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超伝導は、二つの電子が対を作って動き回るエネルギー損失のない状態である。二つの電子がスピンの向きを逆さまにする場合はスピン一重項といい、スピンの向きを揃えた場合はスピン三重項という。既知の超伝導体はほとんどスピン一重項状態にあり、スピン三重項超伝導体は数個の候補しかない。また、スピン三重項状態を同定する手段も限られている。
今回、鄭教授は中国科学院物理研究所の研究者と共同で、核磁気共鳴法測定によりK2Cr3As3がスピン三重項超伝導体であることを発見した。これは、2016年に鄭教授らがCuxBi2Se3(転移温度3.5K)で発見したスピン三重項超伝導よりも高い臨界温度を持つ。
既知の超伝導体はほとんどスピン一重項状態にある。これには銅酸化物高温超伝導体や鉄砒素高温超伝導体も含まれる。一方、ノーベル賞が与えられた液体ヘリウム3で起きている超流動は、原子対(クーパー対)を構成する2つのスピンが向きの揃った、スピン三重項状態にある。ヘリウム3の固体版であるスピン三重項超伝導体の探索は、電子間のクーロン相互作用が強い強相関電子系において長年行われてきた。しかし、数個の候補が上がったものの、確実なものはなかった。また、これらの候補の超伝導転移温度が絶対温度1度(1K)程度の低いもので、測定を困難にしていた。なお、2016年に弱相関物質CuxBi2Se3で発見されたスピン三重項超伝導はヘリウム3とは別タイプ。
研究成果の内容
岡山大学と中国科学院の国際研究グループは、遷移金属クロム(Cr)を含む化合物K2Cr3As3に注目した。クロムはやかんやボウルなどキッチン用品の材料やメッキとして使われる遷移金属で、その3d電子間の相互作用が強い。研究グループは数年前に、この相互作用が鉄と同じく強磁性的であることを突き止めた。すなわち、3d電子スピンが向きを揃えようとする傾向は、超伝導のバックグラウンドで働いている。実は、液体ヘリウム3でも似たような相互作用が働いている。
さらに、超伝導が起きると、エネルギーギャップ(注4)が開くが、K2Cr3As3におけるギャップもヘリウム3に似ており、ギャップが開かない場所があることを同研究グループが明らかにした。ギャップが開かない場所は、地球で例えるならば、ちょうど北極点と南極点に相当する。
今回、研究グループはK2Cr3As3の単結晶を作製し、核磁気共鳴法によってスピン磁化率を測定した。結果、磁場を結晶のc軸に平行に印加したときにのみ超伝導状態でスピン磁化率が減少し、その他の方向では減少しないことを発見した。これはスピン三重項超伝導の最も直截的な証拠である。
また、群論解析(注5)から、超伝導を担う電子対の軌道関数が液体ヘリウム3と同じくp波(px+ipy)であることを明らかにした。このような状態はトポロジカル的に非自明で、その表面や磁束の中心の電子状態が量子計算など次世代の産業への応用が期待できる。
社会的な意義
持続可能な社会を実現するためには、発電所から各家庭へのロスなしの送電や発電した余剰電力の蓄電を可能とする超伝導は欠かせない技術の一つ。スピン三重項超伝導体は上部臨界磁場が高く、大電流を流しても、その電流が発生する磁場によって超伝導状態が壊れない。そのため、スピン三重項超伝導体は送電線に適する。さらに、スピン三重項超伝導は、その波動関数にメービウス帯のような「ひねり」があって、表面や磁束の中心の電子状態(マヨラナ励起という)は散乱に強い。そのため、次世代のトポロジカル量子コンピュータへの応用が期待される。
スピン三重項超伝導は極めてまれな量子現象で、その物理の解明が基礎科学のみならず、産業への応用の面においても重要。今回、高い温度(ヘリウムの液化温度より高温)でのスピン三重項超伝導が明らかになったことで、今後の研究に弾みがつくと期待される。
注1 スピン:電子は負の電荷をもつ以外に、自転によって磁石の性質を備える素性をもつ。この特質をスピンと言う。スピンが外部磁場に向く度合いをスピン磁化率と言う。
注2 トポロジカル:トポロジー(位相幾何学)は数学の分野の一つであり、形が連続するか否かを議論する。電子を波動関数で記述するが、その波動関数にメービウス帯のような「ひねり」がある場合や紐の結び目がある場合をトポロジカル的に非自明と言う。
注3 核磁気共鳴法:原子核スピンを通して物質の電子状態を調べる実験手法。医療用MRIはその原理を応用した機器。
注4 エネルギーギャップ:物質はさまざまな状態を取り得るが、状態のエネルギーが低いほど安定。超伝導転移が起こるのは、超伝導状態の方がエネルギーは低いから。異なる状態(例えば超伝導状態と常伝導状態)間のエネルギー差をエネルギーギャップという。
注5 群論:対称性を分類する数学の分野の一つ。