「中国製ですよ?」
「CATLで大丈夫なんですか?」
そう尋ねられた私は、はっきり言った。
「大丈夫だと思ったから中国以外の国もCATL製の電池を買おうとしているわけです」
2017年にCATL(寧徳時代新能源科技)はLIB出荷量で世界一になり、翌2018年7月にはドイツに工場を建設する計画が発表された。欧州OEM(自動車メーカー)数社が2017年末までに中国でCATL製電池のサンプル出荷を受けていた。その感触でCATLは欧州への工場進出を判断したと予想される。
「しかし、中国製ですよ」
筆者の目の前に座っている方は、まだ疑っている。
「CATLの技術のルーツは日本のTDKです。私はまったく問題ないと思います。出荷実績こそ正義です。製造現場での歩留りもいいと聞いています」
筆者のこの一言で、このときの話し相手だった方はCATL株購入を決めた。2018年10月のことだった。私は長年付き合いのあった某証券会社の依頼で機関投資家などに「BEV(バッテリー電気自動車)とLIBの現状」を説明してまわっていた。そのうちの1社が、この「CATLで大丈夫ですか?」発言の主である。
2010年代前半から10年以上、筆者はシンクタンクや証券会社の依頼で車載LIB業界の調査を徹底的に行なった。報告書作成とヒアリングの対価として報酬をもらい、自腹で海外取材を続けるための資金に遣った。ここで稼いだ金額以上の旅費を使って海外の電力・発電や電池の事情と「CO2が地球温暖化の犯人」と主張する機関や研究者諸氏を取材した。ここで出会った人たちの一部とは現在も情報交換が続いている。
いまでは「AI調べ物」だけでも、もっともらしい記事を書ける。しかし、世の中に出ていない非公開情報や、調査会社が有料で配布しているレポートの内容をAIは拾ってくることができない。自分で出掛け、人と会い、初めて生きた情報を得られる。これはいまも昔も変わらない。電池はそれを証明してくれた。世の中で言われていることは、結構な頻度で「いい加減」である。
石橋を叩いて渡るが、「Tスペック」は疑わない
CATLで大丈夫なんですか?——
日本のサプライヤー(部品・資材メーカー)でもそう尋ねられたことがある。日本はOEMからサプライヤーまで前例主義がはびこっていて、新しいものを率先して使わない。とくに中国製品と中国企業への懐疑心は深い。車載電池の選定でも中国製には飛び付かなかった。
最大の懸念は安全性だった。LIB製造工程では必ずすべてのセル(電池単体のこと)にゆっくり充電・放電を行ない、電圧の上昇・下降が設計どおりかを確かめる。もし、電池内部に微細なゴミが混入している場合は通常とは違った電圧変化を起こし、電池内部の温度上昇といった現象が検出される。疑いのあるセルは再検査される。
この工程をエージングと呼ぶ。もともとの意味は「経時」であり、時間経過を指す。「経時劣化」での「経時」と同じだが、電池製造工程では「製品を安定動作させるための充電・放電作業」であり、ここで不良品をあぶり出す(スクリーニングと呼ぶ)ため、日本の電池メーカーはエージングに2〜3週間をかけ万全の安全を期すが、中国では一般にそこまでは時間をかけない。2〜3日で終わらせる電池メーカーもある。だからCATL製も品質の均一性と安全性が疑われた。

これを「石橋を叩いて渡る」気質とばかり称賛できない。臆病が商機を逸することがある。半面、どこかの日本企業が採用したものには興味を示す。なかでもトヨタが採用したモノは疑わない。いわゆる「Tスペック」だ。Tはトヨタを表す。トヨタが使っているという実績があれば、どんな領域の部品でも信用して採用する。
中国でトヨタがBYDオートと提携して以降、日本でも同社の親会社である電池メーカーのBYD(比亜迪)やCATLなど中国の電池大手にサンプル出荷を打診する例が出てきた。国内製だと電池の選択肢が限られてきたという事情もあって、中国製への抵抗感は薄れてきた。しかし、風穴を開けたのはトヨタである。
では、日本のOEMは、いまや中国国内の車載電池出荷量で7割のシェアを持つ「主流」になったLFP(リン酸鉄)系電池を採用するだろうか。
トヨタは中国販売車種でLFP系を使っている。スズキは日本国内向け「eビターラ」にもBYD製LFP系電池を使い、パック化までをBYDグループに委託している。しかし、まだ日本国内ではLFP系の車載用動力電池は製造されていない。


なぜ中国にLFPの基盤ができたのか
LFP系LIBの特許の多くは2022年前後に期限切れになった。もともとは米国の電池スタートアップだったA123システムズが所有していた特許が中心であり、同社はMIT(マサチューセッツ工科大学)発のナノリン酸鉄技術を使い大学からスピンアウトした事業だった。不幸にも発火事故疑惑(疑惑に過ぎなかった)で受注が激減し、会社が経営危機に陥ったところを中国の万向集団が買収した。
米国政府から助成金交付を受けていたA123システムズが中国企業の手に渡ることへの反発は米国内で強く、自動車部品メーカー大手のジョンソンコントロールズと日本のNECの連合が買収に名乗りをあげた。しかし買収金額で中国に負けた。2億5000万ドルを提示した万向集団に対しジョンソンNEC連合は1億2500万ドル。大差で負けた。いまでも電池関係者の間では、このときの買収失敗が「歴史的転換点だった」と語られる。
2013年の時点では米政府も日本政府もLFP電池には興味がなかったのだろう。一方中国政府は、万向集団の入札を支援したと聞いた。支援とは実弾、つまり現金である。A123システムズが所有していた特許は万向集団が所有し、中国でのLFP電池生産の基礎を作った。
欧州ではVW(フォルクスワーゲン)が2020年に中国の国軒高科へ出資し、現在は約25%の株を握る。国軒高科はVW向けにLFP電池を製造する。ステランティスはCATLと合弁でスペインに工場を建設し、ここでNMC系(ニッケル/マンガン/コバルト=この3鉱物を指して三元系とも呼ぶ)とLFP系の両方を製造する。ルノーはLGES(LGエナジーソリューション)製LFP電池の採用を正式発表している。中国・吉利集団傘下のボルボ・カーズもLFP採用を決めた。

中国では、北京政府がBEVへのLFP系採用を推奨する旨の指導を2020年に行なった。原因はNMC系での発火事故多発だった。LIBは放電中(クルマを走らせているとき)にはあまり発火事故は起きない。休止状態のときに内部でショート(短絡)が起きることが多い。夜間、駐車中のLIBからの発火が相次ぎ、ショートが起きにくいLFPを推奨した。その結果が、現在のシェアである。
NMC系LIBでは、充放電の繰り返し(サイクル数累積)や急速充電の多用で電池内部に(おもに負極側に)金属リチウムが堆積し、これが成長する。正極と負極の間のリチウムイオン(Li+)のやり取りで、負極側の「棚」にうまく収容されなかったリチウムイオンが負極側に積もり、リチウムプレーティンという現象が起きる。
この金属リチウム析出物が成長し、枝状になったものがデンドライトを呼ばれる。先が針のように尖った物質であり、これが成長するとセパレーターを突き破りショートが起きる。高エネルギーのNMC系LIBでショートが起きれば一瞬で発火する。
一方、LFP系では正極材のリン酸鉄も負極材の黒鉛も、危険な金属析出までの余裕(マージン)がNMC系より大きい。その点が「高い安全性マージン」「燃えにくい電池」と呼ばれる所以だ。ただし金属リチウム析出が起きないわけではない。巷でのLFP系モバイルバッテリー発火事故はその事実を物語る。
定置用電源での需要拡大
前述のように、日本の電池メーカーは製品の安全性を担保するため、エージングに時間をかける。もともと「燃えにくい」LFP系で製造段階での管理を徹底させれば、限りなく「燃えない」電池にすることもできる。実際、日本製LIBの事故率は極めて低い。中国製は「最上級仕様電池で100万セルに1セルの事故率」とも言われるが、日本製の実績はこれを2桁上回り「1億セルで1セルの事故率」だと筆者は試算する。
2020年代に入り、LFP系は車載用だけでなく定置用の非常用電源、いわゆるESS(エナジー・ストレージ・システム)という用途が出現し、いまやこの方面で引っ張りだこである。車載用ほどエネルギー密度(体積当たりの蓄電量)と出力密度(時間当たりの放電量)は求められず、重量の制約も緩い。安価で安全性が高く、サイクル寿命が長いほうが好まれる。だからLFP系が注目されている。
米国ではGM、フォード、クライスラー(ステランティス)のBEV計画が大幅に後退し、電池量産準備を進めていた韓国電池メーカー勢の事業計画がほぼ宙に浮いてしまった。欧州でも、米国ほどではないがBEVの新規投入計画は減速した。そこでLGESは、すでにLFP系の生産準備を整えつつある米・アリゾナ州工場ではESS向け、ポーランド工場ではBEVとESS向けの両方のLFP系を製造する。サムスンSDIは米国でESS向けのLFP系で大型契約を取った。SKオンもBEV向けからESSへと舵を切った。

その一方で日本の電池業界は車載用LFP系を量産する気配がない。いまや世界の潮流はLFP系だが、NMC系ですら風前の灯火である日本の電池メーカーにはLFP生産のための追加投資はかなり難しい。GSユアサは自社開発のLFP系LIBをESS向けに展開するが、車載用への展開はいまのところ見られない。パナソニックは4860のような高性能NMC系円筒LIBに傾注している。

日本にはLFPのサプライチェーンがない
日本では電池メーカーよりもOEMのほうがLFP系LIBの開発・量産では一歩も二歩も前に出ている。だから電池メーカーが車載LFP系に参入しないのか、それとも電池メーカーが動かないからOEMが先に動いたのか、ここの順序は微妙だが、少なくとも日系OEM全社がLFP系を「無視してきた」ということではない。
トヨタは2026〜27年のLFP系LIB実用化を目指している。おそらくBYDから購入しているLFP系を子会社のダイハツおよび盟友スズキとともに自社開発品に切り替え、普及型BEVに搭載するのだろう。トヨタの電池事業はNMC系、LFP系さらにSSBまで全方位である。
日産もLFP系を独自開発している。かつてNMC系のラミネート型LIBを自社開発し、NECとの合弁会社であるオートモーティブ・エナジー・サプライ(現在は中国資本のAESC)で量産を立ち上げた経験は日産社内にまだ残っている。SSB開発とともに日産のLFP系は社内およびグループ内での使用と思われる。
日系OEMで巨額のBEV損失を出したホンダは、AESCが茨城に新設した工場からの軽BEV用NMC系LIB調達計画は変更していないが、LFP系については2輪での使用にとどまっている。4輪への展開があるかどうかは不明だ。

日本企業がLFP系LIBを開発し量産立ち上げを首尾良く行なったとして、ネックは材料だ。日本にはLFP系LIBのサプライチェーンがない。トヨタはグループ内に豊田通商という商社を持ち、鉱物関係にも強い。トヨタはグループ内の連携で完結できるだろう。日産はAESCの力を借りられる。ただし、価格的には中国製品の安さには対抗できない。したがってLFP系電池の外販はないだろう。
韓国の電池3社、LGES、サムスンSDI、SKオンも同様だ。韓国内でもLFP系LIBの製造に必要な材料はそろわない。特許が切れてもサプライチェーンを押さえている中国は強い。近年では、欧州でのLFP系LIB製造を見越してリンの年間生産量世界第2位のモロッコに、中国の電池素材企業・貝特瑞新材料集団が工場を建設した。中国は支配の手を緩めようとはしない。
中国は北京政府の指導でLFPへと向かった。これがなければ主流はおそらくNMC系のままだっただろう。一気に弾みがついたのはロシアがウクライナに軍事侵攻した2022年2月以降であり、中国工業情報化部が同年3月に「推奨する新エネルギー車」として公表したリストでは、BEVのうちLFP系搭載車が4分の3を占めた。中国政府はニッケル価格が高騰すると踏んで、一層のLFP系「推し」になった。
電池は汎用品か、エンジンのように存在感を主張できる分野か
日本では三菱自動車が、LFPに特徴が近い東芝製SCiB(チタン酸リチウム電池)を「アイミーブ」に使った。まだ中古市場に出回っているアイミーブはSCiB搭載車だけが中古車価格を維持している。「10年落ち」でも電池残量90%という個体が多いためだ。耐久性に優れ、充放電サイクル数がNMC系とはケタ違いに多い点がSCiBの特徴である。
BEVの航続距離を売りにする傾向はたしかに世界共通だが、日本にはSCiBというオリジナル商品があった。日常域での車速が欧州よりはるかに低く、多くのユーザーの移動距離がせいぜい50km/日であるという日本市場に合った姿へと電池を寄せられなかったのか。
一般向け市販ではなく法人向けBEV販売でLFP系やSCiBを普及させる可能性はあった。しかし、三菱自動車の「アイミーブ」を「買う」と口約束した三菱グループ各社(商事、銀行、重工など)はほとんど買わなかった。

電池メーカーからはさまざまな声を聞いた。
「あまりに性能最適化要求が強く、電池は汎用品でかまわないという認識は日本のOEMにはまったくなかった」
「正極材、負極材、セパレーター、電解質の4つを少ないバリエーションの中に入れてしまえば、LIB価格はたちまち半分になる。しかし仕様が統一されず1品目での生産量が少ないから高くなる。単純な話だ」
などである。
電池メーカーおよび電池材料メーカーからの汎用品提案を日本のOEM各社の現場は聞き入れなかった。BEVにとって電池は「電気モーターとともに動力源の半分」であり、ここでエンジンのように存在感を主張できるという考え方が非常に強いことは、筆者も取材で感じた。同時に、新しいものを最初に使うという慣習がなく(昔はあった)、調達に対してあまりに臆病というOEMの体質が露呈した結果でもある。
欧州はハナからNMC系にしか興味がなかった。EUは排気管から出る物質だけを規制するテールパイプ・エミッション規制だから、重量級高級車をBEVに切り替えるほうがCO2クレジットを稼げる。現在でもプレミアムブランド御三家のメルセデスベンツ、BMW、アウディは、表向きにはほとんどLFP系に興味を示していない。
バブル崩壊以降、日本政府は緊縮財政に終始した。国が金を遣わなければ民間も使わない。OEMでは「お金をかけない開発」が礼賛され、OEMもサプライヤーも自由な発想と新しいものの採用というチャレンジを自ら捨てていった。車載電池にもその弊害が現れた。筆者はそう見ている。(つづく)
