壊れかけのドイツ自動車産業・その3 だからメルセデス・ベンツもBMWも風邪をひいた

VW(フォルクスワーゲン)は去る03月05日、2027年に発売する小型BEV(バッテリー電気自動車)のコンセプトモデル「ID.エブリワン(Every 1)」を発表した。2026年発売予定の「ID.2オール」が車両価格2万5000ユーロからの価格設定であるのに対し「エブリワン」は2万ユーロから。両車ともに現在の「ID.3」「ID.4」など後輪駆動ベースの電動車専用プラットフォームMEBではなく、前輪駆動ベースの新しいMEBを使う。販売台数も利益も落ち込んだVWの反撃が始まる。ただし、この2車種をドイツ国内で生産するかどうかについては発表されなかった。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

EU委員会は一度決めた目標は撤回しない

VW「エブリワン」発表の2日前、EU(欧州連合)の中枢であるEU委員会は2035年までに欧州連合で販売されるすべての新車乗用車とバンのCO2(二酸化炭素)排出量をゼロにするという現在の目標を「堅持する」と発表した。一度決めた目標は撤回しないということだ。同時に「OEM(自動車メーカー)やサプライヤー(部品メーカー)とは連携する」とコメントした。

この発表はEU委員会とACEA(欧州自動車工業会)およびCLEPA(欧州自動車部品協会)の会合のあとで行なわれた。発表文の内容は、一見すると穏健だが、ACEAとCLRPAは不満を募らせている。両団体のコメントには、その不満というか怒りにも似た感情が込められている。

Jubiläum in der Hauptstadt: 25 Jahre Mercedes-Benz Vertrieb Deutschland am Standort Berlin Jubiläum in der Hauptstadt: 25 Jahre Mercedes-Benz Vertrieb Deutschland am Standort Berlin

ACEAのホームページには、オラ・ケレニウス会長(メルセデスベンツCEO)のコメントが以下のように載っている。

「自動車という重要な分野でEUの競争力を確保する枠組みを定義する必要がある。ゼロエミッションモビリティへの移行とEU自動車産業の繁栄は、ともに前進しなければならない。しかし、我われのおもな懸念について明確にしておきたいのは、この移行を成功させるために必要な柔軟性と実用性を備えながら、2035年までの道筋をどのように描くかということだ。これが次回の戦略対話でEU委と議論したい基本的な問題だ」

つまり、2035年のゼロエミッション化(走行中にCO2を排出しない自動車だけしか認めないというEU委の決定)はBEVだけが選択肢ではなく、e-フューエルや水素のようなCNF(カーボン・ニュートラリティ・フューエル)も存在するのだから、この扱いをどうするか、きちんと定義してほしいという要求がにじみ出ている。

同時に、メルセデスベンツCEOという立場でのケレニウス氏は、2024年通年の決算で最終利益が前年比28%マイナスという結果に終わったことと、当面はBEV販売台数の伸びに期待できないことを受けて、今後2〜3年の会社運営にこうした状況を反省させなければならない。決算会見では「BEVを選ぶかどうかは市場が決めることだ」と語っている。

自動車部品産業を代表してCLEPAのマティアス・ジンク会長もこうコメントした。

「OEMと並んで部品メーカーも自動車部門の脱炭素化を推進している。しかし、この移行が現実的に達成可能なものとなるためには、柔軟性を高めることが不可欠だ。重要な疑問がまだ解決されていない。2035年以降もPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)やレンジエクステンダーなどの選択肢を可能にする技術的にオープンな規制枠組みをどうやって確立できるか。これは重要な要素であり、CO2規制の改訂の基本的な部分でなければならない。3000社を超える企業(その多くは中小企業)があり、繁栄できるかどうかはEU委の決定にかかっている」

EU委は政治家と官僚の集まりであり、日本の官僚組織と同様に、一度決めたことを引っ込めるという選択肢がない。自動車のCN=カーボン・ニュートラリティという高い理想を打ち出したものの、現実は悲惨だ。ドイツでは昨年、自動車部品産業だけで5万人以上の職が失われた。BEV普及へと舵を切り、BEV量産体制を整えつつある一方で、BEVの売れ行きが鈍った。とくにドイツが失速した。

ID.エブリワン

VWは新しいBEVを新しい前輪駆動MEBプラットフォームで生産すると言うが、「ID.2オール」はVWのスペイン子会社であるセアトで同社のサブブランドCUPRA(クプラ)から発売される「ラバル(Raval)」の兄弟車であり、生産はスペインだ。VWのチェコ工場建設は暗礁に乗り上げたままであり、現時点で考えればVWのチェコ子会社であるスコダで「ID.エブリワン」を生産するのが現実的と言える。

VWはドイツ国内に10の車両工場を持つが、ICV(ICE=内燃機関を積むクルマ)が2035年に販売終了となると少なくともふたつの工場は不要になる。これは誰の目にも明らかであり、だから昨年VWが2工場閉鎖を発表した。その途端に労働組合はストライキ突入の姿勢を見せたが、かろうじて当面は工場閉鎖を行なわないことで労使は合意し、今後2030年までに従業員3万5000人の削減というVWの「お願い」を労組が受け入れた。この中にはチェコ子会社のスコダとスペイン子会社のセアトは入っていない。

あるドイツ系サプライヤーは「ID.エブリワン」は「ID.2オール」およびクプラ「ラバル」との共通部品が相当数あるとコメントした上でこう語った。

「車両生産をドイツ国内で行なえば、VWが言うような車両価格での発売はほぼ無理だ。ドイツの労働コストはスペインやチェコよりも明らかに高い。赤字覚悟なら別だが、BEVで垂れ流す赤字を中国市場での利益が埋めてくれていたのは2023年までで、もう中国には期待できない。我われもVWのために赤字商売はしない」

「お前ら、状況をわかっているのか!」

もしEU委が2035年の完全CN化を何年か後ろに倒し、同時にPHEVやe-フューエルなどを認めれば、VWにかぎらずドイツの自動車産業はソフトランディングへの時間稼ぎができる。これはドイツ勢に共通した考えだ。

春になればコートを脱いでまずはジャケットに着替える。初夏になればシャツだけで過ごせる。しかし、いきなり「コートを脱げ!」と言われたら風邪をひく。ドイツ自動車産業はいま、BEVが売れなくなって冬に逆戻りなのに、政府が「もうコートは着るな」と命令しているのに等しい。昨年のOEM業績は、前述のメルセデスベンツだけでなく、BMWもVWも軒並み利益を大幅に減らした。決算数字としては、すでに風邪をひいている。

「せめてしばらくはセーターだけでも着させてくれ」

いまACEAとCLEPAがEU委に言っているのは「お前ら、状況をわかっているのか!」という、当たり前のことだ。ACEA会長であるメルセデスベンツCEOのコメントには、この怒りが滲んでいた。ジャケットやセーターを用意し、気温に応じて「これを着て凌いでください」と助け舟を出すのが官僚と政治の役割だが、EU委とドイツ政府はコートを剥ぎ取っただけだった。

前回の「その2」で書いたようにドイツの電力料金は非常に高い。一方、フランスやスペインはドイツに比べれば充分に安い。しかもドイツの産業界が頼ってきたロシア産天然ガスが使えない。ドイツの産業競争力はロシア産エネルギーが支えていた。ウクライナ戦争勃発以降、ドイツ政府はここを何も手当てして来なかった。

次回のEU委とACEA、CLEPAの会合はもっと厳しい議論の応酬になるだろう。完全に見切り発車だったBEV化を現実路線へ転換すべきだとドイツのOEMとサプライヤーは主張している。

しかし、そうこうしている間にも市場では販売競争が繰り広げられている。2025年に入ってからも比亜迪汽車(BYDオート)や上海汽車の売れ行きは伸びている。2月にドイツでBEVが前年同月比30%増だった理由は、2023年末で輸入補助金が打ち切られた2024年2月の反動増であり、相変わらずVWもメルセデスベンツも苦しい。

そしてVWグループは人員整理を進める。アウディのブリュッセル工場は2月末に生産を終了し約3000人が解雇された。「解雇後のソーシャルプランについては労使の合意ができている」と言うが、この3000人はVW グループが計画している3万5000人削減の始まりである。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…