金型メーカーオギハラのケース:日本の技術が第三国経由で中国メーカーに移るリスクを再考する
2010年に日本の金型メーカーの重鎮であるオギハラの館林工場をBYDオートが買収し、ベテランを中心に従業員80人を引き継いだ。この買収がどれだけの効果をBYDオートに与えたかは、現在の製品を見れば一目瞭然だ。外観品質は金型で決まる。オギハラの技術を吸収したBYDは、どんどん新しいデザインを製品で提案できるようになった。

オギハラに絡む買収話は2002年まで遡る。この年、米国のファンドであるリップルウッドが買収提案を行なった。しかし、創業家が保有する全株を買い取る方針が支持されず撤退。代わって大和証券SMBCが2003年に第三者割当増資の形で資本参加し、最終的に約46%の株を保有したが、2009年にそのうちの約36%をタイ資本の自動車部品大手・サミットグループに売却した。
サミットグループはタイに工場進出した日本のOEM(自動車メーカー)が育て、現在はASEAN(東南アジア諸国連合)でもっとも有力な自動車部品財閥である。とくに三菱自動車と三菱商事の支援は手厚かった。サミット創業者のジュンルンルアンキット氏は中国福建省に生まれタイへ移住した華僑であり、中国の経済人人脈を持っていた。現在は氏の遺族がサミットグループを経営する。

2009年当時の三菱自動車はすでにダイムラー傘下ではなく三菱重工、三菱商事、三菱東京UFJ銀行などによる支援体制の下にあった。その三菱グループのすべての企業のあらゆる部署がサミットグループとBYDオートの接近を「知らなかった」とは、到底思えない。筆者はタイで三菱グループ企業を何度も取材したが、さすがに三菱商事がいることで情報収集能力は高かったと記憶している。
サミットによるオギハラ株取得が発表された後は「親日的なタイ部品メーカーによる資本参加」と見られた。長年の取引関係と「親日的な振る舞い」があるから敵対的なものではないだろうと安心しきっていたのかもしれない。一方でサミットグループは、成長意欲と事業拡大意欲が旺盛だった。三菱自動車や関連の日系サプライヤーに対し、しきりに技術移転を要請していた。
三菱自動車は2000年3月にダイムラー支配が入っていなければ、三菱グループとサミットグループの意思疎通はもっと円滑だっただろうと思う。オギハラへの資本参加は2009年3月。これはサミットグループの強い意思表示だった。そして、わずか1年後の2010年4月にサミットは、オギハラの館林工場をBYDオートに売り払った。
たとえサミットとBYDオートの接触を、事前に三菱自動車や三菱商事のタイ現場が知っていた場合、その買収可能性を「日本の金型技術が第三国経由で中国メーカーに移るリスク」として認識し、何かアクションを起こしただろうか。当時、経産省はサミットとBYDオートの接触をまったく知らなかった。
「1980年代の通産省自動車課だったら…」とは、筆者を含めてこの買収劇の背景を探った同業諸氏に共通した見方だった。
牧野フライス買収計画は「安全保障上の懸念」から中止勧告
この一件から16年を経た現在、高市政権はアジア系ファンド・MBKパートナーズによる牧野フライス買収計画について、外為法に基づき「安全保障上の懸念」から中止勧告を行なった。工作機械は軍民両用(デュアルユース)という点で先端技術と最適化技術の塊であり、これは政府による「口出し」ではなく国家としてのゲートキーピング判断である。
北朝鮮のニュース映像や政府系プロパガンダに「日本製の工作機械」が映り込んでいたことは、一度や二度ではない。ミサイル開発と量産に必須の工作機械を第三国経由で北朝鮮は入手している。日本がいくら輸出に気を配っても、売った相手の転売までは把握できない。牧野フライスについての判断には、工作機械の無秩序拡散を防ぐ意図が見える。
では、電池はどうなるか?

では、電池はどうなるか。高市政権は「戦略17分野」に蓄電池を入れていない。「資源・エネルギー安全保障・GX」分野には次世代型太陽電池、水素活用、グリーン製鉄、次世代地熱、洋上風力、革新炉などが明記されているものの、蓄電池は入っていない。
一方、経産省は申請式の制度で蓄電池事業者の支援を行なっている。申請時点で事業内容を精査し、認定事業者に対しては「金は出すが口は出さない」姿勢で臨んでもらえれば好都合だ。かつての半導体のように、経営者ヅラ・技術者ヅラはすべきではない。
逆に、やるべきことは政府としての情報収集能力アップだ。支援対象の国内企業がどんな外資と繋がりを持っているか。技術流出のリスクはどれくらいか。そして、もっと高い位置からサプライチェーン全体を俯瞰する情報収集能力を上げることだ。どの企業がどんな技術を持ち、それを誰が買おうとしていて、最終支配者が誰になるのかを常時把握していなければならない。
ここは産業政策ではなく経済安全保障だ。日本は政府も企業もインテリジェンス(重要な意思決定に使える真実性・正確度の極めて高い情報の収集)を怠ってきた。情報セキュリティは大甘。とくに学術機関はザル同然。ここは厳格なルール構築が必要だ。
特許申請もいまや国内だけではだめで、海外での申請を支援する組織を経団連など民間団体に設置すべきだ。大学や研究機関発の特許は文部科学省や日本学術会議のようなビジネス感覚のない組織とは切り離して申請・管理を行なう仕組みが必要だ。米国のMITでもドイツのアーヘン工科大学でも、大学からのスピンアウト事業はしっかりビジネスとして成立している。
最終的に電池は、政府機関向けは当然のこと、国内データセンター向けESS(エナジーストレージシステム)も含めて日本製であるべきだが、国産で賄えない場合はどうするか。韓国製はいいとして中国製の扱いをどうするか。どうしても海外製品を使わなければならないときは、何らかのバックドアが仕掛けられている可能性をどう排除するか。中国がデュアルユースを念頭に禁輸措置を幅広い電池材料に敷いた場合にどう対応するか。ルール作りをしておくべき課題は多い。
電池の知財が海外に垂れ流しにならないよう、情報防衛体制を構築すべき
破綻したスウェーデンの電池メーカー・ノースボルトは定置用ESSや軍用品も量産する計画だった。国家安全保障上の措置である。スウェーデンは2024年3月にNATO(北大西洋条約機構)へ加盟した。その前は重武装中立国だった。スウェーデンは「平和希求国家」には違いないが「自国の存続のためにはとことん闘う国」である。
現在のスウェーデンは選抜徴兵制であり、かつてのような国民皆兵制度ではないが、「軍務」「民間防衛勤務」「一般国民勤務」という形で国家防衛への国民参加義務が残っている。武器はほぼすべて国産。だから電池も国産化を狙ったが、ノースボルト破綻で計画は再考を余儀なくされてしまった。
しかし、まだノースボルトは終わってはいない。現在は米国企業であるライテンが買収している。スウェーデンに限らず、欧州で欧州資本の電池メーカーがいくつも立ち上がった背景には「国家のための電池」という理由がある。
しかし、EU委員会とEU事務局は、あまりに電池という製品を知らなさ過ぎた。一方、日本は世界で初めてLIB(リチウムイオン2次電池)を実用化し量産した国である。EUのような「口の出し方」はしないと信じたい。金銭的支援に徹し、経営・開発・量産には口出ししないでもらいたい。あとはインテリジェンスの徹底。経済戦争では「知らなかった」では済まされない。
日本にはまだ電池関連の技術が残っている。将来のために開発している技術もある。これらの知財が海外に垂れ流しにならないよう、政府は制度設計も含めて情報防衛体制を構築しなければならない。「知らないうちに企業買収され知的財産が海外流出していた」は最悪である。
最後に余談。筆者の「21世紀電池戦争」を読んで戴いていた方から対談への出席依頼があった。フューロジックという電池の専門商社で、社長の田中氏は元三洋電機関係の方だ。電池にご興味のある方はぜひ、ご覧になって戴きたい。文章に記すと小難しくなるが、おそらく対談のほうがわかりやすいだろうと思う。(つづく)
