次世代モビリティをベースにエコな社会を実現する | ZFのトランスフォーメーション

「ここ数年、ZFは大きく〝トランスフォーメーション〞しています」と、ZFジャパンの多田直純社長は言う。ドイツのメガサプライヤーZFは、ツェッペリン飛行船のギヤ製造から始まったトランスミッションのエキスパートだ。高性能ダンパーで有名な〝ザックス〞ブランドも傘下に持ち、近年ではADASや車載AIなどにも力を入れている。得意のトランスミッションでは、モーターを統合して駆動系のハイブリッド化も進めている。だが、多田社長のトランスフォーメーションは、この枠組みを遥かに超えるようだ。

TEXT:石川 徹(Toru ISHIKAWA) FIGURE:ZF

–:「ZFといえばトランスミッション」というイメージでしたが、最近は電動化やADASに力を入れていますね。

多田直純社長(以下、敬称略):「トランスミッション屋さん」からどんどん変化してきましたね。ADASでは、モービルアイ(Mobileye)と協業して取扱いが増えました。その頃から高性能な車載AIの開発も強化しています。同時に電動化が始まってeアクスルを手掛けるようになり、シリコンカーバイド(SiC)チップの安定的な供給を目指して、1年前にはウルフスピード(Wolfspeed)とパートナーシップを締結しました。それらの流れにより、中身がだいぶ変わってきましたね。

–:拡大路線ですね?

多田:拡大というよりも、私たちは「トランスフォーメーション」と呼んでいます。ものすごいスピードで事業の選択と集中を行ない、この数年で事業内容が大きく変わりました。

多田直純氏:ZFジャパン 代表取締役社長

–:ギヤ屋さんから自動車システムサプライヤーへと変革しましたが、次は、次世代のモビリティをベースにカーボンニュートラル化を目指すということですか? 具体的には?

多田:日本では、再生可能エネルギーの利用促進に繋がる新規事業を検討しています。その一環として、車載バッテリーのライフサイクルマネージメントに関する仕組みづくりを伊藤忠商事と共同で進めています。クルマから降ろしたバッテリーを蓄電池として再利用し、太陽光や風力で発電したエネルギーを効率よく使うことを検討しています。

–:車載バッテリーの再利用というと、クルマづくりとはまた違う形へのトランスフォーメーションです。かなりインパクトがある話ですね!

多田:昨年、ZFは「Enerlity(エナリティ)」と呼ぶBEVのプラットフォームを発表しました。それをベースに、3.8メートルのロングホイールベースで、低床のデリバリー向け商用バンの生産を受託するパートナー企業の検討を進めています。

–:どんなクルマですか?

多田:エナリティプラットフォームの特徴は「3レイヤーコンセプト」です。一番下のレイヤーがいわゆるローリングシャシーで、「AKC」後輪操舵システムや「eBeam」電動アクスル、減衰力連続可変ダンパー「CDC」、ブレーキバイワイヤー、ステアバイワイヤー、「CubiX」統合制御ソフトウェアなどZFのテクノロジーを搭載します。このローリングシャシーは商用バンだけでなく、他の用途にも使用できる柔軟性があります。ミドルレイヤーには、SDVを想定したE/Eアーキテクチャを組み込み、お客さまのニーズに合わせてアップグレードできる仕様にします。トップレイヤーは用途に応じたクルマに仕立てる計画です。例えば、荷室のサイドが大きく開口すれば、運転席のドアやリヤゲートも不要じゃないでしょうか。

商用EV汎用プラットフォームEnerlity Platform Concept
ZFが伊藤忠商事およびPowerXと進める電動小型商用車。名称からもうかがえるように、クルマとしてのみならず、エネルギーまでを含めて検討するのが注目点。駆動用バッテリーは時限的に活用、その後定置電源として活用する。

–:すでに生産計画も立てているのですか?

多田:詳細は検討中ですが、ある程度ニーズがあると考えています。

蓄電池事業

–:かなりのトランスフォーメーションですね! さきほど、車載バッテリーのライフサイクルマネージメントという話もありました。

多田:エナリティに搭載した電池を蓄電設備に活用する計画です。蓄電池が増えれば、太陽光で作った電気を溜めておくことができます。夜間や天気の悪い日に使うことができるので、電力消費の平準化に貢献できます。

–:太陽光や風力による発電は、欲しい時につくれるわけではないのが難点ですね。

多田:去年、日本で電気使用量が一番多かったのは1月25日だそうです。暖房に使う量が多くて、特に太陽光発電ができない夜の消費量が多かったというデータがあります。この日の電力消費量を平準化しようとすると、300GWhの蓄電池が必要です。一方で、昨年は日本全体で106.1TWhのソーラーパネルによる発電がありましたが、そのうち85.6TWhしか使ってないんです。もったいないですよね。あくまで計算上ですが、車載バッテリーをすべて合わせると、2035年には735GWh分の電池が日本でつくられると予想されています。そのうち半分が国内向けだとすると、BEVの電池に350GWhの電気を溜めておくことができます。

太陽光による発電量は正午頃がピークを迎えるが供給過多の状態となり、せっかく発電したエネルギーを捨てることになってしまう。これを実際の需要ピークに向けて貯蔵できれば、というのがEnerlityの狙いのひとつである。

–:エナリティのバッテリーは?

多田:CATL製の35kWhのLFP電池パックを3個搭載し、車検ごとに載せ換えます。取り外したバッテリーは、2MWhくらいの据え置き型の蓄電池に活用したり、35kWhのパワーウォールにしたりすることを考えています。バッテリーは伊藤忠商事とZFが所有権を持って、サブスクリプションで提供する計画です。BEVの車両価格のうち、電池のコストが3割から4割と言われています。サブスクであれば1/10程度の価格に抑えられるので車両価格を下げることもできます。年間1万台と仮定すると、2035年にはエナリティ全車を合わせて6GWhくらいの蓄電キャパシティになります。先ほどお話した350GWhには全然足りませんが、それだけ大きなニーズがあるわけです。「ようけ売れるやろう」と思います(笑)。

Enerlityは35kWhのLFP型LiBを3パック搭載。軸距は3.8mと長尺だが、後輪操舵システムAKCを用いて取り回しを解決する。駆動ユニットももちろんZF製。そのほかにもCDCダンパーを備え、統合ソフトウェアcubiXで制御する。
Enerlityコンセプトの真骨頂。搭載する駆動用バッテリーはおよそ2年使用したのちに定置用電源として転用、PVエネルギーの蓄電装置などで引き続き活躍させる。総量として2036年には総電力量6.1GWhを目指す。車両数は増えていないことに注目。

新規事業開発拠点にトランスフォーメーション

–:クルマの電動化とバッテリーのライフサイクルマネージメントが、“ZFのトランスフォーメーション”の柱なのですね。

多田:まだあるんですよ! ADASのセンサーやテレマティクスを活用して、新しいビジネスモデルを創っていきたいと思っています。クルマの位置情報や荷室情報、ドライバーの生体情報をビッグデータとして、様々なサービスに活用することができるはずです。例えばドライバーの血中酸素濃度や脈拍数などをモニターして、異常があれば警告を出したりクルマを自動停止させたりして、心筋梗塞による事故を防ぐような活用方法が考えられます。AIを使ってデータを加工できる事業者さんと協業すれば、車載センサーで得た情報を活用して新しいサービスが提供できます。

–:ZFは商用車のフリート管理用にテレマティクスサービスをすでに展開していますね。

多田:「ZFサービスネットワーク」には、日本にも50社ほどのパートナーがいます。大型車両向けトランスミッションのメンテナンスを、「バスコネクト」を通じて行なっています。定期メンテナンスだけでなく、クルマが故障しそうだという情報をネットワークに入れ、予め部品を調達して修理する体勢を敷いておけます。そのパートナーに高電圧のトレーニングを受けてもらえば、EVのメンテナンスもできます。他業種のパートナーと組むことで、それ以外の様々なサービスを提供するプラットフォームとしても活用できると思います。ZFジャパンとしては、これまでの枠を超えた新しい事業分野への進出も“トランスフォーメーション”の一環として考えています。これまでの強みを生かしながら、今後は自動車業界の枠を超えた新しいビジネスモデルも生まれてくると思います。そのような状況の中で、日本のサプライヤーさんとも協力関係を結んでいきたいと思っています。新しい事業で力を合わせることで、日本の自動車産業全体の活性化にもつなげたいですね。

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