壊れかけのドイツ自動車産業・その2 電気料金がこんなに上がるとは…

なぜ、ドイツでBEV(バッテリー電気自動車)が売れなくなったのか。最大の理由は法人需要を失ったことだろう。BEV補助金はまず法人向けが打ち切られ、遅れて個人向けも打ち切られた。ドイツ国内の乗用車販売は3分の2が法人需要であり、ここが激減した影響は大きい。そしてもうひとつは電気料金の値上がりだ。ドイツでは1990年に再エネ(再生可能エネルギー)由来の電力を買い取る制度が始まり、2000年にはこれが「固定価格」で買い取る制度、いわゆるFIT(フィールド・イン・タリフ)に変更され、同時にすべての電力契約家庭から「再エネ賦課金」の徴収が始まった。再エネ推進と脱原発がドイツのエネルギー政策の柱だったが、結果論として言えば経済への悪影響が大きかった。結局、ドイツではBEVが売れなくなった。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

2023年秋、法人需要でBEV排除が始まっていた

ドイツでは2016年以降、2023年11月までに約210万台のBEVまたはPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)が新規登録され、政府は100億ユーロ近い補助金を支出した。この間の為替レート平均を1ユーロ=125円で計算すれば1兆2000億円の政府支出である。

当初ドイツ政府はPHEVにも補助金を給付していたが、2023年1月で廃止した。2023年9月には企業・団体が購入するBEVへの補助金も打ち切られ、対象は個人ユーザーだけになった(個人商店は可)。これは政府が補助金の支出総額を大幅に削る手段だった。

ドイツ国内の乗用車販売台数の約3分の2は、企業が従業員への「特典」として貸し与えるカンパニーカーや営業車などの社用車、レンタカー、タクシーなど法人需要である。個人向けは全体の3分の1に過ぎない。企業は当初、環境イメージのためにBEVを購入した。しかし、2023年秋の段階でドイツ国内では法人需要でBEV排除が始まっていた。

法人ユーザーの多くは自動車を購入しない。リース会社と契約し、クルマを「借りる」方法が主流だ。ICV(ICE=内燃機関を搭載するクルマ)のリースでは、リース期間中の点検・整備や消耗品交換などの料金を丸ごとカバーするメンテナンスリースが一般的であり、そのためBEVでもメンテナンスリース契約が主流だった。ところがBEVは、修理に「予想以上にコストがかかる」ことからリース会社が音を上げた。

たとえばバッテリーがトラブルを抱えてバッテリーパックまるごとの交換が必要になった場合、リース会社はその代金をリース契約者には請求できない。メンテナンス料金はあらかじめ決まっており、その料金を超えては徴収できないのだ。新車保証期間中ならバッテリーパックはOEM(自動車メーカー)が無償で交換するが、カンパニーカーの走行距離がバッテリー保証対象の走行距離を超えていればバッテリー交換は有償になる。リース会社が企業向けリース車両のバッテリー交換費用を負担した例は、ドイツでは少なくなかった。

バッテリーパックまるごと交換の場合、部長級がカンパニーカーとして使うDセグメントのBEVでは300万円程度が相場だ。この出費は、たとえば3年のリース契約でリースする場合にリース会社が得る利益を、場合によっては超えてしまう。リース会社は「まるごと損」になる。

リース会社はBEVの下取り価格でも損をした。リース契約期間が終了する前にリース会社は「このままリース契約を続けますか?」と契約者に打診する。OKならそのまま「再リース」になる。「もう契約しない」と言われたら、リース会社は車両を引き取って中古車として売却する。多くの場合は最初のリース契約時に「リース契約終了時の残存価格」を決めておくクローズドエンドという契約であり、ICVでは「リース会社がいくらか儲かる」というケースが多かった。

ところがBEVでは、中古車としての下取価格がICVの常識より「はるかに安い」ケースが続出した。リース会社は中古車としての売却利益を得るどころか、損をするケースが多かった。

もちろんICVでもそういうケースはある。そのためリース会社は、保険会社との間で「残存価格保険」の契約をする。これを専門に請け負う残存保険会社がある。リース契約終了時の下取り価格が想定よりも安かったら、その差額を保険会社に保証してもらうという保険だ。

しかし、この残存価格保険の保険料が高騰した。BEVの下取相場がどんどん安くなっていったためだ。保険料の支払いが大きくなれば保険会社は保険料率を上げる。リース会社がBEVの残存価格保険を契約すること自体が次第に難しくなっていった。

挙げ句は、残存価格保険の契約を保険会社に断られる、あるいは残存価格保険の保険料がものすごく高いという状況になった。その結果、リース会社はカンパニーカーのリストからBEVを外した。

VW(フォルクスワーゲン)やメルセデスベンツ、BMWなどのOEMは直営リース会社を持っている。トヨタレンタリースのような会社だ。OEMから直に車両を仕入れる直営リース会社は、残存価格の問題が出てきてからもBEVのリースを続けた。当然、利益は出なくなったがOEMの在庫負担を軽減するためBEVのリースを続けた。一方でつねに10万台以上のリース契約を持つ一般の大手リース会社はBEVを敬遠し始めた。

ドイツ国内乗用車販売台数の3分の2を占める法人需要からBEVが激減した理由はこれだった。しかも2023年9月に企業・団体が購入するBEVへの補助金が打ち切られ、リース会社は企業に貸し出すカンパニーカーとしてBEVを購入しても補助金を受け取れなくなった。BEVの法人需要が冷え込み、2023年秋以降、ドイツ国内ではBEV在庫が膨れ上がった。

そして電気料金が上がった

BEVの法人需要がじりじりと下がる中、ドイツ国内の電力料金が値上がりを続けた。2022年02月24日にウクライナ戦争が勃発すると、その4日後の02月28日に電力スポット取引価格は1メガWh当たり410.10ユーロまで上がった。戦争勃発直前の02月14日は104.8ユーロだったから、実に6倍である。

その後は値上がりと値下がりを繰り返し、2022年05月末には戦争勃発時の水準まで戻るが、その3か月後の08月22日には658.41ユーロ/メガWhという超高値をマークした。

2025年に入ってからは02月10日の135.04ユーロ/メガWhが最高値であり、この数字を見る限りでは、ウクライナ戦争勃発から3年を経て欧州全体が電力の安定供給体制をほぼ取り戻したといえる。

しかし、直近の2年間はドイツにとって運が悪かった。BEV補助金打ち切りとBEV法人需要消失に加え、電力料金高騰が家庭を直撃し、法人も個人もBEVから遠ざかってしまった。

1メガ=1000キロだから、家庭が使う1キロWhの単位にすると、ウクライナ戦争勃発当時の為替レートである1ユーロ=136.6円で計算して、2022年02月28日は56円/1キロWh。空前の最高値を記録した08月22日はこの日のレートである1ユーロ=141.3円で計算して93円/1キロWh。しかもこれはスポット取引価格であり、一般家庭が支払う電力料金はこれに送配電事業者コストや税金などが乗っかり、さらに高くなる。

2024年平均のドイツ電力料金を、年間使用料3,500キロWhでの基本料金で計算してみた。年平均為替レートを1ユーロ=160円とすると約65円/1キロWhだった。東京電力管内の2024年平均は32円/1キロWhだから、ドイツは東京の2倍である。日本も電力料金は高くなったが、ドイツはさらに高い。

BEVに投資した莫大な開発費と製造設備費は回収できないでいる

2000年に始まったドイツでの「再エネ賦課金」は、風力と太陽光の発電設備充実に一役買った。この制度そのものが不公平であるとの批判から2023年末で打ち切られた(日本では民主党政権時代に決まったこの制度がまだ続いている)が、それ以上に再エネ発電設備を系統電源(グリッド)に接続するための投資が国家に重くのしかかった。

再エネは「お天気まかせ」である。しかし系統電源は「いつ何時でも電力需要に対応し安定供給する」ことが必須だ。再エネを系統に取り込むためには再エネ発電設備と系統を結ぶ送電網と、余剰発電分を貯めておいて再エネ発電量が減ったときに「貯金」を吐き出す蓄電設備がセットで必要になる。ここにコストがかかった。

このコストがドイツ国内の企業に還流するのであれば、まだいい。しかし、いまや風力発電設備は中国の遠景集団が世界シェアトップ。蓄電池は車載用と定置用を合わせて寧特時代新能源科技が世界シェアトップ。かつては繁盛した欧州の発電風車メーカーは、中国勢の価格攻勢に会い勢いを失った。蓄電池に至っては、破綻したスウェーデンのノースボルトがわずかに供給した以外は、欧州企業製といえばドイツの老舗ファルタ(VARTA)などごくわずかであり、ほとんどが中国企業製である。

2024年春の北京の市街地。BEVは多い。が、その多くは中国ブランドだ。

洋上風車の故障率の高さとメンテナンス費用の高さは、以前お伝えしたのでここでは繰り返さないが、結局ドイツは、国を挙げての再エネ投資がバックアップ用蓄電池や送電網など付帯設備への投資を肥大化させ、政府と企業の投資が中国企業に流れた。

たしかにドイツでは昨年、発電由来のCO2(二酸化炭素)排出は減った。しかし、国外への電力輸出量から電力輸入量を差し引いた「電力収支」は購入超過、つまり赤字であり、輸入は輸出の約2倍だった。「自国の石炭火力発電を止めてほかの欧州諸国からの輸入に頼った」と言える。ドイツの輸入電力のうち33%が原子力、62%が再エネだったため、ドイツとしての発電分野のCO2排出は減ったが、そのために支払った代償は大きかった。

現時点で言えば、ドイツ経済は「再エネ電力を使ってBEVを走らせる」というEU(欧州連合)が掲げた理想論に押し潰された形だ。2年連続のGDP(国内総生産)前年比マイナスという結果は、ドイツ経済を引っ張って来た自動車産業の不振をそのまま映している。

ドイツのOEMは、いま「売れる」商品であるHEV(ハイブリッド車)を急遽そろえ始めた。マイルドHEVとプラグインHEVである。実際、ドイツ製HEVは売れている。しかし、BEVに投資した莫大な開発費と製造設備費は回収できないでいる。高い利益率を誇った中国市場も苦戦している。結果、ドイツのOEMは中国市場の利益で自社の決算数字を飾れなくなった。

もちろん、ドイツの自動車産業には底力がある。技術力も高い。稼ぐ力はまだ持っている。しかし、少なくとも現在の状況を整理するかぎりは「壊れかけ」だ。その理由の大半は政府の失策であり、政治家と官僚組織が掲げた理想像が、あまりに現実とかけ離れていたためである。

ドイツ商工会議所は先月、ことしのGDPが前年比0.5%のマイナス成長になるとの見通しを発表した。もしそうなれば3年連続のマイナスだ。足を引っ張りそうなのは、不振が目立って来た自動車産業である。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…