『ダカールラリー』走破で見えた水素エンジンの課題と可能性!キーマンが語る【水素エンジンが誘うオートバイの明るい未来 VOL.2】

前回に引き続き、オートバイの未来を決定付けるかもしれないプロジェクト、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(Hydrogen Small mobility & Engine technology)、略して「HySE(ハイス)」の活動について、山田周生によるインタビューと共にお届けします!
REPORT:佐藤旅宇(SATO Ryou) PHOTO:HySE/佐藤旅宇(SATO Ryou)
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X1からX2へと進化したHySEのダカールラリー参加車両……その改良点は?

山田周生(以下:山田):2024年、そして2025年と、2年続けてサウジアラビアで開催されているダカールラリーの「ミッション1000」カテゴリーに出場していますよね。カワサキ ニンジャ H2のスーパーチャージャー付きエンジンを水素エンジン化し、ベルギーのオーバードライブレーシング社が製作したシャシーに搭載したマシンでの挑戦でしたが、どういった経緯で出場することになったのでしょうか?

オーバードライブレーシング社

中西啓太(以下 中西):じつはHySEの設立を検討している時から、そういう話は出ていたんです。水素エンジンの開発にあたっては、研究をスピーディーに進めることと、国内だけではなく、海外の企業にも水素の可能性をアピールするというふたつのテーマがあったので、何かインパクトのあることをやった方がいいんじゃないかと。ちょうど「ミッション1000」が新設されたタイミングでもありましたし。

「ミッション1000(ミル)」は、ダカールラリーにおいて水素エンジン車、BEV(電気自動車)、バイオ燃料のハイブリッド車など、次世代パワートレインの技術開発を促進する取り組みとして2024年に新設されたカテゴリー。通常のカテゴリーに比べると走行距離が短く、1日あたり約100km、10日で約1000kmのコースを走るというもの。砂漠や山岳地帯といった過酷な条件下を走行するのは他のカテゴリーと同様である。他には水素/HVOハイブリッド燃料システムで走行するカミオンや電動バイクなどが出場した。

甲斐大智(以下:甲斐):最初のダカールはとにかくスケジュールがタイトで苦労しました。レースに出場すると決まったのがスタートの約5か月前、2023年8月のことでしたから(笑)。9月初旬に初めてHySEのメンバー全員が集まり、そのまま2ヶ月間トヨタへ出張することになりました。すでにトヨタは水素エンジンのカローラでスーパー耐久へ参戦しており、水素運用のノウハウがあったからです。

液体水素エンジンGRカローラの進化が富士24時間で見えた「水素でレースが楽しめる可能性を示せた」

トヨタは、5月24日~26日に行なわれた「ENEOS スーパー耐久シリーズ 2024 Empowered by BRIDGESTONE 第2戦 NAPAC富士SUPER TEC 24時間レース」に、液体水素を燃料として搭載した「#32 ORC ROOKIE GR Corolla H2 Concept」(以下、液体水素エンジンGRカローラ)で参戦した。レースの現場を通じて行なっている技術開発の様子を垣間見せてもらった。

山田:開発は相当大変だったんじゃないですか?

中西:はい。ただ、1回目の挑戦は燃料を水素にすることで、どんな問題が生じるかを洗い出すという側面が強かったんです。いきなり過酷な現場へ持っていけば、きっと短期間で様々なことが露呈するに違いないと。だから我々はダカールに『参戦』ではなく、『参加』と言ってます。順位を競うのではなく、あくまで水素エンジンの研究が目的なので。

ダカールラリーへの挑戦はあくまでオートバイを含む、小型モビリティ用水素エンジンの研究を主目的にしたもの。早くゴールすることを目的にした通常のダカール参戦マシンとは成り立ちが異なる。

山田:ダカール2024に挑んだマシン『HySE-X1』は全区間走破は達成できなかったものの、レギュレーション上はクラス4位で完走していますよね。想定よりも燃料の消費が大きく、苦労されたとお聞きしていますが。翌年のダカール2025を走ったマシン『HySE-X2』は、前年はクリアできなかった全ステージ完走を果たし、クラス2位となりました。これは前年の参加で確認された技術課題に向き合った成果ということですよね。

ダカール2025の本番直前に行ったテストでエンジンを破損するという大トラブルが発生したものの、最終日まで全てのステージを完走し、クラス2位という成績を残した「HySE-X2」。

甲斐:そうですね。燃料タンクを3本から4本に増設したり、エンジンの制御を見直し、燃費改善と高回転域の出力向上を図ったことで前年の成績を上回ることができました。ただ、航続距離は伸びたのですが、コースの距離が昨年より長くなったこともあり、依然として燃費走行が必要な場面は多々ありました。

山田:ダカール2024でどんな課題が明らかになって、ダカール2025に向けてどう対策し、その結果はどうだったのか、これを分かりやすくお聞きできますでしょうか。

甲斐:2024で明らかになった課題はやはり航続距離です。あとは時間がなく、エンジンの合わせ込みがほとんどできなかったため、当初の計画に対して最高回転数を抑え、出力も1割ほど落とした状態での走行を強いられました。

ダカールラリーは、過酷な気象条件と様々に変化する地形の中を限界性能で駆け抜ける競技。まさしく「走る実験室」といえる。

山田:2025では、燃料タンクを増設したうえでエンジンのマッチングを最適化。耐久性も高めてフルパワーで走行することができ、高回転領域でのデータの取得と全区間完走という目標を果たした形になります。2025のミッション1000には5台のエントリーがありましたが、全区間を完走できたのはHySE-X2だけです。

気になる水素エンジンの性能は?

山田:ありがとうございます。ついでに一般的なライダー視点でお聞きしたいのですが、ガソリンエンジンをベースにした水素エンジンってどの程度の出力を発揮できるのでしょうか。

甲斐:ダカールラリー2025を走ったHySE-X2で、出力はベースとなったエンジン比でおおむね3割減です。一般論としても水素エンジンはガソリンエンジンに比べ、出力は2~3割ダウンするとされています。

中西:ただ、異常燃焼の制御という点でまだ課題を残しています。これはエンジンの耐久性に関わるので必ずクリアしなければいけない課題ですが、水素の燃焼に特化した制御システムの開発が必要です。もちろん出力を落とせば異常燃焼は発生しなくなりますが、それではオートバイ用エンジンのニーズに応えられていないと思うので、なるべくパワーを出せるよう、これからも研究を進めたいと思っています。

山田:異常燃焼はどのように発生するのですか?

中西:いわゆる早期着火(プレイグニッション)ですね。水素はガソリンよりも着火しやすい特性があるため、点火プラグが作動していないのに燃料が熱源等に反応して着火してエンジンにダメージを与えてしまうことがあります。

10日間で約1000㎞を走破する「ミッション1000」。期間中は限界性能が出せるよう、各ステージの状況に応じて出力特性を調整し、限りある燃料を最大限に活用してゴールを目指したという。

山田:ダカールラリーでは、どのくらいの速度で走っていたのでしょうか?

甲斐:参加クラスの制限速度が130㎞/hなのですが、HySE-X2の最高速は時速115㎞/h程度でした。これは前年のHySE-X1に比べて時速15㎞ほど向上した数値です。ただ、燃料タンクの増設と、それに伴って車格が増したことで車両重量は1250㎏とかなり重くなりました。

山田:パワーや速度に関しては現状のスペックでも大きな不満は感じることはなさそうですが、ガソリンより体積あたりのエネルギー密度が圧倒的に小さい水素は、オートバイのようにミニマムな乗り物では燃料の積載スペースがどうしても苦しくなりますよね。

甲斐:そうですね。ダカールラリーへの参加は、海外を含めて、そういった課題をクリアできる技術を持った企業へのアピールというのも目的のひとつでした。我々は燃料タンクの研究はしていないので『水素に参入したらビジネスにつながるかも』と考えてくれる企業やアカデミアが増えてくれればいいと思っています。

2024年の7月、カワサキモータースは鈴鹿サーキットで量産メーカーとして初めて水素エンジンを搭載したオートバイの公開走行を行った。車体後部には2㎏の水素燃料(気体)を充填できるタンクが搭載されている。HySE-X2と同じカワサキ ニンジャ H2のスーパーチャージドエンジンがベースなので、車重の違いを考慮しない単純計算では全開走行での航続距離は30㎞程度と思われる(HySE-X2は7.2㎏の水素燃料が搭載可能)。実用化への道のりは決して楽なものではなさそうだが、世界に誇る国内二輪4社の共同プロジェクトのパワーに期待したい。

山田:トヨタはエネルギー密度を高めるため液体水素を燃料として搭載したカローラでレース参戦も行っていますが、水素が気化しないよう-253℃以下を保つ燃料タンクの開発など、素人が考えてもオートバイへの転用は難しそうです。

液体水素エンジンGRカローラをトヨタが24時間レースで鍛える意味

水素を燃料に使うエンジンでスーパー耐久シリーズに参戦するトヨタ。今年の富士24時間レースにも数々の新技術を投入した。トヨタのマルチパスウェイ戦略の一翼を担う水素エネルギー使って、「水素社会実現のために必要なこと」を試す場として、レースの現場は重要な舞台となっている。3つの技術進化を詳しく見ていこう。 TEXT & PHOTO:世良耕太(SERA Kota)

中西:もともとトヨタが使用していた気体水素用のタンクは、樹脂容器の外側に炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を巻き付けたタイプ4なのですが、それだと法的にオートバイへの使用は認められないんですよ。オートバイでは水素を充填した際に温度が上がらないよう熱伝導性の高い(冷えやすい)アルミニウム合金製容器にCFRPを巻き付けたタイプ3でなければならないという法律があるんです。こうした法律の整備もHySEがこれから進めなければならない仕事だと思っています

山田:ちなみに水素を燃焼させると熱エネルギーと水が発生しますよね。この水への対策は何かされているのでしょうか?

甲斐:我々の作っているエンジンに関していえば、ベースエンジンからほとんど何も手を加えていないです。ほぼ水蒸気としてマフラーから排出されます。ただ、ダカールラリーはトータル1000㎞程度の距離なので、これが実用レベルになってくると、色々と課題は出てくる可能性はありますが。

インタビューにあるように、水素エンジンを搭載するオートバイの実用化には、エンジン開発の他に、水素燃料を高効率に搭載する方法や、インフラや関連法規の整備など、様々な課題が横たわっている。

水素エンジンが誘うオートバイの明るい未来

山田:HySEの設立からこれまでの活動で得た知見から、水素エンジンをオートバイに用いることの難しさと、明るい未来について教えてください。

甲斐:よく言われるように、水素エンジンはガソリンエンジンと基本的に同じ製造ラインで生産できることから、イニシャルコストを抑えつつカーボンニュートラルを実現できるのがメリットです。それと、ライダーにとっては音や振動といった内燃機関特有のフィーリングを味わえる点も魅力だと思います。難しいのはやはり航続距離ですね。現在は圧縮した気体水素を搭載するという方式をとっていますが、例えば他の物質に吸着させて密度を高めるなど、大きなブレイクスルーがないとクリアできない難しい課題だと思います。

山田:来年もまたダカールラリーに参加するのでしょうか?

中西:まだ未定ですが、HySEが解散するまでにはもう一度、参加を考えています。そのときは水素用に最適化したハード・制御システムを採用したエンジンを搭載できれば良いと思います。

山田:楽しみにしています。図々しいお願いですが、ぜひマシンが完成したら一度乗せてほしいです(笑)
ありがとうございました!

インタビューにご対応いただいたヤマハ発動機の中西啓太氏(右)と、スズキの甲斐大智氏(左)。

インタビューでも明らかなように、実用にはエンジンの開発だけではクリアできない様々な課題があり、その道のりは決して簡単なものではない。だが、カーボンニュートラルに向けた要件を満たしつつ、内燃機関の「息づかい」を味わえる水素エンジンは、オートバイのファンにとっての光明である。HySEの活動を応援しない訳にはいかないだろう。

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著者プロフィール

佐藤旅宇 近影

佐藤旅宇

オートバイ雑誌、自転車雑誌の編集部を経て2010年からフリー編集ライターとして独立。タイヤ付きの乗り物…