-光による新しい超伝導操作の可能性を示唆!-

東京大学物性研究所:鉄道超伝導体の超高速な結晶構造変化を実現

東京大学物性研究所の鈴木剛助教と岡﨑浩三准教授らは、高輝度光科学研究センター(JASRI)の久保田雄也博士研究員(研究当時、現:理化学研究所放射光科学研究センター基礎科学特別研究員)、東京大学物性研究所の和達大樹准教授(研究当時)らとの共同研究で、鉄系超伝導体(注1)BaFe2As2における結晶構造の超高速変化をX線回折法(注2)の時間分解測定(注3)により直接観測し、ダイナミクスの追跡に成功した。その結果、光照射して30 ps(ピコ秒=1兆分の1秒)という超高速な時間の後に、瞬間的に0.1 GPaという巨大な応力が結晶表面に印加され、結晶構造が変化することを世界で初めて明らかにした。

発表概要

 鉄系超伝導体は、圧力や同族元素置換などによるわずかな結晶構造変化により超伝導転移温度が急激に上昇することから、基礎学理及び応用の観点から大きな注目を集めていた。今回の発見により、光が鉄系超伝導体の結晶構造を瞬間的に変える新しい制御手段になり得ることを実証した。今後、光を利用した結晶構造制御や他の物質における研究がますます盛んになり、さらにそれを応用した次世代光デバイスの開発が促進されることが期待される。

発表内容

① 研究の背景・先行研究における問題点

 超伝導は、電気抵抗がゼロになることから損失のない電気エネルギーの輸送を可能にし、リニアモーターカーへの利用など、持続可能な開発目標を目指すこれからの生活において必要不可欠な材料といえる。ここで超伝導状態にするためには、通常絶対零度(-273 ℃)に近い極めて低い温度にする必要があり、そのために希少な天然資源である液体ヘリウムを大量に消費するなどの問題点があった。そこで、より高い温度で超伝導状態を実現することが1世紀以上の課題だった。近年、100GPa以上に及ぶ超高圧をかけることで超伝導状態が室温で実現する物質が報告されており、基礎学理及び応用の観点から大きな注目を集めている。しかしながら、通常、圧力をかける方法としてダイヤモンド対を用いてそれらの先端部を押し合うという技術が用いられているが、これでは高圧がかかる面積が極めて小さいため実用には難しいという状況だった。

 一方、超伝導が実現する物質に着目すると、銅酸化物高温超伝導体(注4)は液体窒素の液化温度である-196 ℃を上回る転移温度を示す高温超伝導体であることから、4半世紀以上に渡り非常に精力的に研究されてきた。そして2008年には、東京工業大学の細野秀雄教授らにより第2の高温超伝導体である鉄系超伝導体が発見され、その特異な電子・磁気構造など、銅酸化物超伝導体には見られない様々な興味深い特徴が分かってきた。特に、圧力や同族元素置換などにより結晶構造をわずかに変化させるだけで、超伝導転移温度が急激に上昇する特徴は大きな注目を集めてきた。

 そこで本研究では、ダイヤモンド対の代わりに「光」を用いて瞬間的に結晶内に歪みを生み出す機構を利用して、鉄系超伝導体に超高速な応力を印加することを試みた。

② 研究内容

 東京大学物性研究所の鈴木剛助教、岡﨑浩三准教授らの研究グループは、数GPaの圧力印加により転移温度が顕著に上昇する鉄系超伝導体BaFe2As2を測定試料として選び、国内唯一のX線自由電子レーザー施設SACLA(注5)を用いたX線回折法の時間分解測定を実施し、光照射後の非平衡状態(注6)における結晶構造の直接観測が行われた。図1に測定の概念図を示す。まず、パルス状の光をBaFe2As2に照射し、その後SACLAによる高輝度で短パルス化されたX線を用いてX線回折測定を行うことで、光照射後の結晶構造をスナップショットとして観測することができる。この測定では、結晶からのX線回折の角度変化を観測することで、光照射による結晶構造の伸縮を求めることができる。さらに、照射する光とX線の時間差を変えながら測定していくことで、時々刻々変化する結晶構造のダイナミクスを捉えることが可能になる。

図1 時間分解X線回折法の概念図(左)と観測された結晶構造変化(右)

 図2(左)は、光照射により引き起こされた結晶面間距離における時間変化を示している。光照射後約30ps後に一旦結晶構造が収縮して、その後、約60ps後に伸長する様子が見て取れる。本研究での詳細な数値シミュレーションにより、最初の収縮は、光照射直後の電子温度分布が奥行き方向に非一様であることから引き起こされ、続いて起こる伸長は、電子から結晶へ熱が受け渡されたことに起因することが分かった。したがって、観測された結晶面間距離の時間依存性は通常の静的な環境では決して起こりえない、光照射によって駆動された非平衡状態ならではの現象であることが分かった。

 ここで最初の収縮に注目し、照射する光の強度を変えて結晶面間距離が収縮する大きさを測定したものを図2(右)に示す。照射する光の強度に応じて収縮が増大していくことが分かった。さらに、収縮から応力に換算したものを右軸に示すが、その大きさは最大で約0.1GPaに相当しており、これは局所的で過渡的ながら結晶に巨大な応力がかかっていることが分かった。

図2 結晶面間距離の時間依存性(左)と収縮の光照射強度依存性(右)。(左)図の遅延時間では光照射した時間をゼロとする。

③ 社会的意義・今後の予定

 本研究成果は鉄系超伝導体に「光」で応力をかけることを世界で初めて実証した。その大きさは約0.1GPa程度ながら、非接触かつ大面積に印加できることから、ダイヤモンド対の使用では困難であった様々な測定が可能になることが期待される。さらに、この方法は超高速で行えることにより、圧電素子をはじめとする超高速電気光学デバイスや量子メモリーなどの量子情報処理における制御・操作方法の指針を与えることが期待される。

(注1)鉄系超伝導体
2008年に東京工業大学の細野秀雄教授らにより発見された超伝導を示すFe化合物の総称。超伝導転移温度が銅酸化物高温超伝導体に次いで高く、そのメカニズムの解明がさらなる高温での超伝導の実現につながると期待され、盛んに研究されている。
(注2)X線回折法
X線が結晶格子で回折を示す現象を利用して、その結果を解析することにより結晶内部で原子がどのように配列しているかを決定する手法。特に、結晶中の原子が作る面(格子面)がX線を反射し、平行な別の2つの面に反射されたX線が干渉によって強めあう時(ブラッグの条件)に強い信号を得ることができ、入射するX線のエネルギーと角度から特定の結晶面間の距離を求めることができる。
(注3)時間分解X線回折法
物質にレーザーパルスを照射して現象を起こさせた後、レーザーパルスと空間的に離すことで遅延時間をつけたX線パルスを照射してX線回折を行うこと。特に本測定では、回折されたX線の角度変化から結晶面間距離の変化を求めた。さらに、レーザーとX線の遅延時間を変化させることでレーザー照射前から照射後に渡る時間依存性を追跡することができる。
(注4)銅酸化物高温超伝導体
1986年にベドノルツとミューラーによって発見された銅と酸素を含む超伝導体の総称。この発見により2人は1987年のノーベル物理学賞を受賞した。この発見により超伝導の転移温度の記録が短期間のうちに著しく上昇し液体窒素の沸点(-195.8 ℃、77 K)も超えるきっかけとなった。
(注5)X線自由電子レーザー施設SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本のX線自由電子レーザー施設。2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた国家基幹技術の1つ。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始された。SPring-8の10億倍明るいX線を、10フェムト秒(フェムト秒=1,000兆分の1秒)未満のパルス時間内で提供する。
(注6)熱平衡状態と非平衡状態
物質中の電子などが取り得る状態の中でエネルギーが最低のものを基底状態、それよりもエネルギーが高い状態を励起状態と呼ぶが、外部から物質に熱やエネルギーを与えると励起状態を占める割合が高くなる。逆に、多数の電子が励起状態を占めている場合、光や熱を放出することによって、物質中の電子は外部にエネルギーを放出してよりエネルギーの低い状態を占めるようになる。外部から物質に与えるエネルギーと物質から外部に放出されるエネルギーが等しくつり合っている状態を熱平衡状態という。この時、励起状態を占める割合は一定となり、その割合から温度は定義される。超短パルスレーザーによって瞬間的に物質にエネルギーを与えると、そのつり合いは保たれなくなり、物質からエネルギーが放出されるようになる。このような状態を非平衡状態と呼ぶ。

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