令和3年版の交通政策白書によると、2019年度の人の移動の7割強、貨物の輸送の9割が道路交通を利用、道路交通が非常に重要な役割を果たしている一方で、車両での移動時間の約4割を渋滞が占めていると公表されている(注1)。こうした問題を解決するために、2021年5月に政府が発表した第2次交通政策基本計画では、道路交通ビッグデータやAIを活用した渋滞対策の加速の必要性が謳われている。
NECソリューションイノベータでは、量子コンピュータを活用して、道路や交差点で移動する車両を撮影した画像からリアルタイムに車の流れを把握し、その状況に応じて信号の制御等で交通渋滞を解消する研究を行っている。近年、多数の物体の動きを把握する方法として、従来のコンピュータを用いた数理最適化(注2)の手法が用いられている。しかしながら、交通量が増えると計算時間が増大するため、渋滞など交通量の多い環境で多数の車を検出して動きを捉え、リアルタイムに車の流れを把握することは困難だった。そこで同社は、量子コンピュータで数理最適化を実行することで、交通量の多い環境においても、短時間で交通流を把握する研究を進めてきた。
(注1)「国土交通省生産性革命プロジェクト第1弾」資料よりhttps://www.mlit.go.jp/common/001123977.pdf
(注2) 数理最適化:問題に対して、定められた条件や評価尺度で、最も良い答えを求める数学手法。人材配置、物流計画、エネルギー管理、意思決定支援、人工知能など、様々な領域で利用されている。
本実証実験の概要
川崎市では、交通渋滞や交通事故などの課題の解決に向けた取り組みを効率的、効果的に推進するため、ICT等のデジタル技術を活用した新しい製品や技術開発の現場実証に必要となるフィールド(同市が管理する道路施設等)を企業等に提供している。NECソリューションイノベータは、これまでの研究の効果を検証するため、川崎市が提供する実証フィールドの1つである鋼管通り交差点(川崎市川崎区)を使用し、交通流解析の実証実験を行う。
実施期間:2021年8月10日から2022年3月31日まで
実施場所:鋼管通り交差点(神奈川県川崎市川崎区浜町)
実施内容
汎用的なカメラを交差点に設置し、1秒間に15~30コマ(15~30fps)程度のシャッタースピードで車の流れを動画で撮影。動画の各コマに写った車両が同一車両か判別するため、量子コンピュータを活用し、車両の位置や外観の情報をもとに、条件が最も近い車両をマッチングさせる数理最適化を実行する。これにより、リアルタイムに車両の動きを捉え、交通の流れを把握できるか検証する。
当初は1台のカメラで実施し、検証確認後、複数台のカメラで実施/検証する。
撮影には、高額な高性能のカメラではなく汎用的なカメラを用いることで、将来的には交差点などに設置されているカメラなどの活用により低コスト化を実現し、より多くの地域での活用を目指す。使用する量子コンピュータはアニーリング型で、シミュレーテッド・アニーリングマシン(注3)を含むNECや他社製のコンピュータの機種から最適なものを選択する。
(注3) シミュレーテッド・アニーリングマシン:アニーリング処理に適した独自開発のアルゴリズムを組み込んだソフトウェアとベクトルコンピュータを組み合わせた、超高速に処理が可能なマシン。
(1) 1台のカメラによる実証実験
実施予定期間:2021年8月~9月
検証内容:1台のカメラで車の流れを撮影。動画の各コマに写った車両の類似度をもとに、同一車両を判別して動きを捉えることができるか検証する。
(2) 複数のカメラによる実証実験
実施予定期間:2021年10月~12月
検証内容:複数のカメラで車の流れを撮影。複数のカメラで撮影した場合においても、動画の各コマに写った車両の類似度をもとに、同一車両をリアルタイムに判別し、動きを捉えることができるか検証する。これにより、カメラ1台では撮影できない車両がある場合においても、設置位置・角度を変えた他のカメラで撮影した車両と照合することで、車両の動きを把握できるか確認する。
今後、本実証実験の結果から、季節や時間帯を踏まえた最適な交通流を把握し、将来的には、信号の制御等で交通渋滞の解消を実現することを目指す。
なお、本実証実験で撮影した画像は、個人情報保護およびプライバシーに配慮し、人の顔、ナンバープレートが映っている画像領域を拡大しても特定困難な解像度で撮影し、人物認識とナンバープレート認識は行わない。また、映り込んでしまった歩道の映像を含め、カメラで取得した個人情報が含まれる画像は同社で適切に扱い、個人情報の取扱いの委託および第三者への提供は一切行わない。
その撮影画像から解析された各車両の位置や向き、車種等の個人を特定できない情報を社外製の量子コンピュータで解析したり、NECグループ内で共有したり、渋滞状況や渋滞改善案等を外部で発表(学会発表等)する可能性がある。またそれら画像の保管期間は実証実験期間とし、期間終了後に速やかに削除する。