日本初のオーナーカー誕生
1960年の日本では、俗に“BC戦争”と呼ばれた日産「ブルーバード」とトヨタ「トヨペットコロナ」、さらに“CS戦争”と呼ばれたトヨタ「カローラ」と日産「サニー」の熾烈な販売合戦が展開していた。高度経済成長で国民の所得が増え、クルマの価格は下がったことから、1960年代後半を迎える頃にはモータリゼーションは急伸し、クルマは“3C(Car、Cooler、Color-TV)”のひとつとして、単なる憧れではなく一般大衆の手が届くものとなった。
このような状況の中で、“今までの1.0L~1.5Lクラスの小型車よりも豪華でスムーズに走れて、家族みんなで快適にドライブが楽しめるミドルクラスのクルマが欲しい”という上級志向層の要望が目立つようになった。ただし、セドリックやクラウンでは高級過ぎてハードルが高い。ブルーバードとコロナでは満足できない。いわば中間管理職が乗るようなアッパーミドルクラスのハイオーナーカーが求められたのだ。
これに応える形で、まず日産が「セドリック」と「ブルーバード」の中間に位置する「ローレル」、トヨタは「クラウン」と「コロナ」の中間に位置する「コロナ・マークII」を1968年に市場に放った。
ハイオーナーカーを謳った日産・ローレル(C10型)
まず登場した日産「ローレル」は、“ハイオーナーカー”というキャッチコピーを掲げて1968年3月にデビューした。

国産車としては初めてのクラスということで、当初は2ドアやハードトップなどはなく、4ドアセダンの単一バリエーションのみ。スタイリングは「ブルーバード」の中でも最も人気を獲得した510系で採用された“スーパーソニックライン”が踏襲され、シャープな直線基調のクリーンなイメージが特徴だった。

サスペンションはブルーバードと同じフロントがマクファーソン・ストラット、リアがセミトレーリングアームの4輪独立懸架、さらに国産車初のラック・ピニオンのステアリング機構を採用するなど、当時の先進技術が積極的に採用された。

パワートレインは、最高出力100ps/最大トルク15.0kgmを発揮する1.8L 直4 SOHCのエンジンと、3速/4速MTおよび3速ATの組み合わせのFRレイアウト。排気量1.8Lエンジン搭載車は国産車初で、日産に吸収合併(1966年8月)される前のプリンス自動車がスカイライン用に開発した1.5Lエンジンの排気量を拡大したもので、最高速度は165km/h、0→400m加速18.1秒を誇った。

車両価格は67.5万円~80.0万円。当時の大卒初任給は3.1万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約501万円~594万円に相当する。
ブルーバードのひとクラス上のジャンルとして登場したローレルは、先進的な機能を備えた魅力的なクルマとして、特に走りにこだわった層から人気を集めた。
3代目コロナの上級バーション、トヨタ・コロナ・マークII(RT60/70型)登場


トヨタは、1955年の完全オリジナル乗用車「トヨペットクラウン」、1957年のモノコックボディを採用した「トヨペットコロナ」、1961年には大衆車「パブリカ」を発売。さらに1966年には、令和の今日まで続くロングセラーの初代「カローラ」を市場に投入した。

続いたのが「コロナ・マークII」であり、ライバルの日産ローレルから遅れること5ヶ月の1968年9月に、3代目(T50系)「コロナ」の上級バージョンとしてデビューした。コロナとクラウンの中間層を狙って、コロナから一気にクラウンに乗り換えるにはハードルが高いと考えるユーザーがターゲットだった。

スタイリングは、コロナのボディを大型化した上で躍動感のあるフォルムとし、メッキパーツを多用して上級化を図った。インテリアについても、その豪華さや充実ぶりでライバルの日産ローレルを上回った。ボディタイプは、4ドアセダンと2ドアハードトップ、ワゴン、商用車(バン、ピックアップ)と多彩なこともローレルに対しては強みと言えた。


サスペンションは、フロントがウィッシュボーン式/リアが半楕円リーフ式、ステアリング機構はリサーキュレーティングボール式。パワートレインは、最高出力85ps/最大トルク12.5kgm&100ps/13.6kgmを発揮する1.6L 直4 SOHC、100ps/15.0kgm&110ps/15.5kgmの1.9L 直4 SOHCの4種エンジンと、3速/4速MTおよび2速/3速ATの組み合わせ。駆動方式は、FRである。
車両価格は、56.4万~71.9万円(1.6L車)/74.9万~84.8万円(1.9L車)に設定。現在の価値で418万~553万円/556万~629万円に相当する。
初代対決はコロナ・マークIIが圧倒

メカニズムの先進性で上回っていたローレルだったが、販売台数ではコロナ・マークIIが圧倒した。マークIIのバリエーションの豊富さや上質な装備、強力な販売網、特にまだ希少だったハードトップをラインナップに揃えていたことが勝敗を分けた。

ちなみに、国産車で初めてハードトップを採用したのは、マークIIのベースとなった1965年の3代目トヨペットコロナ(T50系)コロナであり、続いた第2弾がコロナ・マークIIだったのだ。ローレルも1970年6月に2ドアハードトップを追加したが、時すでに遅く、販売台数の差は縮めることはできずに初代対決は終了した。
・・・・・・・・・・・・・
トヨタと日産の大衆車における初代対決は、1)小型大衆車のトヨタ「カローラ」 vs. 日産「サニー」はカローラ、2)トヨタ「コロナ」 vs. 日産「ブルーバード」はブルーバード、3)ハイオーナーカーのトヨタ「コロナ・マークII」 Vs. 日産「ローレル」はマークIIの勝ちとなり、トヨタの2勝1敗で終えた。この初代対決の勝敗が、トヨタと日産のライバル関係をさらにヒートアップさせることになった。




