BMWモーターサイクルのサスペンション[モーターサイクルの運動学講座・その6]

BMWモーターサイクル(MC)のユニークなサスペンションについて解説します。
TEXT&FIGURE:J.J.Kinetickler PHOTO&ILLUSTRATION:BMW


 BMW MCはかつて縦置き水平対向2気筒エンジンが特徴でしたが、駆動方式が一般的なチェーンではなくシャフトドライブだったため風変りな運動特性をそなえていました。

 シャフトドライブ式の欠点は一般に言われている「トルク反力」ではありません。ドライブシャフトのトルクはトルクチューブを兼ねたスイングアームが反力を受け止め「内力」として完結するので外部に仕事はしないのです。つまりシャフトのトルクで車体がねじれたり傾いたりはしません。

 縦置きエンジンの唯一の問題はエンジンの回転慣性力で車体に反力トルクを出してしまうことです。おそらく一番わかるのが停車時に空ぶかしした時、エンジンの回転方向と逆向きに車体が傾きます。しかしこの現象はサスの動きには影響しません。シャフトドライブ式の本当の課題は皮肉なことに「チェーンがない」ため加速時にもクルマのスイングアクスルと同じような動きをしてしまうことだったのです。

BMW R69S(1960)のサスペンション

 現在のBMW MCサスペンションの説明に入る前に、まずクラシックBMWについておさらいをしておきましょう。このBMW R69S(1960)のサスペンションはフロントがアールズ・フォーク(Earles Forkと呼ばれるリーディングアーム式、リヤはスイングアーム式ですが、駆動方式が一般的なチェーンではなくシャフトドライブです。

 その後のモデルではフロントは一般的なテレスコピック式に変更されましたが、リヤはシャフトドライブのスイングアーム式を長らく継承していました。リヤがパラレバー式(4リンク式)に替わるのはR80GS/R100GS(1987)からです。それではこのタイプの加減速時の特徴的な挙動について観察してみましょう。

※注 : この講座では理解の手助けとなるように側面図は「車両の前を左」にすべて統一しています。そのためこの図は左右を反転して描いてありますのでご留意ください。

BMW R69Sのサスペンション

 フロントサスペンションのアールズ・フォーク(Earles Forkサスペンション、リヤのドライブシャフト内蔵のスイングアーム式サスペンションはフロントもリヤもアームの回転中心(ピボット)が力を受け止めるため制動時のアンチダイブ率と加速時のアンチスクォート率が過大になってしまいます。作図でその値を求めるとアンチダイブ率が112%、アンチスクォート率197%、アンチリフト率だけは60%となんとか100%以下に収まっていますがこれもかなり大きい数値です。

 制動時の特性はフロントがわずかに浮き上がり、リヤは荷重移動の40%程度しか持ち上がらない。また加速時はリヤが荷重移動とばね定数から計算される値と同じくらい逆にサスペンションが伸びてリヤが持ち上がるというかなり変わった特性です。

 現代のMCの一般的なフロントサスペンションであるテレスコピック式は、アンチダイブ率がマイナス70%前後なので、制動時にフロントは大袈裟にダイブします。当時の一般的なMCがどういう操縦感覚だったかわかりませんが少なくとも現代のMCと比べるとかなり奇妙だったと思います。

 この後、BMWはフロントサスペンションを一般的なテレスコピック式に変更します。その場合、制動時は一般的なMCに近い車両特性になりますが、加速時はシャフトドライブ式を継承していたので加速時にリヤをヒョコっと持ち上げる特異な挙動のままでした。

 余談ですが加速時にリヤがヒョコっと上がるサスペンションといえばホンダ往年の2シータースポーツS500/600が思い浮かびます。このリヤサスは2輪車によく似たチェーン駆動式のトレーリングアームでした。この解説もいつかやりましょう。

BMW R69Sのアンチダイブ/アンチリフト・マッピング

 BMW R60のアンチダイブ/アンチリフト・マッピングをしてみました。前後輪の接地点とそれぞれの瞬間中心を結ぶ線の交点がマッピングの指標で、この点が色分けした図のどこにあるかで制動時の姿勢変化がわかります。

 矢印の向きが制動時に車体の前と後が動く方向を示し、色で動きの大きさを表しています。緑色が荷重移動量の0~100%の範囲内で車体が上下する、青色は荷重移動よりも大袈裟に動かされる状態です。

 左上のピンク色の網掛け部A点がBMW R60の作図点です。この領域は姿勢変化が前後共に上向きの矢印になっていて、制動時に車体が前後とも持ち上がるという変わった特性です。多くのMCはフロント・テレスコピック、リヤ・スイングアームなのでマッピングは右下にある領域にあります。フロントが過大に沈み込みリヤは少し持ち上がるという特性です。

BMW R1200RTのサスペンション

 ※この画像は作図上の統一(右を前方)のため左右を反転しています。

 さてクラシックBMWのおさらいの後は、いよいよモダンBMWのユニークなサスペンションの解説です。

 これは、BMW R1200RTの縦置き水平対向2気筒、フロントテレレバー(Telelever)、リヤパラレバー(Paralever)サスペンションの車体です。これらのサスペンションは機構的にいうとフロントはクルマでいうマクファーソンストラット式、リヤはクルマのダブルウイッシュボーンのような4リンク式サスペンション…これらのユニークなサスペンションを解き明かします。

BMW R1200RT テレレバー(Telelever)サスペンション

 フロントのテレレバー(Telelever)サスペンションです。機構的にはクルマでいうマクファーソンストラット式サスペンションに似ています。BMWはクルマにもフロントにマクファーソンストラットを長い間使っていたので、BMW哲学の継承ともいえます。ちなみにテレレバー(Telelever)というのはテレスコピック・レバー(Telescopic + lever)からの造語ですね。

 前輪の左右にクルマのストラットに相当する一対のテレスコピックフォークがあり、2本のアウターチューブの間にあるロアボールジョイントで大型のロアAアームに取り付けられます。このロアAアームにスプリング・ダンパーユニットが取り付けられています。

 そしてインナーチューブの上部にはアッパーボールジョイントがあって車体フレームの上端に固定されています。またインナー(アッパー)チューブと一体でハンドルバーが固定されています。テレスコピックのアウターチューブとインナーチューブは通常のテレスコピックフォークのようにスライドできるようになっています。

 ステアリング軸はアッパーボールジョイントとロアボールジョイントを結ぶ線上にあり、ハンドルバーを回すとタイヤを回転できます。これは一般的なテレスコピック式サスペンションと同じです。この方式の利点はハンドルバーがステアリング軸に直接取り付けられているので、ステアリング系の剛性が確保しやすいことです。これがあとで述べるデュオレバー(Duolever)式に対する利点です。

BMW R1200RT フロントサスペンションの動き

 タイヤがバウンド(車体を基準にタイヤが上方に移動する動き)するとテレスコピックチューブが縮みます。一般的なテレスコピック式サスペンションの場合はこのストロークと平行にタイヤ接地点も含めた全体が斜め後方にストローク(青点線の両矢印)しますが、テレレバーは同時にロアAアームが円弧を描き、アッパーボールジョイントを中心にテレスコピックチューブを少しだけ前方に押し出すように回転させます。その結果、接地点は緑の両矢印のように一般的なテレスコピック式サスペンションとは、まるで逆の動きをします。この動きがサスペンションの特性に劇的な変化をもたらします。

 通常のテレスコピック式サスペンションが制動時に大袈裟に沈み込んでしまう−70%以上にもなるマイナスのアンチダイブ特性「プロダイブ」ともいいます)なのに対して、このテレレバーサスペンションは52%と強めのアンチダイブ特性になっています。つまり通常のテレスコピック式サスペンションがばね定数からの計算より70%も多くダイブするのに対して、テレレバーはばね定数からの計算の48%しかストロークしない、両者の違いでいうとフロントダイブ量が約1/4(0.48÷1.7=0.282…)になるということです。

 ただ、この特性はいいことばかりではありません。コーナーの入り口手前でブレーキングしてもノーズダイブしにくいのでキャスター角やトレールが減少しにくく、旋回のきっかけを作りにくい可能性があります。

BMW R1200RT リヤ・パラレバー(Paralever)サスペンション

 これはBMW R1200RTのリヤ・パラレバー(Paralever)サスペンションです。パラレバーはパラレル・レバー(Parallel + lever)からの造語で「平行リンク」くらいの意味です(この図はR1200GSですが機構的にはほぼ同じです)。

  R1200RTもBMW  MCに特有のシャフトドライブなのですが、サスペンションはクルマのダブルウィッシュボーンとよく似た4リンクサスペンション式です。ドライブシャフトを内蔵したトルクチューブ、それと一体になったロアアーム、そしてアッパーリンクでリヤアクスルが位置決めされています。ドライブシャフトは2つのジョイントと伸縮機構でトランスミッションとリヤアクスルをつなぎ駆動力を伝えます。

 リヤタイヤの横剛性は片持ち式のロアアームだけで受け持ちますが、パワートレインとトルクチューブ、トルクチューブとリヤハブの回転軸の支持スパンを拡大することで剛性を確保しているようです。クルマでいうと台形アームのような構成です。アッパーリンクは横剛性を負担せず、駆動トルクと制動トルクだけを受け止めます。

BMW R1200RT リヤサスペンションの動き

 後輪接地点の動きは上下リンクの軸線の交点であるリヤ瞬間中心まわりの回転(緑の両矢印)です。後輪接地点とリヤ瞬間中心を結んだ線を前輪真上まで延長したところの高さがアンチスクワット高さでこの作図では615mmとなっています。

 ライダーも含めた重心高を680mmと仮定するとアンチスクワット率は90%(615mm÷680mm×100%=90.4%)で加速時にリヤがほんのわずかに沈みます。旧型の単純なスイングアーム式だった頃は軽く200%くらいのアンチスクワット(加速時にリヤが荷重移動と同じだけ正反対に持ち上がる)が付けられていたので、それに比べれば、ずいぶんノーマルな特性です。

 制動時のアンチリフト高さは後輪接地点とリヤ瞬間中心を結んだ線が制動力の前後配分割合で分けた垂直線と交差する点の高さで求められます。作図すると185mmとなりアンチリフト率は36%(185mm÷680mm×100% = 27.2%)と一般的なスイングアーム式より小さめの値となっています。

BMW R1200RTのアンチダイブ/アンチリフト・マッピング

 BMW R1200RTのアンチダイブアンチリフトマッピングです。前後輪の接地点とそれぞれの瞬間中心を結ぶ線の交点がマッピングの指標で、この点が色分けした図のどこにあるかで制動時の姿勢変化がわかります。

 中央の黄色網掛け部A点がBMW R1200RTの作図点です。クルマでは一般的な領域ですが、多くのMCがフロントテレスコピックで右下にあるの領域にあるのでMCとしては少数派です。アンチダイブ率が大きめなのが気になりますが、エンジンとロアAアームの車体側ピボットの隙がギリギリでこれ以上ロアアームの傾きを大きくできなかったのかも知れません。

 振り返ってみればこのフロントサスペンションの特性は最初に紹介したアールズフォーク式サスペンションとも似ています。フロント・テレレバー/リヤ・パラレバーの組み合わせはアールズフォーク/トルクチューブ・スイングアームのクラシックBMWの正統な進化系サスペンションなのかも知れません。

BMW K1200Sのサスペンション

 これは、BMW K1200Sの横置き直列4気筒エンジン、フロント・デュオレバー(Duolever)、リヤ・パラレバー(Paralever)サスペンションの車体です。

 前後とも、いわゆる4リンクサスペンションです。制動時と駆動時にサスペンションに加わる力は、4リンクの瞬間中心を求め、その点をスイングアームの回転中心とみなして作図できます。リヤサスペンションは前に述べたR1200RTと同じ構成なので、フロントのデュオレバーを中心に解説します。

BMW K1200S デュオレバー(Duolever)サスペンション

 フロントのデュオレバー(Duolever)サスペンションです。Duoは「二重」なので「ダブルリンク式」くらいの意味です。機構的にはクルマでいう4リンク式(ダブルウィッシュボーン式)サスペンションに似ています。

 MCの場合、フロントを4リンク式にした時に問題になるのがステアリング機構です。このMCはフレーム側に独立したステア軸を設け、航空機のランディングギヤ(着陸装置)に見られるオレオ式のトルクアームでサスペンションのばね下側とつなげています。このトルクアームがばね下の上下に追従して「くの字」が伸びたり縮んだりして上下のストロークをいなし、ステアリングの回転だけを伝えます。機構的には成立していますが、みるからに剛性の確保が大変そうです。またスプリングとダンパーはロアのAアームの中ほどに取り付けられています。

 わざわざステアリング系の剛性確保が難しい4リンク式にした理由は定かではありませんが、ひとことでいうと「サスペンションセッティングの自由度確保」ということなのでしょう。一般に複雑なサスペンションは設定の自由度は大きいのですが、その半面セッティング要素が多すぎて開発時にドタバタしたり、結果として剛性が低くなったりという背反もあります。

 こういうことはクルマの世界でもしょっちゅうあります。かつては「ヘタな独懸より、デキのいいリジッド」と称賛されたクルマまでありました。以上、無駄話でした!

フロントサスペンションの作動

 BMW K1200Sのフロント・デュオレバー(Duolever)サスペンションです。制動時、駆動時のサスペンションに加わる力は4リンクの瞬間中心を求めて作図します。

 アッパーアームとロアアームの軸線の交点は後輪すぐ手前の低い位置にあり、制動力配分を70:30で作図するとアンチダイブ率は28%になります。これはテレレバーのR1200RTと比べると約半分です。もちろん通常のテレスコピック式のマイナス70%と比べると抑えの効いた姿勢変化特性にはなりますが、もしかするとこの小さめのアンチダイブ率がデュオレバーサスペンションの狙いかも知れません。

リヤサスペンションの作動

 BMW K1200Sのリヤ・パラレバー(Palalever)サスペンションです。基本的にはR1200RTと同じです。制動時・駆動時の力の釣り合いとサスペンションに加わる力は、4リンクの瞬間中心を求めて作図します。

 リヤのアンチスクワットは81%ですが、単純なスイングアームのシャフトドライブだった頃は、軽く200%くらいのアンチスクワット(加速時にリヤが持ち上がる)が付けられていたので、それに比べれば、ずいぶんノーマルな特性です。

 最近のMCはアンチスクワット率を100%かそれ以上にして、加速時の荷重移動を瞬間におこないトラクションを稼ぐというのが一般的な設計手法になっていますが、このMCはやや控えめです。また制動側は前後配分70:30で見るとアンチリフト率が24%と少なめです。

BMW K1200Sのアンチダイブ/アンチリフト・マッピング

 BMW K1200Sのアンチダイブアンチリフト・マッピングです。前後輪の接地点とそれぞれの瞬間中心を結ぶ線の交点がマッピングの指標で、この点が色分けした図のどこにあるかで制動時の姿勢変化がわかります。

 中央の黄色網掛け部A点がBMW K1200Sです。クルマでは一般的な領域ですが、多くのMCがフロントテレスコピックで右下にあるの領域にあるのでK1200SはMCとしては少数派です。先に述べたR1200RTに比べてフロントのアンチダイブ率が低く設定されていて、中央の三角形の底辺に近いところに交点があります。交点が底辺(路面)に近ければアンチダイブ率/アンチリフト率とも小さくなるのでより制動時の姿勢変化を許容します。

 フロントともあわせてサスペンションジオメトリーをみると、特性的には俊敏な旋回性能ではなく、ツアラーとしての高速安定性を追求した設計です。峠道をひらひらとコーナリングしたり、サーキットで限界を競い合うというのではなく、アウトバーンを1日1000km以上も快適に疾走する高速ツアラーのイメージが浮かびます。

 こうやって、前後サスペンションの瞬間中心を求めて眺めてみると普段乗っているMCでも新たな発見があるかもしれません。

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著者プロフィール

J.J.Kinetickler 近影

J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計…