Gとジャーク ジェットコースターはGを楽しむ乗り物ではない?

ジェットコースターといえば、右に左に上に下にと激しく動く乗り物というイメージだ。いや、そのイメージ自体が古く、現代は「乗り心地の良さ」が欠かせないという。Gは発生させるし管理するが、乗員にスリルを味わわせるための要素ではなく乗り心地のためだ。
TEXT:世良耕太(Kota SERA) PHOTO:三精テクノロジーズ/富士急行/Ferrari Land

モーターファン・イラストレーテッド vol.128「Gの真実」より一部転載

最後にジェットコースターに乗ったのがいつのことだかさっぱり思い出せないくらいだから時代に取り残されているのは間違いないが、それでも「最近のジェットコースターに求められるのは乗り心地です」と言われてしまうと、「なんで?」と思ってしまう。乗り心地の良さを求めるならジェットコースターになど乗らなければいいのに、と。それに、「Gを楽しむ乗り物ではなくなっています」とも言う。

では、何を楽しむのだ。説明するのは、ジェットコースターを含む遊戯機械の設計・製造を手がける三精テクノロジーズの森田栄二氏(遊戯機械事業本部 企画設計部 部長)である。

「高いところに上って降りるときに0Gになり、フワッと浮く感じは面白さとしてはあるのですが、Gを楽しむ乗り物ではなくなっています。Gをうまく制御して、お客様にあまり感じさせないようにすることが求められています。発進するときの最初の(加速)Gは日常では味わえないGですから、それはアリ。ただ、それ以降はGの変化をできるだけ穏やかにしてあげるのが、最近のジェットコースターです」

最近のジェットコースターの三大おもしろ要素は、スピードと高さと降下角度だ。4月にスペイン・タラゴナにオープンしたフェラーリ・ランドには、レッド・フォースと呼ぶイチ押しのジェットコースターがある。このコースターは発進から5秒で時速180キロに達し、一気に112mの高みにまで上がると、真っ逆さまになって地上レベルに降りてくる。ただそれだけだが、三大おもしろ要素はすべて備えている。

昔のジェットコースターは逆行を防止するフックがラックに当たる音をカタカタと響かせながら、チェーンによって頂部に引き上げられていた。車両は動力を持たず、頂部に達した際の位置エネルギーを利用し、あとは滑走するだけだ。これが基本であり、原初。技術の進歩とともに圧縮空気で押し出す方式が出てきて、現在はリニアモーターで加速するのが流行り。

ジェットコースターが直進から旋回に入ると、乗員は旋回外側に横加速度=横Gを感じる。コースを設計する際は当然その横Gを計算する。横Gは速度と半径の関係で求められ、速度の2乗に比例し、旋回半径に反比例する(a=v2/r)。速度が大きければ横Gは大きくなるし、半径が小さければ横Gは大きくなる。逆に、速度が小さければ横Gは小さくなり、旋回半径が大きくなれば横Gは小さくなる。

まずはコースが平面の状態で横Gを考えてみる。このとき1.5Gの横Gが発生するとの計算結果が出たとする。「そんなに横Gが出たらお客さんは困るだろうから0.3Gくらいに抑えよう」と判断したとする。横Gの計算式を利用するなら速度を落とすか、旋回半径を大きくするか、あるいは両方を取り入れるかの選択になるが、実際にはカント(バンク角)を付けるのがジェットコースター設計の基本だ。横Gの成分を縦Gに振り分けるわけだ。

昔のジェットコースターは、直線と単純なR(旋回半径)の組み合わせでコースが設計されていた。上下の変化はほとんどなく、平面でこの組み合わせを利用したのがジャングルマウスやマッドマウスなどと呼ばれる、平面直角ターンが連続する乗り物である(「ああ、あれね」と思っていただければ幸い)。こういう乗り物は、いまはウケない。なぜなら、Gの急激な変化、そう、ジャーク(加加速度=単位時間あたりの加速度の変化率)が大きいからだ。

「急激なGの変化はNGです。いま求められるのは、いかにスムーズに走るかです」

だから、直線と単純なRの組み合わせから、クロソイド曲線(緩和曲線)を利用したコース設計に移行した。これなら、急激な加速度の変化は起こらない。最近はクロソイド曲線も主流ではなく、コンピューターで設計する。ベースはNoLimitsというローラーコースター(今さらだが、ジェットコースターは和製英語で、欧米ではローラーコースターと呼ぶ)のシミュレーションソフトだ。好き勝手にコースを設定すれば、一定Rではない滑らかな曲線をソフトが描いてくれる。三精テクノロジーズでは制作会社からコードを購入し、設計精度を高めるなどのカスタマイズを施して使っているという。世界中のコースターデザイナーが(いるのだ!)このソフトを使っているのだそう。

ジェットコースターで「乗り心地が悪い」と感じさせるのは、左右の揺れだ。「あるジェットコースターの乗り心地が悪いということで、Gの測定をしました。結果をみると、Gが大きい。Gの絶対値が大きいのではなく、ジャークが大きいのです。前後方向のジャークも少し影響しますが、お客さんが『乗り心地が悪い』と感じるのは、左右のジャークです。上下は多少あっても、乗り心地に影響しません」

上下のジャークは「ジェットコースターとはそういうもの」という乗り手側の思い込みに助けられている面もある。ソリッドのウレタン製タイヤを使う限り大幅な改善は見込めず、痛いところだ。近年は高速化が進んでいるため、小さな不整が大きなジャークとなって現れやすく、業者を悩ませている。空気入りゴム製タイヤを使ったケースもあったそうだが、コスト面の折り合いがつかず主流にはなりえなかった。

「ジャークに関しては15G/sec以下に抑えるのが目標。最大で25G/sec以下に定めています。乗り心地の改善を狙ってコースを変えたところ、最大Gはそんなに変わりませんでしたが、左右の振れが滑らかになりました。ジャークの話は30年前からありましたが、数値化して判断の基準にしだしたのはこの10〜15年くらいです」

ここからは持論だが、東京ディズニーランド(83年開園)やユニバーサル・スタジオ・ジャパン(01年開園)が、日本人のジェットコースターに対するイメージを変えた。彼らが設置するジェットコースターには、ジャークの基準が盛り込まれている。既存の日本の遊園地にあるジェットコースターは、ジャークを考えずに設じない。なぜかと調べて見ると、横方向のGの振れ幅が大きく出ているときに、後ろ方向のG(加速G)が発生していることがわかった。

後ろ方向のGが発生して身体が座席に強く押しつけられた状態で、横方向に大きなGが発生しても身体が左右に振られずに済んでいる。それゆえ大きな横Gの変化が影響しないばかりか、むしろ乗り心地が良くなったとの判断に結びついた。そう検証結果を導き出した。

この例は、X、Y、Z各軸の加速度を個別に見ていたのでは、全体を総合的に判断することはできないことを示している。

「ジェットコースターに乗っているときは、X、Y、Z軸に合成されたGを瞬間的に受けています。とくに、下方向と後ろ方向に大きなGを受けている場合は、身体がその方向に押さえつけられているので、横方向のGが多少大きくなってもそれほど感じない。GはX、Y、Z単独で考えてもだめ。合成して考える必要があります」

アメリカにASTMインターナショナル(米国試験材料協会:American Society for Testing and Materials)という民間の規格制定機関があり、工業製品の標準化を行なっている。ASTMが定めるF2291は遊技施設、すなわち遊園地の乗り物に関して規定している。任意規格ではあるが国際的に広く通用していることもあり、日本でも18年からASTMの規格に準じて法律が制定される方向だという。

そのF2291は各軸の加速度やジャークの限界を定めている。例えば横方向(Y軸)の加速度は、1秒以内なら3Gまで、2秒以上持続する場合は2G以下にしなければならないと定めている。各軸を合成した加速度の範囲も定めており、「横方向の加速度は3Gまで許容されるが、その際、後ろ向き(X軸)の加速度は1G以下にしなければならない」「後ろ向きの加速度は6Gまで許容するが、その際、横方向の加速度は0.3Gに抑える必要がある」としている。

こうした加速度とジャークの細かい規定を満たすため、制御性の高いマグネットブレーキがこの10年で主流になったそう。最近のジェットコースターは高度にGを制御しつつ、スピードと高さと角度によるスリルを提供している。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…