メルセデス、ポルシェ、アウディ——彼らを支えてきた偉大なる立役者・ZF[ZFとモータースポーツ]

ドイツのメガサプライヤー・ZF Friedrichshafen(以下ZF)。同社は技術力発揮の場として、古くからモータースポーツに身を深く置いてきた。連載初回の今回は、フォーミュラEなどの先端技術に繋がる、その長い歴史を振り返ってみる。
TEXT:世良耕太(SERA Kota)

ZF(ゼット・エフ)は、ドイツ・フリードリヒスハーフェンに本社を置く自動車関連製品のグローバルサプライヤーだ。「ZF」と聞くと、名機「8HP」に代表されるオートマチックトランスミッション(AT)を思い浮かべる人が多いかもしれない。ZFはATのほかに電動パワーステアリングや後輪操舵などの操舵系、電動アクスル、自動運転や先進運転支援系のハードウェア、ソフトウェアを広く手がけている。最新のプレスリリースは、電動パーキングブレーキ(EPB)の世界累計生産台数が2億台を突破したことを伝えている。

そんなZFだが、意外にも(?)モータースポーツとの関わりは古く、そして深い。ザックス(Sachs)のブランド名に聞き覚えのある読者も多いことだろう。ダンパーやクラッチでその名が知られるブランドだが、2001年にマンネスマン・ザックスはZFに買収され、社名をZFザックスに改めた。2011年からは完全にZF傘下に入って現在に至る。

1914年、ヨーロッパとアメリカを股に掛けて行なわれたインターナショナルGPの最終戦フレンチGPで、ザックス製のボールベアリングを使用したメルセデスGP 18/100(4.5L直列4気筒エンジン搭載)が1位から3位までを独占した。出走37台中、完走わずか11台のサバイバルレースだった(サバイバルなのはこの頃の常だが)。

1914年7月4日、リヨン近郊のフランスGP。レ・セプト・シュマンのヘアピンカーブを抜ける3位のオットー・ザルツァー(スタートナンバー39)のメルセデスGPマシン。(CAP&PHOTO:Mercedes-Benz)

1937年にはザックス製のダンパーとクラッチを使用したメルセデス・ベンツW125(5.6L直列8気筒エンジン搭載)が、5戦が開催されたヨーロッパ選手権で4勝を挙げ、シーズンを席巻する。ザックスとメルセデス・ベンツの快進撃は第二次世界大戦後もしばらく続いた。1966年にはドイツ南西部に位置するホッケンハイムリンクの改修に合わせ、1コーナーが「ザックスカーブ」と命名された。

1937年8月8日、モナコGP。優勝したマンフレート・フォン・ブラウキッチュと準優勝のルドルフ・カラッチオラ、ともにメルセデス・ベンツW125フォーミュラ・レーシングカーでロウズコーナーへ。(CAP&PHOTO:Mercedes-Benz)

1982年、ザックス製品を採用したアウディ・クワトロのH・デムート/A・フィッシャー組がドイツ・ラリーチャンピオンを獲得。1984年にはザックス製品を搭載したヨーストレーシングのポルシェ956(H・ペスカローロ/K・ルドヴィグ)が、伝統のル・マン24時間レースで総合優勝を飾った。

ポルシェ956B(画像は1985年)(PHOTO:Porsche)

1990年にはH・シュトゥックが、2枚ディスクのカーボンクラッチを使用するアウディV8クワトロでDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)のドライバーズチャンピオンを獲得。1993年には、耐久レースでメルセデスとタッグを組んでいたザウバーがF1に参戦。新規に開発したC12にザックス製のダンパーとクラッチが採用された。

ザウバーC12(PHOTO:Mercedes-Benz)

1999年のル・マン24時間レースは、優勝したBMW V12 LMRに加え、2位のトヨタTS020、3位のアウディR8Rがザックスのクラッチとダンパーを搭載していた。ミハエル・シューマッハは1996年にベネトンからフェラーリに移籍すると2006年まで同チームに在籍。この間、ザックスのダンパーを搭載するF1マシンをドライブし、5回のドライバーズチャンピオンを獲得した。

BMWはザウバーを買収し、2006年からBMWザウバーとしてF1に参戦。ZFは2007年から同チームのオフィシャルサプライヤーを務め、画期的なローテーショナルダンパーを供給した。ダンパーはピストンの直線運動によって減衰力を発生させるのが一般的だが、ローテーショナルダンパーは回転運動によって減衰力を発生させる仕組み。プッシュロッドによって作動するロッカーアームと一体化させることにより、スペース効率を高めると同時に軽量化にも貢献した。2009年には、このローテーショナルダンパーを搭載したブラウンGPがドライバーズとコンストラクターズのダブルタイトルを獲得している。

ローテーショナルダンパー

2012年、ZFはDTMのオフィシャルサプライヤーとなり、参戦全車両に4プレート・カーボンクラッチの供給を開始。この時期、ル・マン24時間をシリーズの一戦に含むWEC(FIA世界耐久選手権)に参戦するアウディ車にもクラッチを供給していた。また、F1と併催するポルシェ・スーパーカップの車両に対しては、2013年から新しいクラッチとフライホイール、クラッチリリース機構を供給。ワンメイクからトップカテゴリーまで、モータースポーツを幅広くサポートした。

レーシングクラッチ・SACHS RCS 4/140

ZFは日本のモータースポーツとも関わりが深い。2014年にSUPER GTのオフィシャル・サプライヤーに就任。トヨタ、日産、ホンダが車両開発を行ない、チームに供給するGT500クラスの参戦全車両に、DTMと共通仕様のレーシングクラッチを供給することになった。また、国内外の多くのブランド/モデルが参戦するGT300クラスでは、ポルシェ911やBMW M6、フェラーリ488、ランボルギーニ・ウラカン、アウディR8、日産GT-RなどにZFレーシングクラッチの搭載実績がある。

2016年、ZFとモータースポーツとの関わりは、ダンパーやクラッチなどの走行機能系部品から、電動系へとサポートおよび開発範囲を拡げることになる。ZFは、電動車両のフォーミュラEに参戦するヴェンチュリー・チームと2016年にテクニカルパートナーシップを結ぶ。まずはダンパーを供給することで関わりを持ち、翌2017年にはトランスミッションの開発に発展。2018/2019年シーズン向けの車両からは、グループの総力を結集し、新開発のモーター、ギヤボックス、インバーターなど、パワートレーン全体の開発を行なうまでに発展した。

ヴェンチュリー「VFE-05」

2019/2020年シーズンからはインドのマヒンドラ・レーシングにパートナーをスイッチし、サスペンション技術の提供に加え電動パワートレーンの開発を続けている。モータースポーツ活動を支えるだけでなく、過酷な環境で鍛えた技術を量産向け製品にフィードバックするのがZFの狙いだ。

マヒンドラ・レーシング

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…