目次
「BEVがICVの利益を食い潰している」
いま、OEM各社が何を考えているかを、決算発表記者会見や正式な発表、在欧ジャーナリスト仲間とのメールのやり取りから整理すると以下のようになる。
メルセデス・ベンツは2021年に「市場条件が許す限り2030年までにはBEVとHEVのみを販売することになる。純粋なICV(ICE=内燃機関だけのクルマ)は販売終了する」と発表した。しかし同社は2024年2月、この発言を撤回し、その後の各OEMでのBEV投入見直しのきっかけを作った。
世界のEV販売台数は推計1140万台。その「中身」は「好調」とはほど遠い

BEV推進に熱心だったドイツの自動車産業会を代表するVW(フォルクスワーゲン)は、「ICVの生産を終了する時期は2030年よりも前になる」と3年前に公言していた。2030年までに欧州では80%、北米では55%をBEVにする計画だった。しかし、昨年5月に「未来は電気だが、過去はまだ終わっていない」とアルノ・アントリッツCOO(最高執行責任者)は決算発表記者会見で述べた。同時に乗用車部門のトーマス・シェーファーCEO(最高経営責任者)は「当面はPHEVの供給拡大が最優先事項」と語った。
ボルボ・カーズは昨年9月、欧州と米国でのBEVサブスクリプション事業の縮小および国によっては廃止を打ち出した「2030年には電動車メーカーになる」という以前の発言は撤回され、PHEV(プラグイン・ハイブリッド車)やXC90のような高級SUVは「存続させる」と、同社のジム・ローワンCEO(最高経営責任者)が語った。
GMは2019年にキャディラック部門をBEVとPHEVに集約すると発表していたが、昨年5月にこの発言を撤回した。ジョン・ロス副社長は「ガソリン車は2030年以降もラインアップに残りBEVと数年間は共存するだろう」と語った。メアリー・バーラCEOはシボレー・ブランドにPHEVを設定する計画を語った。GM全体では2024年にBEVを30万台まで増産する予定だったが、この計画も「当面は凍結する」と米国では報道された。
ルノーは2022年に「欧州市場では100%BEVになる」と宣言したが、昨年7月にはルカ・デ・メオCEOが「もはや目標達成は不可能」と語った。また、2023年12月にはACEA会長の立場で同氏は「EUの電動化政策には重大な誤りがある」と記者会見で指摘した。
どのOEMも方針転換である。BEVに巨額の投資を行なっただけに「いまさら後には戻れない」という気持ちがある一方で、BEVが売れない現状に対しては販売会社や労働組合からの突き上げが激しい。フォードは決算発表時に「BEVがICVの利益を食い潰している」と語っている。
エンジンでは日本に勝てないが、電池も造れない

EUがBEV普及政策を打ち出したのは2019年12月だった。EU委員長に就任したフォン・デア・ライエン元ドイツ国防相は「再び強い欧州を」と宣言し、自動車産業の構造を変える決意を示した。IT(情報通信)分野では米国の大手テック企業が世界を席巻し、EUはデジタル小作人に成り下がった。自動車分野では中国が生産規模を急拡大させていた。
こうした危機感が、EUのBEV普及一本槍政策の背景にあった。
同時に、日本が産学官で進めていた次世代の高効率ICE(内燃期間)開発やマツダのSKYACTIV ICE、トヨタの熱効率43%というHEV(ハイブリッド車)用の高効率ICE実用化などもEUの政策に影響した。「日本に勝つには戦いの土俵を変えるしかない」との判断だ。
実際、筆者はEU議会関係者や在欧ジャーナリスト仲間からもこの件については聞いていたし、日本でのICE開発資料を在EUのジャーナリスト仲間からはねだられた。
しかし、EUの目算は危機に直面した。あてにしていた欧州資本の車載電池(バッテリー)メーカーがいつになっても量産を開始しないことが最大の危惧だと思う。2019年に英国で設立されたブリティッシュボルトは2023年1月に破綻し、スウェーデンのノースボルトも昨年11月に破綻した。

残る有望株はフランスのヴェルコールだが、仏政府からの補助金を遣いまくるだけでまだ生産設備を持っていない。ノルウェーのフレイル(FREYR)は伊藤忠商事やニデックなど日本企業との契約で注目されているが、量産試験が済んだ段階に過ぎず、まだ量産には至っていない。
すでに車載電池は中国企業が全世界で65%以上という圧倒的なシェアを持つ。最大手のCATL(寧特時代新能源科技)などは欧州に電池工場を持ち、欧州のOEMに供給している。韓国のSKオンとLGESも欧州OEMに供給している。日本のパナソニックも含め、車載電池はほとんどがアジア製である。
筆者が確認しているだけで、中国メーカー製の電池はメルセデス・ベンツがCATLとファラシスエナジー(孚能科技)、BMWはCATL、テスラはCATL、プジョーもCATLからそれぞれ購入している。
中国勢の強みは、何といっても北京政府と地方政府の補助金である。筆者が中国で確認した限りでは、1社に1000億円規模の補助金が拠出された例もある。もうひとつは「出来の悪い電池でも中国資本のOEMが買ってくれる」点だ。海外OEMにはA級品、中国国内の大手OEMにはA級品とB級品、安価なBEVを製造する地方OEMにはC級品というように、納入価格に応じて電池ランクを変えている例は少なくない。
LIB(リチウムイオン2次電池)は、同じ工場の同じ機械で作っても出来にはばらつきがある。日本の電池メーカーは品質管理が厳しく、電圧や耐久性の点で必ず一定以上の品質になるが、電池の性能解析を行なっている日本企業によれば「中国製電池のなかにはとんでもないものがある」と言う。しかし、そういう電池でも卸価格を大幅に下げれば買ってくれるOEMが中国にはある。だから電池メーカーは廃棄処分がほとんどない。
欧州のOEMは韓国製電池の採用例が多い。中国勢は、国内向けの電池出荷は70%近くがLFP(リン酸鉄)であり、日欧米のOEMが使うNMC(ニッケル/マンガン/コバルト)系は3割程度までシェアが下がった。LFP系は、発生電圧は低いが急速充電に強く発火の危険性が極めて低いため、北京政府はLFP系を推奨している。中国の電池メーカーは、国内OEMにはLFPを安価に卸し、海外OEMには利幅の大きいNMC系を売っている。
欧州資本の電池メーカーは、このままでは育たないだろう。今後も欧州のOEMは、当分の間はアジア企業の電池に頼るしかない。ただし、米国のように中国完全排除の姿勢ではなく、中国製電池はむしろ歓迎している。また、BYDオートがハンガリーへの車両工場進出を決めたように、中国OEMは欧州でBEVを現地生産する方向へと舵を切る可能性が高い。
2019年12月以降、EUはOEMをCO₂規制で縛り、BEVを生産してCO₂罰金を回避する方向へと誘導を画策した。「コストをかけてちまちまとICEを改良するより、BEVを作ればCO₂排出は0g/kmですよ」というのがEUの政策だった。EUでは、BEVは無条件でCO₂ゼロである。日本と米国ではBEVの「電費」をICVの「燃費」に換算する計算式を持っているが、EUは持っていない。これがOEMに対するEUのインセンティブである。
とにかくBEVを普及させる。これがEU委員会とEU議会の決定であり、だから安価なBEVを作ってくれそうな中国OEMの工場進出はいまのところ否定していない。安価なBEVが供給されれば、EU委が目指すBEV普及は加速される。
ただし、これはACEA加盟のOEMとの間に激しい競争が巻き起こることを意味する。自動車生産はドイツやフランスのように人件費の高い国から、まずはスペインなど南欧へ、そのあとはハンガリーなど東欧へと移転することは避けられないだろう。そうなれば各OEM労働組合の反発は必至だ。
そこで、EU委は自動車産業界との「対話」を行なう方針へと方向転換した。それが冒頭に記した今月30日の会合である。今後は定期的に会合を持ち、EUの政策を自動車産業界に理解してもらい、同時にガス抜きを行う。ACEAはEUの規制見直しを求めており、EU委が譲歩する可能性は高くなってきた。
なぜ、こういう経過になったのか。その答えはひとつしかない。「政治が買い物を強制する」ことが理解を得られると踏んだからだ。
消費者にはBEV補助金を出す。OEMには「BEVを作ればCO₂規制は楽に達成できる」というインセンティブを与える。さらに、EUでは長い間凍結されてきた企業への補助金交付が2019年12月に解禁され、すでに2兆円以上の補助金が使われた。
パリのタクシーがトヨタ・カムリHEVになるとは、いったいだれが想像しただろうか?
これでEUは「行ける」と思ったのだろう。
2020年、欧州でも新型コロナウィスルが蔓延し、経済活動が停滞した。そこからのリカバリーを狙い、各国がBEV補助金を積み増した。このときはBEVが売れた。しかし、補助金が減額されるにつれてBEV の売れ行きは減速し、ドイツでは補助金を廃止した途端にBEVが売れなくなった。
2020年半ば以降の1年半ほどの間、欧州でBEVを購入したのは「クルマを一家に2台以上持っている裕福な層」だった。同時に企業がカンパニーカー(幹部従業員に無償で貸与するクルマであり給与の一環)にBEVを導入した。こうした需要が一巡したとき、安価な中国製BEVが売れ始めた。
しかしEUは「EU製のBEVを守る」との大義名分を掲げ、安価な中国製BEVの締め出しを画策した。「中国OEMは中国政府の補助金を使ってBEVを安価に製造できる」と主張し、中国OEMに対し「どれくらいの補助金をもらったのか」を調査する動きに出た。そして、大量に補助金をもらっているOEMとEUの調査に協力しない中国OEMに対しては高率の追加関税を課すことにした。
これは消費者の反感を買った。とくにフランスでは、マクロン政権が独自に中国製BEVを補助金対象から外したため、もっとも反感が強かった。マクロン政権が支持を失った理由のひとつがこれだった。
最初は「BEVを買いなさい」だった。補助金も手厚かった。しかし、財政難もあって補助金が次第に減額された。庶民は安価な中国製品を買うようになった。
ところが、今度は「中国製はダメ」と言い出した。欧州のOEMは赤字覚悟で値下げと値引きを行なってEUの政策を支えようとしたが、体力が持たなかった。2023年の暮れ、ACEAのルカ・デ・メオ会長は記者会見で「日本の政策を見習え」「軽自動車のようにBEVに恩典を与えろ」と痛烈にEUを批判した。
こうした経緯を時系列で辿れば、EUのBEV普及政策は完全に誤りだったことがわかる。その証拠に、昨年6月のEU議会選挙では、いわゆる環境政党が大敗し極右政党が躍進した。日本のメディアは「右傾化は危険」との論調だったが、それが民意だった。これは明らかに政策への批判である。
つまりEU委とEU議会は「買い物を強制して嫌われた」のだ。半面、HEV(ハイブリッド車)は売れている。
2024年暦年のACEAデータでは、EU+EFTA(欧州自由貿易連合)+英国でのBEV販売台数は199.3万台、前年比1.3%減だった。数字としては小さなマイナスであり、ほぼ前年並みと言える。大異変はEUを離脱した英国がBEV販売台数38万1970台となり、ドイツを1361台上回り欧州最大のBEV需要国になったことだ。
一方HEVは406.8万台、前年比19.6%の増加であり、もっとも大きなカテゴリーになった。BEVとの差は歴然としている。日本製のHEVも売れている。
これが、それぞれの政府、それぞれの国の人々の選択の結果である。パリ市内を走るタクシーがトヨタ「カムリ・ハイブリッド」になるとは、いったいだれが想像しただろうか。