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ビルダーの魂が細部に宿るレースカー
中間トルクをあえて捨てるビッグタービン化が鍵!
このGRスープラがD1GPに初登場したのは2022年のこと。車両オーナーは山本選手の知人で、当時憧れの舞台であるD1GPへの初参加を計画していた山本選手と意気投合したことでプロジェクトが進んでいった。

マシンの製作を担当したのは自社に最新の機械加工設備を備え、ワンオフレースマシンの製作を得意とする埼玉県の“スパンレーシング”。「最初、スープラのオーナーから頼まれたのはVR38DETTを積みたいという相談でした。だけど、VR38は補機類も含めたレイアウトがいまいちスッキリしないのと、エンジン本体にかかるコストも大きかった。ウチで過去に他のクルマでLSXスワップを経験していて、そのノウハウを活かしたいと考えて最終的にVRではなくLSXを使ったターボチューンにしようと話がまとまりました」とは、スパンレーシング代表の奥野さん。

その別車両というのは、2019年に飯塚選手をドライバーにフォーミュラDジャパンへの参戦を行なっていたアウディA5のこと。そちらは、同じLSXベースでも454Rというさらに大排気量な7.4Lエンジンを使用していた。ドラッグレース向けに圧縮比約14:1というハイコンプで、NAにもかかわらず800ps&90kgmを絞り出すスペックを誇っていたものの、ことドリフトにおいてはそのスペックが裏目に出る場面が多かったと話す。
「下からトルクが出すぎちゃってアクセルコントロールがとてもシビアになり、乗れるドライバーを選ぶクルマになってしまったんです。ドリフトの扱いやすさを考えたらもっと排気量も少なくて良いし、正直パワーは過給すれば使い切れないほど出せますから」。


そこでGRスープラにはターボチューンを第一に見据え、LSX376のローコンプ仕様をチョイスすることとなった。タービンはGCGのG30-770をツインで装着。2JZクラスの3.0Lエンジンに対してシングルで800psを出力できるサイズゆえ、装着前はツインで回しきれるのか心配だったものの、D1GPではローブーストで使用するコースがほとんどだった。
それでもブースト圧0.8キロで約1000psを出力。1.6キロ以上をかければ1500psオーバーを目指せる中、余力の有り余る状態で戦っていた。むしろ、もっと大きいタービンを使用した方が低中回転域でのトルクが減ることで使い勝手が良くなる可能性もあると言い、インテーク、エキゾーストレイアウトの難しさや、掛かる予算を抜きにすればシングルタービンがベストになるとのことだ。

エンジン前方はリヤラジエター化によって生まれたスペースを活かし、インタークーラーを寝かせてレイアウト。スロットルはLSエンジン純正の電子制御105φを採用。

奥野さんが足回りで最も拘ったのが、KW製の3ウェイコンペティションダンパーだ。縮み側の減衰で低速・高速の2ウェイ調整が可能で、とくに高速側のセッティングによって振り出しから減速までのコースに合わせて設定できる。

前後ともにワイズファブのアームキットで切れ角アップと、セッティング自由度の高さを確保。これらも車高調の性能を最大限に活かすためのチョイスだ。


スパンレーシングではカーボンパーツの自社製作も得意とし、ロールケージの寸法に合わせて無駄なく設計された室内隔壁や、ツインファンで効率的にラジエターからの熱を抜くシュラウドなどはワンオフで製作している。

ミッションは強度に信頼性のあるホリンジャーの6速シーケンシャルドグを採用。山本選手以外にも様々なドライバーに対応できるよう、シートポジションの調整が容易なチルトンのオルガンペダルに変更している。


ロールケージのレイアウトや細かい配線処理に至るまでレースカーとして相応しい作り。メーターを配置するパネルは3Dプリンタでワンオフされている他、奥野さんの遊び心で中空成形のカーボンによって作られたサイドブレーキレバーも例がない完成度の高さ。

エクステリアは、カーボンケブラーを用いて成形するラトビアのHGK社製ボディキットを装着。この素材は柔軟性が非常に高く、フェンダーには接触痕が残るがダメージは表面のみで、普通のFRPなら割れているほどの衝撃にも耐えられるという。

タイヤメーカーは前後シバタイヤのサポートを受け、フロントにはR31、リヤにはR23をチョイス。2022年のシーズン中からリヤタイヤを18インチから19インチへ変更したことで、大パワーを活かせるドリフトスタイルが実現できるようになった。

話は2022年の参戦当初に振り返る。初のD1GP参戦となった山本選手は、それまで400ps程度にチューンした1JZでのドリフトしか経験してこなかったという状態から、1回のシェイクダウンを挟んでいきなりこのGRスープラでエビス西コースに挑戦。にも関わらず、見事に予選通過を果たすほどのポテンシャルを持ち合わせていた。
その後スポンサーが変わったことで、2023〜2024年シーズンはチームが用意するS15シルビアでのドライブとなるも、こちらはマシンのセットアップが上手くいかないことが多く、目立った成績を残すことは叶わなかった。そんな中、最終戦お台場を直前にしてシルビアにトラブルが発生し、急遽GRスープラを再び使用することが決まったという。
「JZX100の時から、ずっと自分でセットアップを決めるというよりは、あまりクルマはイジらず乗り方を合わせていくことのほうが得意だった」と話す感覚派ドライバーの山本選手。お台場戦においては、スパンレーシングの奥野さんがメカニックとしてスポットで立ち会うこととなり、外から見た山本選手の走りに合わせて足回りのセットを組み立てることが結果に繋がったという。

山本選手、そしてこのGRスープラの2025年シーズンの参戦計画は未定だ。しかし、今後何らかの形で再び脚光を浴びるタイミングが訪れるとすれば、そのポテンシャルの高さはただの予選通過に留まるものでないことは明らかだろう。
TEXT:Miro HASEGAWA (長谷川実路) /PHOTO:Miro HASEGAWA (長谷川実路) &Daisuke YAMAMOTO(山本大介)
●取材協力:SPAN Racing Technology
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