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林義正先生、「トルクと馬力」って何が違うんですか、教えてください。

  • 2020/02/24
  • Motor Fan illustrated編集部
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林義正先生

「トルク」と「馬力」。毎日のようにエンジンのスペックと睨めっこをしているモーターファン・イラストレーテッド編集部でもその数字の大小以外は、知っているようでまったくわかっていない。物理の勉強をいちからやり直すのもなんだし、メーカーのエンジニアに正面切って取材をするのも気が引ける。そういえば、なにかにつけ「エンジンなんて馬力が出てればいいんです」と言い放つ御仁がいたっけ。そうだ、鎌倉に行こう!!
TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
*本記事は2016年12月に執筆したものです

 11月23日。祝日である。多忙な林先生に取材とは名ばかりの受講を申し込むと、この日だけしか空いていないという。是も非もない。高邁ではあるが、一方で技術者にとっては馬鹿馬鹿しい初歩の初歩を、お話ししていただけるだけでありがたいのである。しかし、編集担当のMZWも、編集長も、デスクの司令塔であるN女史も、休日だから他に用があって来られないという。世が世なら不敬罪だ。
「こんなタメになるハナシをするのに、あなただけとはねぇ......」
 恐縮の上にも恐縮して身が縮む。特に女性をこよなく愛する林先生にとっては、折角の休日を野郎とふたりで過ごすのは大変ご不満のご様子とお見受けする。
 「......で、トルクと馬力、ですか。いろいろと誤解があるようですねぇ。まぁ、ここでひとつハッキリさせておきましょう」
 ダレかけた林宅の居間の空気が、急に引き締まった。林先生がその気になると、その言説は素人風情の手に負えるモノではない。以下は先生のお話の要約であり、文責は筆者にあることを御理解願いたい。

その1―トルクと出力の違い

「山の上に石があった、としましょう。地面の上に乗っかっているだけで動いてはいません。だから仕事はまったくしていないのですが、石に力はかかっています。重力という力ね。で、地震があったか、誰か蹴っ飛ばしたかで、これが転がり出した。そうすると仕事が始まるわけです。転がりはじめはまだ速度が低いけれど、時間の経過とともにどんどん速度が上がっていきますね。『力』そのものはなんの結果ももたらさないわけですが、それが一定の距離を動いたらこれが『仕事』になって、さらに時間という次元が加わると『仕事率』、つまり出力になる。そういうことです」

 トルクと出力の違いの説明はこれだけである。もう少し科学的(?)な説明を補足するとこうなる。

■ 1kgの質量を持つ物体に1m毎秒2の加速度を生じさせる『力』=【N(ニュートン)】
■ 1Nの力が物体を1m動かす時の『仕事』=【Nm(ニュートン・メートル)】
■ 1秒間に1Nmの仕事が行なわれる時の『仕事率』=【W(ワット)】

 単位や数字が入ってくると、途端に頭が沸騰するのが文系人間の常ゆえ、もっと現象に即して噛み砕いてみる。人が歩くということは、質量を持った物体が移動するわけだから、仕事=トルクが発生している。その場合、同じような歩幅を持っていれば歩く速度はほぼ一緒なので、運動不足の中年ライターも、ウサイン・ボルトも、フツウに歩いている限り発生する出力は同じだ。だが、陸上トラックで100m走をするとなればハナシは別だ。ボルトは9秒半ばで駆け抜けるのに対し、へっぽこオッサンは20秒で走れれば御の字だろう。同じトルクだと仮定して、移動に必要な単位時間が倍違えば、これはまるっきり出力が違うということになる。つまり速く走ろうとすれば、出力が必要になるのだ。

 いやいや待てよ。ボルトとオッサンじゃぁ筋肉の付き方がまるで違う筈だ。元々のトルクが全然違うだろ――。正論である。人間の場合はトルクの差がそのまま出力に直結するといってよいかもしれない。しかし、クルマの場合は事情が違うのだ。

「力」とは、エネルギーを持っているけれどまだなにも結果がもたらされていないもの。「力」によって、物体がある距離を動くとはじめて「トルク」となる。トルクは一般的に移動角θで表される。同じ移動距離もしくは角度でも、移動するスピードが違えば、それは「出力」が違う。同じ「トルク」を発生していても、到達時間が短ければ「高出力」ということ。我々はクルマに乗っている時。たとえわずかな時間でも時間軸でエネルギーを感じている。言い換えればクルマの動力性能を「出力」で認識しているのだ。

その2―トルクは増幅できるが出力は不変

 極端にトルク不足のオッサンではあるが、ヤバいクスリかなにかを飲んで、ピッチが普段の倍以上速くなったとしたら、10秒を切るかもしれない。また、股を切り裂くか、特注のシークレットブーツを履いて脚の長さを倍にしたら、同じピッチでも10秒で走れるかもしれない。

 クスリやシークレットブーツといった能力増幅機能が、クルマの場合はトランスミッションにあたる。もしクルマにトランスミッションがなく、エンジンと駆動軸が直結ならば、これはまさにヘタレなオッサンと同じである。信号が青になってから次の信号まで、後続のクルマからホーンと罵声の嵐を浴びる羽目になるだろう。発進の際はファイナルギヤを含めて10倍以上の減速をしてはじめて、クルマはまともに動き出すことができる。回転を減速するということは、すなわち、トルクを増幅していることに他ならない。

 では、トルクをどんどん増幅すれば出力も比例して上がるのか、といえばさに非ず。エンジンには回転限界があるから、早々に回転が頭打ちになって速度が上がらない。結果としてある地点までの到達時間は大して変わらない、ということになる。つまり、とあるエンジンを搭載したクルマにとって、トルクは増幅できても出力は変えられないのだ。50ccの原付エンジンに超多段トランスミッションを付ければ、車重2tのクルマを、とりあえず走らせることはできるだろう。だが、その内出力が走行抵抗に負けてスピードが出なくなる。当然高速道路を走ることはできないはずだ。

 重い車体を加速させてスピードを出すにはトルクではなく、出力が要るのである。

その3―結果はすべて出力が決める

 もちろんトルクはあればあった方がよい。回転数が同じだとしたら、出力はトルクを時間で割ったものだから、分子が増えれば出力は増える。それでもトルクと出力に関する不毛な問答が世に憚るのは、皆「エンジンが発生するトルク」と「タイヤに伝わるトルク」を混同しているのが原因のように思う。

 巷で「このエンジンはトルクがある」と言われるのは、じつのところエンジンのトルクを評しているのではなく、トランスミッションを介した軸トルクを云々しているのである。前記したように、エンジンが有り余るトルクを発生しても、トランスミッションで減速しなければ発進も覚束ない。逆にエンジントルクがか細くても、強烈にローギヤードにすれば猛烈な加速をするだろう。

 トルク特性が低回転寄りか、高回転寄りかという問題はあるにせよ(後記)、人間はエンジン単体のトルクなど感知できないといっても過言ではない。「トルクを認識できるのは台上の動力計だけ」と先生は言う。

「トップギヤに固定して(トルク増幅の影響を薄めて)、登り勾配をアクセルベタ踏みで走ればわかるはずです。トルクがいくらあっても最後は出力だって。ゼロヨンみたいな加速勝負はトルクが決めるなんていうのも、大ウソもいいところですよ。あれは400mの地点に最高出力が出るようにギヤ比をセッティングすればいいだけです。クルマの性能の第一義がスピードだとするならば、その結果を決めるのは出力です」恐れていた微分・積分を交えた解説は幸いにも回避され、単刀直入に一見形而上の概念を、我々の理解の地平に引きずり下ろしていただけた。一時限目はここで終了である。

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