重心高が違う軽自動車の挙動を確かめる:スズキ・アルト/日産デイズ/ホンダN-BOX

ロールやピッチングといったクルマの挙動に影響する重心高は、クルマを設計するうえで、最重要項目となる。とくに、全長、全幅がほぼ同じながら全高が異なるクラスが存在する軽自動車においては、設計の難易度が高まる。それではクルマの重心高が異なると、どのような影響が出るのだろうか。SVD(シニア・ビークル・ダイナミシスト)のメンバーである、神奈川工科大学・山門誠教授に3台を試乗いただいた。さすがは車両運動制御研究の第一人者、人とジャーク(加加速度)の繋がりを主眼とした評価が印象的だった。

TEXT:安藤 眞(Makoto ANDO) PHOTO:市 健治(Kenji ICHI) COOPERATION:KANAGAWA INSTITUTE OF TECHNOLOGY

モーターファン・イラストレーテッド vol.167から一部転載

 まずは評価のコントロール(基準)を決めていただくため、スズキ・アルトからお乗りいただいた。

「このクルマは“きれいに走らせる”のが難しいですね。一定の力でブレーキを踏んでも、減速度が安定しないし、ハンドルの不感帯も、少し大きめに感じます」

“きれいに走らせる”とは、“ジャークを出さない”ということ。“ジャーク”とは加速度の変化のことで、“加加速度”とも呼ばれる。
 山門先生の評価基準は、その「ジャークを出さない運転がしやすいかどうか」。運動が変化する際に物体に作用する力は『質量×加速度』なので、発生する加速度が一定であれば、ドライバーは一定の力を出し続けるだけで姿勢を保持できる。しかし、意図しないパターンで加速度が変化すると、人体はそれに対してフィードバック制御する必要が生じ、“思いどおりにクルマが動かない”と感じるようになる。

軽量であることと、燃費特化型であることの影響が強く出てしまったアルト。軽いがために、微妙な制御やフリクションによる違和感が、鋭敏な山門先生には感じ取られてしまったようだ。ただし「微小領域の違和感を跳び越える(普通のドライバーがやる)操作をすれば、まったく問題なく走る」とのこと。開発者の狙いどおりなのではないか。

 アルトに違和感を覚える原因のひとつは、ACGによるエネルギー回生の強さだ。アルトは実測重量668kgと軽量なので、重いクルマより、回生ブレーキによるG変化の感度が高い。

「ピッチ方向の動きは抑えられていますけれど、ロールはダイヤゴナルな感じではないですね」

 アルトは軽自動車とはいえ、ホイールベースは2459mm(実測値)と長い。現代の軽自動車には共通することだが、ピッチ方向の動きには比較的寛容だ。また、ロワーアームに少し下反角が付いているように見えるので、フロントのロールセンターが高く、ロール姿勢は水平に近いのかもしれない。同じプラットフォームでスペーシアのようなスーパーハイト系までカバーすることを考えると、得心のいく設定ではある。

 続いて、日産デイズにお乗りいただこう。

「減速して旋回に入る際、ロールとピッチを連成させようとしたときに、頭が振り回される感じはありますね。でも動き自体は、ブレーキやステアリング操作でマネジメントできますから、“きれいに走らせる”のはやりやすい。重心や着座位置が高い影響は感じられますが、フラストレーションの溜まらないクルマです」

 加減速や操舵の応答がリニアなので、クルマとやりとりをしながら、ジャークが出ないようにコントロールするのは容易、ということだ。

「それに、ある程度、大きなGをかけなければ、頭が振り回される感じは出ませんし、ロール姿勢もダイヤゴナルで自然です。イン側のジャッキダウン効果とアウト側のジャッキアップ効果に差があると、違和感のある動きが出ることもあるのですが、そのへんは計算をうまくやっているのではないでしょうか」

「大きなGをかけると、ロールとピッチの動きが合わないような感じが出ます」とのコメントをいただいたので、ホイールベース/トレッド比を計算してみたら1.93。セレナの標準ボディとほぼ一致した。総評は「ボディもしっかりしているし、一般的なユーザーが1台所有で済ませようとした場合、満足度は高いのではないか」と高評価。

 日産の軽自動車のラインアップは、ハイトワゴンのデイズと、スーパーハイトワゴンのルークスだけ。となれば、サスペンションのジオメトリーも重心高の高いクルマに特化して仕立てることができる。そういう点では、そもそもフィジカルが有利なのかもしれない。

 最後は今回の試乗車中、もっとも重心の高いホンダN-BOX。駐車場内の移動だけでも路面の凹凸で頭が左右に揺すられ、着座位置と重心の高さは明らかに感じられる。ところが道路に出ると、意外に違和感はない。山門先生はまったくコメントを発することなく、湖岸のワインディングを黙々と走り続けた後、ようやく口を開いた。

「ここまで重心が高くなると、三次元でコントロールしなければならない感じが出てきますね。ロールとピッチがバラバラに動きたがるのをきれいにまとめるのはレベルの高い作業ですが、それを楽しみながら運転するのは、ゲーム感覚のようなところがある。その作業がけっこう面白かったので、つい熱中してしまいました(笑)」

「極低速域ではグラグラ動くので、最初は『なんだこりゃ!?』と思いました」としながらも、走り込んだ後は「このクルマは自然とシリアスな運転になりますね。動き自体は私の固定観念とぜんぜん違うのですが、いろいろな情報が把握しやすいし、操作に対して予測できる反応をするからかもしれません。慣れるとけっこう楽しいです(笑)」

 重心高が高い感じはあっても、ネガはあまり感じられない、ということだろうか。

「『上屋を動かさないように走る』という作業がやりやすいクルマであるとはいえます。“自分でやるGベクタリング”に、ちゃんと付いてきてくれる。雑な操舵を入れると重心高なりのロールは発生しますが、そうならない走らせかたのできるクルマです。緊急回避レベルの操舵では、ネガは出ると思うのですが、それをどこまで許容するか、ということではないかと思います」

 最後に、全般の感想をお聞かせいただこう。

「重心の高いクルマでも、常用域では違和感が出ないよう、ノーズダイブやリフト、ジャッキアップやダウンのバランスなど、よく計算されて作られていると感じました」

 軽スーパーハイトワゴンは03年にダイハツ・タントが登場して以来、第2~第4世代目に突入しており、高重心車の操安性をまとめるノウハウも確立してきているようだ。


山門 誠 氏:神奈川工科大学 創造工学部 自動車システム開発工学科 教授

キーワードで検索する

著者プロフィール

安藤 眞 近影

安藤 眞

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェク…