-グリーン情報テクノロジーに向けた電子デバイス機能の創出-

理化学研究所:微小な熱流によるナノスケールスキルミオンの駆動に成功

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター電子状態マイクロスコピー研究チームの于秀珍チームリーダー、動的創発物性研究ユニットの賀川史敬ユニットリーダー(東京大学大学院工学系研究科准教授)、強相関界面研究グループの川崎雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、十倉好紀センター長(理研強相関物性研究グループグループディレクター、東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)らの共同研究グループは、絶縁体中の直径約60ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の磁気渦「スキルミオン[1]」のクラスターを微小な熱流によって駆動させることに成功した。

 これまで、スキルミオンは金属中では微小電流によって駆動させられることが分かっていたが、絶縁体中での駆動は実現していなかった。今回、共同研究グループは、作製した絶縁体Cu2OSeO3(Cu:銅、O:酸素、Se:セレン)の薄板に垂直な磁場を加えて、直径約60nmのスキルミオンをクラスター状に生成させた。この薄板に電流を流し、発生するジュール熱により微小な温度勾配[2](約0.02K/mm)をつけて熱流を生じさせたところ、スキルミオンが低温側から高温側に駆動することが分かった。このスキルミオン駆動に必要な熱流は、従来の金属中における磁壁[3]の駆動で必要な熱流の100分の1程度だった。

 今後、廃熱を利用するグリーン情報技術への応用に向けた電子デバイスの開発につながるものと期待できる。なお、本研究成果は科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(8月23日付:日本時間8月23日)に掲載される。

背景

「スキルミオン」は、固体中の電子スピン[4]が形成する渦状の磁気構造体であり、トポロジカル数[5]「-1」として特徴付けられ、安定した粒子として振る舞う。また、直径が1~100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)であることに加え、低電流で駆動できることから、高性能の磁気記録デバイスへの応用が期待されている。

 複数のスキルミオンが規則正しく並んだスキルミオン格子[1]の存在は、2009年にキラル結晶[6]の金属MnSi(Mn:マンガン、Si:シリコン)において初めて観察された。2010年には于秀珍チームリーダーらが、ローレンツ電子顕微鏡[7]を用いて、MnSiと同じ結晶構造を持つFe0.5Co0.5Si(Fe:鉄、Co:コバルト)において、スキルミオン格子および単一スキルミオンの内部のスピン配列の可視化を実現し、2012年に絶縁体Cu2OSeO3(Cu:銅、O:酸素、Se:セレン)における、直径60ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)のスキルミオンの三角格子の生成にも成功した。

 さらに、2020年に金属FeGeにおいて、直径80nmの単一スキルミオンとスキルミオン格子が微小電流による磁壁の駆動で制御できることを実証した。一方で、絶縁体におけるスキルミオンの駆動には電場や熱流などによる制御が提唱されているものの、実証された例はなかった。そこで、今回は絶縁体Cu2OSeO3を用いて、スキルミオンの駆動を試みた。

研究手法と成果

 共同研究グループはまず、バルク状単結晶Cu2OSeO3を幅1mm、長さ2mm、厚さ0.1mmの薄板に成形し、中央付近にローレンツ電子顕微鏡の電子線が透過できる厚さ100nmの薄膜部分(thinner area)を作った(図1a, b)。その薄膜部分の両側に抵抗線、右側にヒーター線を付けた。抵抗線、ヒーター線はどちらも白金(Pt)でできている。

 20K(-253℃)で薄板に垂直に磁場175ミリテスラ(mT)を加え、ローレンツ電子顕微鏡で薄膜部分を観察したところ、直径約60nmのスキルミオンの三角格子状クラスターが現れた(図1c)。この状態で、ヒーター線に0.1mAの微小電流を流し、発生したジュール熱により薄板の長さ方向に温度勾配をつけて熱流を生じさせた。このとき抵抗線R1とR2で測定された抵抗値は、いずれも3,800オーム(Ω)でほぼ同じだった。これは、温度勾配の実測値が抵抗測定の精度を超えるほど微小であることを示している。このような微小な熱流であるにもかかわらず、スキルミオンが薄板の低温側から高温側に駆動する様子が観察された(図1d)。

 試料中に発生された熱流の量を見積もるため、市販のCOMSOLソフトを用いて薄板中の温度マップを計算した。すると、ヒーター線に0.05mAの電流を流したときは薄板両端(長さ2mm)の温度差は0.003Kであり、0.1mAの電流を流した場合は0.03Kであることが分かった(図1e)。

図1 デバイスの構造とスキルミオン駆動の様子、デバイス中の温度分布

  • (a)絶縁体Cu2OSeO3の結晶構造。
  • (b)抵抗線(R1とR2)およびヒーター線(H)を付けたCu2OSeO3薄板。抵抗線、ヒーター線ともに、白金(Pt)でできており、長さ2.34mm、幅0.0021mm、厚さ0.000025mmのワイヤーである。薄板の中央付近の一部に、ローレンツ電子顕微鏡観察用の薄膜部分(thinner area)が作り込まれている。
  • (c)20K(-253℃)で、薄板に垂直に175mTの磁場をかけたとき生成されたスキルミオンクラスター。
  • (d)(c)の状態で、0.1mAの電流をヒーター線に流し、1.16秒後に観察されたスキルミオンクラスター。(c)の左側(低温側)のクラスターが右側(高温側)に駆動したことが分かる。
  • (e)COMSOLソフトを用いて計算した、0.05mAの電流をヒーター線に流したときの薄板における温度分布。両端(長さ2mm)の温度差は0.003Kであった。

 次に、ヒーター線の電流を変化させ、試料中に生成した温度勾配を見積もった上で、スキルミオンの駆動速度が温度勾配に対してどのように変化するかを評価した。その結果、薄板中に生成されたスキルミオンの駆動速度は熱流の増加に伴い、非線形に増加することが分かった(図2)。また、スキルミオンを駆動できる温度勾配の閾値(最小値)はわずか0.02K/mmであり、この熱流は従来の金属中における磁壁の駆動に必要な熱流の100分の1程度であることも分かった。

図2 スキルミオン駆動速度の温度勾配依存性

  • (a)20K(-253℃)、薄板に垂直に160mTの磁場を加えたとき生成されたスキルミオンクラスター。
  • (b)(a)の状態で、0.05mAの電流をヒーターに流し、1.16秒後のスキルミオンクラスター。(a)の左側(低温側)のクラスターが右側(高温側)に駆動した。
  • (c)縦軸はスキルミオンの駆動速度、横軸は温度勾配を示す。熱流(温度勾配)の増加に伴い、スキルミオンの駆動速度は非線形に増加している。

 最後に、熱流の向きを反転した場合でも、スキルミオンは薄板の低温側から高温側に流れることを示した(図3)。

図3 熱流を反転したときのスキルミオン駆動の顕微鏡観察

  • (a)図1(b)とは反対向きに、抵抗線およびヒーター線を付けたCu2OSeO3の薄板。
  • (b)抵抗線およびヒーター線の拡大図。
  • (c)ヒーター線に電流を流す前の薄板の温度分布。薄板全体が20K(-253℃)である。
  • (d)ヒーター線に0.05mAの電流を流したときの薄板の温度分布。左側が高温、右側が低温になった。
  • (e)20K(-253℃)、45mTの磁場で、薄板中に生成したスキルミオンクラスター。
  • (f)(e)の状態で、ヒーター線に0.1mAの電流を流すと、スキルミオンクラスターは回転しながら薄板の左側(高温側)へ駆動した。

今後の期待

 本研究では、ナノメトールサイズのスキルミオンを温度勾配による微小熱流で駆動させることに世界で初めて成功した。熱流を用いた絶縁体中のスキルミオンの制御は、金属中のスキルミオンの電流制御よりもエネルギー効率を上げる新しい選択肢であり、次世代情報操作技術の開発につながるものと期待できる。

  • 1.スキルミオン、スキルミオン格子
    スキルミオンは、渦状の模様を形成している電子スピンの集団構造(渦状スピン構造)のこと。スキルミオンの中心スピンと外周スピンは反平行であり、その間のスピンは少しずつ方向を変えながら、渦状に配列している。スキルミオンのスピンは球面を一周覆う(立体角4πを覆う)ため、トポロジカル数は-1になる。また、複数のスキルミオンが規則正しく並んだ状態を「スキルミオン格子」と呼ぶ。
  • 2.温度勾配
    任意の2地点間における温度の変化率のこと。単位は単位距離あたりの温度差であり、本研究ではK/mmを使用した。
  • 3.磁壁
    磁化の向きが一様にそろった領域を磁区と呼ぶ。強磁性体やフェリ磁性体には多様な磁区が存在し、隣り合う磁区の境界を磁壁と呼ぶ。
  • 4.電子スピン
    電子は、「スピン」と呼ばれる小さな棒磁石に相当する性質を持つ。通常の磁石(強磁性体)では、自発的にスピンがそろうことで巨視的な磁化が現れる。
  • 5.トポロジカル数
    「トポロジー」とは位相幾何学のことであり、磁気渦を特徴付ける「巻き数」に相当する数は、渦の幾何学的な性質で決まる。これをトポロジカル数と呼び、渦が(連続的な)変形を起こしても、このトポロジカル数は変化しない。
  • 6.キラル結晶
    右手と左手の関係のように、鏡に映して得られる構造が、元の自分自身の構造と重ならない結晶構造を「キラル」な結晶構造と呼ぶ。
  • 7.ローレンツ電子顕微鏡
    磁場による電子線の偏向を利用して、磁性体の磁化状態を実空間で観察する手法。空間分解能が高く、ナノメートルオーダーの磁化状態の観察に適している。

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