欧州の名門・ロータス/ボルボは中国からの輸出を選んだ

ロータスとボルボの次世代「電動車」カギを握るのは中国資本の吉利

ロータスがロンドンで発表したハイパーSUV、LOTUS ELETRE
ロータス・カーズ・リミテッド(以下=LCL)がつい先日発表したSUVタイプのBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル=充電式電気自動車)「エレトレ」は、2023年から中国・武漢市に建設中の新工場で生産が始まる予定。いっぽう、ボルボ・カーズ・コーポレーション(以下=VCC)はXC90後継となるSUVタイプのBEVを年内に発売する予定で、これも生産は中国の成都または大慶の工場と思われる。LCLとVCCの経営権を握るのは、ともに中国浙江吉利控股集団(以下=吉利)である。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

ロータスは製造拠点を中国に移すのか

LCLはBEVの製造拠点を英国から中国に移すのだろうか。2021年8月末に公表された武漢経済技術開発区に建設する工場は年産15万台、約1300億円を投じ「3Dデジタルツイン技術を採用した先端工場になる」とのことだった。生産されるのはBEVであり、2022年にType 132(SUV)、2023年までに4ドアクーペのType 133、2025年までにもう一台のSUVであるType 135を生産開始すると発表されている。

LCLのCEO(最高経営責任者)である馮擎峰(フェンキンフェン)氏は吉利の副総裁を兼務し、吉利のCEO(中国では董事長)であり李書福(リシュフー)氏の右腕だ。李書福氏は吉利の創業者であり、中国から初めて完成車輸出を行なった経済界の英雄でもある。習近平(シージンピン)国家主席の信頼も厚いと言われる。

吉利は中国の自動車政策に対し一貫して忠実な動きをしてきた。2010年に買収したVCCについては、レース部門だったポールスターを「電動専門のブランドにする」と宣言し、本体のVCC に対しては多額の研究開発費を提供してきた。そのなかで生まれたのが「V60」のPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)やBEVの「C40リチャージ」である。

ボルボのBEV、C40 Recharge

LCLについては「エヴォーラ」ベースのBEVや、先日発表された「エレトレ」の開発資金を提供した。もっとも、吉利のサブブランドであるリンク・アンド・コー(Lynk & Co)および吉利ブランドのBEVに使われているBEVプラットフォームの開発にはVCCのエンジニアが大きく関わった。

BEV「エレトレ」については本ウェブサイトに詳細な記事があるのでご覧いただきたい。

コロナ禍になる前、筆者はLynk & Coの副社長であるアラン・フィッセル氏など経営陣にインタビューした。そのとき、全員が「このブランドの技術陣はほとんどがボルボ出身」と聞いた。また、吉利の広報マネジャーからは「今後はxEV(なんらかの電動駆動機構を持ったクルマ)についての技術資産は吉利もLynk & Coも沃楽沃(ボルボ)も蓮花(ロータス)も、英崙(ロンドンタクシー=この会社は吉利が2007年に買収し、現在は吉利新能源商用車傘下のロンドン・エレクトリック・ビークル・カンパニー)も、すべて共有になる。ダイムラーとの連携もさらに進むだろう」と聞いた。

実際、吉利とダイムラーはスマート・ブランドの電動車開発を共同で行なっている。HEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)用ICE(内燃エンジン)の共同開発も進めている。そのいっぽうで吉利は、英国のエンジニアリング会社であるリカルドとの間で小型商用車をHEV化するためのICE開発を進めている。ことしに入ってからは仏・ルノーと提携し、VCCが開発したプラットフォーム「CMA」をルノーに提供し韓国のルノーサムスンでHEVの生産に乗り出す契約も結んだ。

LCLに吉利が出資したきっかけは、2017年にマレーシアの国策自動車メーカーだったプロトン(Perusahaan Otomobil Nasional=国民自動車会社という意味)を吉利が買収したことだ。プロトンは三菱自動車の全面的な協力のもと1985年に設立され、当初は三菱設計車の生産を行なっていたが、出資するマレーシア重工業公社(BRDハイコム)は「三菱は技術移転のスピードが遅い」との理由で他社との提携を進め、一時期は仏・シトロエンのモデルをベースとしたプロトン向け商品のライセンス生産も行なっていた。

しかし、三菱自動車の支援を自ら放棄したことがプロトンの首を絞めた。商品構成は古いまま放置され、いっぽうでマレーシアの「第2国民車メーカー」としてダイハツが協力したプロドゥアが躍進し、プロトンは国内シェア首位の座を明け渡した。プロトンから利益が出なくなったことで、BRDハイコムはプロトンの引受先を探し、そこに吉利が名乗りを挙げた。

このとき、吉利はプロトン株の49.9%と経営権を取得し、同時にプロトン名義だったLCL株の51%もそのまま手中に収めた。吉利はVCCとLCLの経営権を握りながらも「金は出すが口は出さない」という支配を続けた。そして、中国政府がBEV普及の大号令を出した以降は、その政府方針に則ってBEVの開発・生産に経営資源を集中させている。その流れの中に、現在のVCCとLCLがいる。

VCC がいち早く「オール電動化」を打ち出した背景には吉利の意向がある。LCCも同じ道を歩むだろう。両社とも中国での生産が増えるはずだ。中国製のプレミアムBEVを輸出することが中国のねらいであり、吉利はその尖兵である。

すでに米・テスラは中国工場を輸出基地として活用している。同社が上海に工場進出するに当たり、融資などの面で支援したのは中国政府である。まだテスラの上海工場が完成する前から中国政府は、テスラ車を「国産車」と認め輸入関税を免除した。こうした特例は、かつてホンダが広州に工場建設したとき以来ではないだろうか。中国政府は仏・プジョーが広州から撤退したあとホンダに助けを求め、その見返りとしてさまざまな恩典を与えた。

テスラの上海工場建設は、BEV輸出実績を作りたい中国の思惑と一致した。中国CATL(寧特時代新能源科技)製のLiB(リチウムイオン2次電池)を使えばテスラ車の車両価格は大幅に安くなり、輸出商品として各国で高い価格競争力を維持できる。ほぼ世界共通価格で販売されるテスラの「モデル3」「モデルY」は中国での製造原価をベースに価格が決定されたと聞く。おそらくこのビジネスモデルをVCCとLCLも導入することになるだろう。

LCLがカッコいいBEVを発表した……表層だけをとらえれば、この点がニュースバリューである。しかし、その奥にはさまざまな事情が絡む。これがロータス・エレトレの姿である。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…