはファンからの要望に応えるように、モデルチェンジの度にスポーツ性能を高めて行くのだが、それとは裏腹に販売台数は四代目(C110型)の通称”ケンメリ”を頂点として上向くこととはなかった。そして、九代目のR33型でGTグレードのみの展開となり、十一代目のV35型でスカイラインはそのコンセプトをガラリと変えて高級路線に舵を切った。結論から言うと、ニッチな方向に進化を続けたことで、スカイラインは大多数のユーザーから縁遠いクルマになってしまった。それが成功だったのか、失敗だったのかは、現在のスカイラインの国内販売実績を見れば明らかだろう。
スカイラインの黄金期だった昭和の時代は、幅広いユーザーに対応するため豊富なラインナップを揃えていた。その中でも1800TIのような廉価グレードは、スカイライン全体の販売台数を下支えをしていたわけで、地味ながらも欠かすことはできない存在だったのだ。将来のスカイラインはどのような姿になるかはわからないが、いたずらに高性能や高級化を目指すばかりではなく、間口を広く取ることで多くのユーザーが選びやすくすることも必要だと思うのだ。そうでなければ国内におけるスカイラインの復権は望めないのではないか。